第9話

「それにしても不思議だよねェ。影族が仲間割れするなんてさァ」

「そうね。なんでかしら?」

「仲間割れ?」


 不穏な言葉に、螢丸は眉をひそめる。飯島和音と北見蓮はお互いの顔を見合わせながら頷く。


「そうそう。本当は何十人って襲いかかってきて、こりゃもうダメかなァって思ったんだけどさ。なんか白馬にのった王子さまみたいな影族に2/3は蹴散らされちゃったんだよね。すっごい強かったよォ」

「白っぽい金髪に、ピンク色の瞳だったわ。青い刀身の剣でね、早打刀にそっくりな形してたわ。早打刀が長くなったらあんな感じかしらって思ってたの」

「白っぽい金髪にピンクの目? 早打刀にそっくりって……」


 びっくりしたよねェ、そうね。と話している2人を置いて、螢丸は自身の鼓動が早くなるのを感じた。どくん。心臓がゆっくりと跳ねる。まさか、そんなはずはない。ツァルツェリヤは死んだのだから。でも早斬丸は特殊な剣だ。刀と呼ばれるどこかの遠い東の果てにあるとされる島国の剣で、その形状は細身の刀身によって成り立っているため、刺すことも斬ることも出来るという独特な剣なのに。その島国出身の迷宮探究者である先生が持ってきていた数少ない武器の中にあったのが早斬丸で、その実力と太刀筋の良さを認められてツァルツェリヤは特別に常時携帯を許されていたのだ。その刀がどうして。


 この刀の最大の特徴は使い手を選ぶというところだった。そう、美桜流と呼ばれる剣術でなくてはうまく扱えない代物だ。


 それに白っぽい金髪にピンクの目。もしそれが紅梅色なら、それは。どくどくとはやる気持ちで口がもつれながら、螢丸は言葉を紡いだ。


「ピ、ピンクの目って紅梅色じゃないか? 梅の花みたいな紅い……」

「あら、月明かりでしか見えなかったからよくわからないけど。言われてみればそうな気、も……」

「ねェ、その特徴ってさァ」

「エリに、そっくりなやつがいる……?」


 呆然と呟く螢丸に、目を見開く飯島和音と北見蓮。いままで口を開けばエリが、エリと、エリのと散々ツァルツェリヤの話を聞かされていた2人には螢丸ほどではなくてもツァルツェリヤの容姿がわかる。たとえ見たことはなくても。

 もしかしてもしかして。あの時、本当はツァルツェリヤが死んでいなかったら? なにかの幸福で生き残っていたとしたら。

 全身がわなわな震える。会えるかもしれない、生き残っているかもしれない半身にまた会うことができたなら。よろよろと震える足で立ち上がりかけた螢丸に、飯島和音と北見蓮は待ったをかけた。


「行かないと……」

「ミカくん?」

「そいつに、エリに会わないと」

「待ちなさいミカ、忘れたの? 私たちは、襲われたのよ? 襲われたとき、その影族も他の影族と一緒にいたわ」

「あ……」


 そうだ、影族。影族は敵だ。

 ぶわりと内に秘めた、この6年間の記憶が思い出されてくる。それと同時に心が凍るのがわかって、螢丸はそっと目を閉じる。

 そんなわけないのだ。ツァルツェリヤは死んだ。あの時、あの影族の男が言ってじゃないか、影族は人間と見れば必ず殺す。それが万が一にも助かっているわけがない。なら、そのツァルツェリヤに似た影族も、自分の敵だ。

 虚ろに呟いて希望の光の灯った目を閉じて、もう一度開けた時にはひどく冷えた目をしていた螢丸に。これなら戦闘に赴いても大丈夫そうだと2人は顔を見合わせて頷く。先ほどまでの妙な希望など、これからの影族との戦いの中では不利になるだけなのだから。


「どこに行った」

「わっかんないだよねェ。この林の奥のなんて言ったかなァ、第六迷宮の近くにある。ほらミカくんがいた教会がある森の名前」

「初月夜の森か?」

「そうそう。初月夜の森に向かっていったんだけど」

「一応死んだふりでやり過ごしたのよね」

「熊か。っていうかそういうことは早く言え!」


 初月夜の森は、螢丸にとって家族との。ツァルツェリヤとの思い出の場所だ。影族が嫌がる匂いの放つ花がたくさん群生しているせいか、なかなか影族が入ってこないのに。なぜ影族が入っていくのか。そんな大事な場所を汚されるかもしれないという想いに、螢丸は勢いよく立ち上がり速歩の要領で思いっきり駆けだしたのだった。飯島和音と北見蓮を置き去りにして。


「行っちゃった。和ちゃーん、僕ちゃんと笑えてたァ?」

「いっそ忌々しいほど普段通りだったわよ。私も大丈夫だったかしら?」

「平気平気、まったくうちの班員は優秀で困っちゃうよねェ。班長の立つ瀬がないじゃんかァ」


 軽口を叩きながら、ぶらんと折れた左手首をあらわにさせながら北見蓮はがんがんと頭を叩かれているような痛みに脂汗が浮いてくるのを感じた。一方それは肋骨を2本折られた飯島和音も同じで、2人で我慢していた荒い息を吐く。ごほっと咳をすれば血交じりの唾液が分泌されて、それを地面に吐いて足で砂をかぶせた。

 行ってしまった螢丸を心配させまいと平気なように振る舞ってはいたが、2人もすでに満身創痍で動けるには動けるが戦えそうにはない。

 警笛を2回鳴らしたのにもかかわらず林で遮った近くにある本陣から応援が来ないといことはつまり向こうは警笛を鳴らす間もなく壊滅させられたか、助けに行けるような状況ではないということだろう。


 がさっ。

 そのとき、低木をかき分けて木の葉を踏む音が聞こえて。とっさに2人は身構えたのだった。

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