第26話
「なにこれ?」
(それ、防御壁な)
「みかちゃん!? どこにいるの?」
(お前の手に、足に、背後にいる。俺は武器化一門だからな、身体が武器に変換されるんだ)
「そうなんだ。防御壁も剣もこのブーツの模様も、全部みかちゃん?」
(ん)
「そっかあ」
耳元で囁かれるようなそんな感覚にくすぐったくて、全身に亜芽を感じることができて笑うツァルツェリヤを、しゃべるたびにぼんやりと光る赤い武器たちが見ていた。
それはつまり、亜芽がツァルツェリヤを見ているということなのだが。
突然ひとりでに話し出したツァルツェリヤに、けれど妙に会話になっているのその話し方にヒナゲシは怪訝そうな顔になる。武器化一門、武器となった後では遣い手にしかその声は聞こえないのである。
「ツェリ?」
「ヒナゲシ、この武器、全部みかちゃんだ」
「全部蛇神殿とは一体……」
「ぼくもよくわかんないけど、みかちゃんがぼくと一緒にいるのはわかる。鼓動を重ねたみたいに感じる」
深紅の剣を持っていない方の手で、そっと幸せそうに胸を押さえるツァルツェリヤにヒナゲシは首を傾げる。だが、きっと武器化一門とその遣い手との不思議な感覚共有なのだろうと納得する。武器化一門の末裔であるのはこの蛇神だけであるため、詳細はわからないが。
(そろそろ解くか?)
「え、もう解いちゃうの?」
(敵もいねえのにいつまでも武器化してても意味ないだろ)
「まあ、そうだけど」
(それにこれ、けっこう体力消費するから。お前まで疲れるだろ)
「ぼくの心配してくれてるの? ありがとう。じゃあ、解こうか」
(ん)
残念そうにするツァルツェリヤに、無駄な体力消費は避けるべきだと諭す亜芽。
「解く」と言った途端に今度はツァルツェリヤの影から出てきた黒蛇が身にずるるるっとまとわりつく。息苦しさも締め付けもないそれに目を閉じて数秒。
ふわっと空気の動く気配に目を覚ませばそこには亜芽が立っていた。底知れない黒い目がツァルツェリヤを見上げていて、案ずるように声をかけた。
「エリ? 身体大丈夫か?」
「うん、全然平気だよ! っていうかあいつらって何?」
「そっか、ならいい」
「……えへへー、みーかちゃん」
「んだよ?」
「なんかみかちゃんに心配されたのが嬉しくって」
「なんだそりゃ」
ふにゃふにゃ無防備に笑いながら嬉しそうに抱きついてくるツァルツェリヤに、呆れたようにため息をつきながら亜芽は目を細めた。まだどこか精神的に幼い家族の頭をいい子いい子と撫でた。それにまたへにゃへにゃ笑うツァルツェリヤ。どこか甘い雰囲気の2人に若干苛立ちながらもこほんと咳払いするヒナゲシ。その咳払いでやっとヒナゲシの存在に気付いたかのように興味なさげに亜芽とツァルツェリヤはそちらを見る。
「なんだ、純血種の王」
「なに? ヒナゲシ」
「何だではなく……。説明をしてもらえないだろうか」
「「なにを?」」
「全てのことについてだ!!」
説明を求めるヒナゲシの言葉に、不思議そうに首を傾げた2人に。ヒナゲシはとうとうその滅多に荒げることのない声を荒げた。完全に2人に振り回されているヒナゲシに、哀れみの目線を向けた師団員および師団長の視線は数知れなかった。
結局、目の前で大勢の人間が倒れており、こんな場所じゃ満足に話も出来ないだろうという亜芽の正論により救護室へと大多数の人間が運ばれ、幹部、風紀委員長は応接室に持ち込んだソファーに寝かせるということが決定した。相変わらず常識を吐く非常識な存在である。
ため息をつきながら淡々と命令していくヒナゲシに、亜芽がそっと何かを考え込んだように目を細めたのをツァルツェリヤだけが見ていた。
1番最後に対人間の風紀本部の開け放たれた扉をくぐろうとして何かに引かれるようにして、後ろを振り向いた亜芽は確かに見たのだ。曇ってきた空の模様に差し込む一条の光。そのなかに、黒い羽根が一枚舞っているのを。ふっと立ち止まって口元を緩めて足を止めた亜芽に、後ろを歩いていた亜芽の足音が止まったのを感じたツァルツェリヤとヒナゲシは振り向く。
「みかちゃん?」
「エリ。もう1度俺を纏え」
「え?」
「蛇神殿?」
「あいつが来たぞ」
「「あいつ?」」
不審な動きに剣の柄へと再び手を掛けたヒナゲシを制しながら、ツァルツェリヤが尋ねると。緩めた口もとを嘲笑に変えて細めた目で亜芽は一条の光の中、黒い羽根を見つめる。そこでようやく羽根の存在に気付いた2人が首を傾げるのを見ながら。
「悪魔だ」
楽しそうに、亜芽は笑ったのだった。
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