第1話

 風が吹く岬の上で。学生服にも似た軍服に身を包みところどころに洗っても落ちない血が滲み、先の方はぼろぼろになってしまったマフラーをなびかせながら。右だけ長くした前髪の下の白い眼帯、もう動かない閉じ切った右まぶたにかわり唯一動く左目を螢丸みかまるはふと閉じた。

 まぶたの裏に、いつでも思い出せる光景がある。それは必ずしも幸福とは限らないことを、人は知っておくべきだ。そして、螢丸にとっていつだって思い出されるのは1つの言葉と2つの光景であることも。


「あなたは選ばれし者なのよ」


 優しい誰かの声で紡がれた意味の分からない言葉。それが耳に残って消えないのだ。



 ある日、人類は唐突に選別された。

 何が条件だったのかも、何がいけなかったのかもわからない。逆に何が良かったのかも。あえて言うのなら何が起こったのかも、いまだわからない。後にリワインド・インパクトと呼ばれたそれ。


 ただ、突然の目を焼くような激しい光の後。長い瞬きの間に。


 そこには美桜みおう螢丸と、同じ教会にいた美桜ツァルツェリヤしかいなかった。

 初月夜みかづきよの森の中。第六迷宮の近くにひっそりと隠れるように建っている教会に引き取られた家族とも呼べる仲間たちと一緒に、夕飯のシチューの香りをかぎながら母屋の中でまだ小さい家族たちの面倒を見ていたはずだった。家族の多さに若干手狭になってきたリビングで。3歳になって間もない一番下の弟が三角のツミキの上に四角いツミキをのせるから、それに対して「ちげーよ、こうやるんだよ!」とぴょんぴょん跳ねた黒髪を揺らしながら、10歳になったばかりの三白眼の少年である螢丸が四角いツミキの上に三角のツミキをのせたところで。それは起こったのだ。


 まぶしかった光に目を開けば。ごとんと四角いツミキがフローリングに落ちる。

 まるで最初からそこに存在しなかったかのように同じ教会にいた螢丸にとっての家族たちも、大好きな先生もみんないなくなってしまっていた。


「「え?」」


 がたんと洗濯籠が落ちる音がした。洗濯物を母屋の中にいれる先生を手伝っていたツァルツェリヤは、呆然と床に落ちる洗濯したばかりのタオルが散らばるのを見ていた。いい子だねとツァルツェリヤを撫でてくれていた優しい手の感触は一瞬のうちに消え去っていて。

 満面の笑みを浮かべていたはずの顔、きょとんと目に影を落とす長い白っぽい金色のまつげを瞬かせてツァルツェリヤは大好きな家族で親友の名前を呼んだ。


「みかちゃん?」

「エリ?」


 同じく唖然として黒いまつげを瞬かせる螢丸に、何が起きたのかもわからない2人はただ固まることしかできなかった。

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