11th try:Sub Mission

「あの、えっと……どこかでお会いしたことありましたっけ?」


 彼女は困ったような顔をして首をかしげる。

 ああ、そっか。

 時間が巻き戻ったから、彼女とはこれが初対面ってことになるのか……。


「あ、い、いやごめん。ちょっと知り合いに似てたもんだからさ」


 俺は慌てて言い訳めいた言葉を口にする。

 なぜ彼女が森ではなくてここにいるのか、というのはちょっと気になるけれど、とりあえず今、先に確認しておきたいことは別にあった。

 それは……この“道”の先になにがあるか、ってこと。


「ここってお店……なんだよね。今は営業してるの?」


「あ、えと、は、はい……どうぞお入りください!」


 そういうと彼女は、開いたドアから俺を招き入れた。

 だが、その表情はなんだか微妙に暗い。

 もしかして、まだ準備ができていないとか?

 不思議に思っていると、その口から自嘲とも謝罪ともとれそうな言葉が漏れた。


「あまり、大したものはお見せできないのですけれど……」


 ※※※


 ――確かに、なにもなかった。


 薄暗い店内を見回す限り、どうも薬屋、道具屋っぽいのだけれど、それもはっきりと言い切れないくらい、埃をかぶった棚には、ほとんどなにも商品がなかった。


「申し訳ないです……せっかくのお客さんなのに……」


 彼女は恐縮しているのか恥ずかしいのか、店の隅で小さく縮こまって、ぷるぷると震えている。かわいい。


 “道”はどうやらこの店で行き止まりのようだった。先へと進めないことを示す赤いマーカーが、店の突き当りの壁でゆらゆらとゆらめいている。


 この店の中に、なにかこの先役立つようなものがあるってことなのか?


 俺は改めて、ごくわずかに残った商品を吟味してみた。

 枯れて変色した薬草。

 毒々しい色をした、干からびかけのキノコ。

 そのほか明らかにガラクタにしか見えないあれこれ。


 どれもこれも、マトモに使えそうなものには見えねえぞ……。


「やっぱり、森に行かなきゃ」


 ふと背後から、彼女の声が聞こえた。

 彼女は振り返って見つめる俺の視線にも気づかないまま、エプロンの前をきゅっと握りしめながら、ぶつぶつとなにかをつぶやいている。


「このまま森が元に戻るのを待ってたら、先にお店がつぶれちゃう。あの子は心配するけど、わたしだって少しは戦えるんだから。だいじょうぶ、だいじょうぶよ、あんまり奥の方にさえ行かなきゃ、きっと、うん、たぶん……」


「その森って、『迷いの森』のこと?」


「はひゃっ!?」


 俺がたずねると、彼女はデコピンでも食らったように慌てて顔を上げて、その顔を真っ赤に染めた。かわいい。 


「あ、あのっ! すみません、お客さんがいるのに、つい……」


「いや、うーん、えっと」


 脳裏に蘇るのは、さっき小鬼ゴブリンに襲われていた彼女の姿だ。

 どう考えてもひとりで行かせたらまずいよなあ、これ。

 それとも、これも女神が用意したイベントなんだろうか? これ手助けしてはじめて、なにかアイテムが手に入るとか?

 おーい、聞いてんのかクソ女神。返事しろ。


《つーん、だにゃ》


 ……どうやらまだ機嫌が直らないらしい。

 しゃあない、ここは勇者様として一肌ぬいでやるかあ。

 あわよくばこう、またイイ雰囲気になれるかもしれないしな。

 触れたら即死だけど。


「俺でよければ、ボディーガードになるよ。ひとりじゃ危ないだろ?」


「えっ、ええ!? お客さんが? あ、あのでも、わたしたち見てのとおり、払うお金もないし……」


「いいっていいって。これも何かの縁だと思うし」


 まあ、ある意味ホントに仕組まれてるんだけどさ。


「そんな……いい、んですか?」


「ああ。こう見えて腕には自信があるんだ」 


 俺が力強くうなずくと、彼女の表情がようやく明るくなる。


「あっ、ありがとうございますっ! 本当になんとお礼を言っていいか……」


 ああ、やっぱかわいいなあ、この笑顔。 

 なんつーかこう、守ってあげたくなる感じ?


 あ、そうだ。

 肝心なこと聞いてなかったな。


「ねえ、君の名前は?」


「あっ! そうでしたね……わたしの名前はミミ。ミミ・ミリアーテです。よろしくお願いしますね!」


「俺はシュウだ。よろしくな、ミミ」


 俺が名乗ると、彼女はハッとしたように口元に手を当てる。


「シュウ……さん、っていうと、もしかしてあの、異世界から召喚された……」


 だがその言葉が言い終わらないうちに、店の入り口からの怒声が俺の耳をつんざいた。


「おねえちゃんから離れろっ、この変態ッ!」

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