16th try:Continue

 可憐な少女の両肩の上、覆い被さるようにして浮遊する、機械の腕。

 

 その左腕が、少女の動きをトレースして拳を作り、突き出される。


 ――見えたのはそこまで。


 次の瞬間には、放たれた爆風が俺の視界を覆いつくしていた。


「うおおおおおおおっ!?」


「ビビんなくても大丈夫だって」


 背後から、ナナがおかしそうに言った。


「お姉ちゃんの“阻む右掌カストール”が守ってるから」


 彼女の言葉通り、その爆風は俺には届いていない。

 かわりに、周りに群がる無数の触腕たちを、洗い流すように消滅させてゆく。


「すっげえ……」


「でしょ?」


 ナナが、まるで自分のことのようにふふんと鼻を鳴らした。


「さっきは不覚をとったけど……ウチとお姉ちゃんが組めば、どんなモンスターにだって負けないんだから!」


 触腕を吹き飛ばした爆風は、そのまま延長線上にいるバンガスを直撃し――通りの地面を削り取りながら、斜め向かいの廃屋にぶち当たった。外壁が崩れる派手な音と土ぼこり。それらが収まったとき、建物のどてっ腹には巨大な穴が開いていた。


「ふたりとも、大丈夫ー?」


 緊張感のない声と同時に、何かが割れる涼しげな音がした。俺の周囲で、なにかがきらめきながら落ちてゆく。ガラスのような透明な破片……目で追うそばから、溶けるようにして空気中に消えてゆく。


 視線の先には、このエグい破壊を招いた張本人が立っていた。

 “やっちまった”って表情で。

 

「どうしよ、出力ミスっちゃった……あとで怒られるかなあ」


「ここらへん誰も住んでないし、気にしやしないわよ。それより遅すぎ! こいつ、もう少しで死にそうだったわよ!」


「だって街中までモンスターが出てくるなんて想定してなかったんだもん……」


「メンテ面倒くさがってるからこうなるの! だいたいお姉ちゃんはいつもさあ」

 

 さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら、やいのやいのと言い合い(一方的な説教?)をするふたりを見て、俺は察した。


「なあ、もしかしてお前が呼んできた応援って……」


「うん、お姉ちゃんだけど?」


 当然、といった表情でうなずくナナ。

 ……だからあんな短時間で戻ってこれたのかよ。


「だって、助け呼びに言ってる間にあんた死ぬでしょ。裏口からお店に入って、とりあえずお姉ちゃんから回復薬だけもらって、そんであんたに加勢したってわけ」


「ごめんなさいっシュウさん! ひさびさだったから、このコの起動に時間がかかっちゃって……」


 彼女が両手を顔の前で合わせると、肩に浮かぶ巨大な手も同じ動きをする。

 いやまあ、それはそれで別にいいんだけど……。


「わかってるよな?」


 俺はふたりに問いかける。

 先にうなずいたのはミミの方だった。それから、ナナが口を開く。


「――マジでしつこいわね、バンガスのやつ」






「ギャヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」






 廃屋が、木っ端みじんに吹き飛ぶ。

 溢れ出す瘴気。

 その向こうから、先ほどよりもさらに禍々しい姿となった影魔シャドウストーカーが姿を現した。


 頭部の一つ目は真っ赤に染まり、血のような液体をぼろぼろと絶え間なくこぼしている。二本だけだった触腕が、いまや全身から無節操にあふれ出て、細長い胴体を覆いつくしていた。それぞれの腕は昆虫の足のように節くれだっていて、時おりビクッ、ビクッと痙攣しながら、長いかぎ爪で宙を掻きむしっている。


「うぇーっ、キモい」


「効いてはいる、のかなあ? ナナ」


「単に怒ってるだけかもよ お姉ちゃん」


「あの火力でダメだと、ちょっと困るよぅ……」


「アイツ素早いし、次も当たってくれるかはわからないわね……」


 そんな化け物の姿を見てさえ、憶する様子もなく話し合う姉妹。

 頼もしいんだか、恐ろしいんだか……。


 そのとき、彼女たちが、同時に俺を振り返った。

 二組の目が同時に俺をとらえる。


 片方は鋭い眼光をたたえ。

 片方は無垢な表情のまま。


 それでもふたりの視線は、同じ質問を発していた。


 ――あんたは、

 ――あなたは、


『どうする?』


 一番いい解決方は、俺が死ぬことだ。


 時間を巻き戻して、ふたりとの出会いからやり直して、バンガスが現れたところで不意打ちをくらわせる。さっきは手加減したけど、今度はそうしない。外に蹴りだしてから、間髪入れずにもっと高い位置から彗星の一踏メテオリックスタンプをぶちかます。相手がそれも耐えるようなら、もう一回死んで、今度はもっと高い位置から同じことを繰り返す。それで終わりだ。余計な頭を使う必要も、誰かに気を使う必要もない。




 けど。



 

(死なせてなんか、やらないんだから)



 なんだろうな。

 あと少し――もう少しだけ、あがいてからでもいい気がする。



「ふたりとも聞いてくれ。俺に、作戦がある」


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