36th try:Connection

「……とまあ、こういうわけだ」


「どういうわけだよ」


 先ほどまでの結界が消え、再び配下たちが戻ってきた広間。

 玉座の上からしれっと言い放つハイネに、俺はツッコミを入れる。


「私は認めんぞォ!」


 わめいたのはサンドラだ。

 体のそこかしこがススに覆われているが大きな怪我もなさそうなのは、もともと火に強いのと――当たる直前で魔王が加減したからだろう。


「あんなの、ハイネ様が手助けしたようなものではないか! 不正だッ! ずるっこだッ!」


 手足をばったんばったんさせて悔しがっている姿は、とてもさっきまで俺を殺そうとしていた凶悪なモンスターとは思えない。


「でも、確かにおかしいわぁ」


 戻ってきた半蛇人ラミアが、長い尾を揺らしながら首をかしげる。


「どうしてこの人間が、魔王様の魔力を使えるのかしらぁ?」


 その一言に、他のモンスターたちも、口々にざわつき出す。


 ――黒炎は魔王様だけが使えるチカラのはず……。


 ――それに、あの金色の光。あれは女神の……?


 ――そもそもレベル1でサンドラの魔法が抑えられるのがおかしくない?


 ――ぶひぶひ、ぶひー、ぶひ。


 自分でも困惑していた。

 金色の炎が黒く変わった瞬間、急激に魔力が増大したのだ。

 あの感覚は自分の力を引き出したというよりは、むしろどこか別の場所から流れ込んできたような――


「静まれ」


 魔王の呼びかけに、再び広場は静まり返った。


「お前たちが思っていることはおおむね正しい。順を追って説明してやろう」


 そう言って、彼女は左手をかざした。その指先から、黒い炎が燃え上がる。

 と――、その先に、一本の糸のようなものが浮かび上がった。

 モンスターたちが一斉に息を呑む。

 その糸は、まっすぐに俺の体、胸のあたりへとつながっていた。


「私はニシムラシュウセイに自分の炎を流し込み、魔力の接続先を、女神から私に無理やり書き換えた。つまり――


「魔力を、共有……だとぉ……!?」


 目を見開いたのは鬼人オーガの女性だった。

 その巨体を赤く染め、わなわなと震えている。

 

「まぁ……」

 

 蜘蛛女アラクネが顔を赤らめ、爪のついた歩脚で顔を隠した。


「不埒な」


 闇精霊ダークエルフが吐き捨てるように言う。


「くひひひひひ……丁重に扱えと言う理由がわかったか?」


 と、魔王。

 ……えっ、なに、そういう感じのアレなの、これって?


「わっ、わわわわ私はみ、認めんぞォォ!!」


 サンドラが耳を真っ赤にして叫ぶ。お前そればっかりだなさっきから。


「ぶひー、ぶひぶひぶぶぶ、ぷぎぃ!」


 お前にいたってはもうなんなんだよビスキィ。


「くひひひひひひひ」


 魔王がかざした手を握りしめると、炎が消え、糸も見えなくなった。


「共有と言っても、レベル差のせいで主導権はほぼ私にある。魔力を貸すも奪うも私次第というわけだ。だが、お前の体にまだ残っている女神の魔力は違う」


 俺は思い出す。

 サンドラの炎を止めたときに、自身の体から立ち上った金色の炎を。


「女神との接続が切れた今、お前は自分の体にまだ残っている女神の魔力を自由に使うことができる。供給が絶たれたから、使い果たせば終わりだがな。そしてお前を縛る《定めし導きの加護スクロールスクロール》は、


 俺の鼓動が早くなった。


「じゃあ、この力を使えば、俺はいますぐにでも自由に――!」


 だが、ハイネは首を振る。


「それは無理だ。魔力の絶対量が足りない。あれはお前の存在そのものに書き込まれた設定で、書き換えには大量の魔力が必要だからな」


 じゃあ、どうすれば?

 そんな俺の気持ちを見透かすように、彼女は話を続ける。


「アルメキアだ。お前のリスタート地点。始まりの場所。そこには必ず、召喚のための魔方陣―――つまり女神との太い魔力経路がある。それを乗っ取り、女神の魔力を奪うことで貴様の呪いを書き換える。それが今回の侵攻の目的だ」


「しッ、しかし魔王様ッ!」


 サンドラが抗議の声を上げる。


「おそれながら……その作戦はこの男のためでしかありません! こいつ一人の呪いを書き換えて、われわれになんの意味があるというのですか!」


「言っただろう。女神の魔力を奪うと」


 ハイネは答えた。


「呪いの書き換えにはを消費する。首尾よく女神の力を奪えれば、我々の戦力は大幅に上がり、逆に女神の力はますます弱まる。わかるだろう?――かつての私も、そうすることで女神と戦う力を得たのだ」


 今度こそ、広間には静寂が満ちた。


 俺は、自由になれるのか。 

 そんな希望に心を躍らせながら。

 俺はふと、『かつての私』という魔王の言葉を気にかける。


 聞いた話が真実なら、ハイネもまた、女神によって作られた元・聖女だ。

 彼女はいつ自分の真実に気づいたのだろう。

 どうやって女神との戦いを決意したのだろう?

 

「私は女神を倒すためにここにいる」 


 魔王は、厳かに告げる。


「わかっているはずだ。奴の世界の歪さを。予定された未来の醜さを。女神の敷いたレールを外れようと足掻いたからこそ、貴様らはここにいるのではなかったか」


 彼女の口調は、相変わらず暗く、よどんでいた。

 だが、仮面の奥から発せられたその言葉は、どこまでも深く、深く、水のように俺の心の奥まで忍び込み――そこにある琴線を、静かに揺らした。


「決まり切った世界など真っ平だ。誰かの掌の上にある因果など真っ平だ。世に渾沌を。世に混迷を。未来に無秩序と乱雑さと、そして無限の可能性を。だからこそ」


 ハイネはふいに俺を指し示す。


「こいつは素晴らしい不定要素だ。私と同じ女神に作られた存在。本来この世界になかったもの。こいつは因果の鎖を断ち切る剣だ。利用しない手はないだろう?」


 いつの間にか、部屋の空気が変わっていた。

 熱狂ではない。

 だが、静かに張り詰めた空気が、魔王の言葉を待っている。


「――今度こそ終わらせるぞ。この、退屈な世界を」


 魔王はそう結ぶと、「くひひひひひっ」と笑った。

 反論の声を上げるものは、もう誰もいない。











「――魔王さまッ!」


 静寂を破ったのは、外から駆け込んできた一人の少女だ。

 ねじ曲がった角に黒い翼――妖精族、といえばいいのだろうか?

 

「どうした、ピルエット」


 魔王が声をかけ、そして俺は気づく。

 彼女の体がいたるところ傷つき、血を流していることに。

 ざわつき始めた部屋の中を、彼女はよろよろと飛んで横切り、そしてやっとのことで魔王の前にひれ伏すと、言った。


「人間が――人間どもが、突然蜂起しました!」


「なんだと?」


 広間のざわめきが、大きくなる。

 

「アルメキアか」


 魔王の問いに、ピルエットと呼ばれた少女は、泣き出しそうな顔で首を振る。


「アルメキア、ブガール、ラットリス……! そっ、それになんだか様子もおかしくて、すでに各地で損害が――!」

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