重装令嬢モアネット/さき

角川ビーンズ文庫

登場人物紹介/プロローグ

◆◆◆登場人物紹介◆◆◆


モアネット・アイディラ

幼い時のトラウマから、全身に“鎧”を纏う令嬢。


パーシヴァル・ガレット

王子の護衛騎士。寝ぼけると奇行に走る。


アレクシス・ラウドル

モアネットの元婚約者で、国の第一王子。


エミリア・アイディラ

モアネットの妹。キラキラしたものが好き。


ジーナ・アバルキン

隣国に住む妖艶な魔女


コンチェッタ

ジーナの使い魔。にゃんこ。


◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆





重装令嬢モアネット





「お前みたいなみにくい女とけつこんなんかするもんか!」



 それが、モアネット・アイディラが彼と初めて顔を合わせた日に言われた言葉である。

 そして、モアネット・アイディラが最後に聞いた彼の言葉でもある。

 なんてひどい言葉だろうか。それも、よりにもよって婚約者であるアレクシス・ラウドルから告げられたのだ。

 幼いモアネットはこの言葉に悲しみ、そして傷もえぬ翌朝に彼の婚約者が妹にわったと知り絶望した。おのれのどこが醜いのか分からぬまま他者の目をおそれ、醜いとさげすまれることを恐れ人前に姿をさらすことをめ……。

 そして、頭のてつぺんからつまさきまでを鉄のよろいおおうことにした。






 チチ……と鳴いた鳥の声に、モアネットがつられるように頭上を見上げた。

 木々の葉が重なり合い、そのすきから晴れわたった青空がのぞく。時折はまぶしいほどの日の光が差し込むが、モアネットは目をつぶることもひとみを細めることもなくジッと空を見上げた。

 通常であれば目を痛めかねないまばゆさである。……通常であれば。

「日がのぼる前に帰る予定だったんだけどなぁ」

 長居しすぎちゃった、そうつぶやいて再びモアネットが歩き出した。

 両手でかかえたかみぶくろの中には一週間分の食料が入っている。ちのくものをと選んだが、こうも日が差し込む中で何時間も持ち歩くのは衛生上よろしくないだろう。なにより、長く日に晒されると中に熱がこもってしまう。この鎧の中に。

 早く帰ろう、そう考えてモアネットが少しだけ足を速めた。鳥の鳴き声と葉音しかしないはずの静かな森の中、ガシャンガシャンと不似合いな鉄の音がひびく。

 だがこの音が鳴るのも仕方ないだろう。なにせモアネットは鉄の鎧をまとっているのだ。それも頭の天辺から爪先まで、もちろん指先も。はだどころかかみの毛一本すら晒すことなく、モアネットは己のすべてを鉄の鎧で覆っている。

 そうしてどれほどっただろうか、ついたあだは『重装れいじよう』。

 なんとも皮肉な渾名ではないか。だが鉄の鎧で覆いつくしたこの姿は重装でしかなく、そして令嬢であるのも事実である。もっとも、令嬢といえど森の奥にある古城に一人で生活しているモアネットには貴族のおんけいなどあるわけがなく、令嬢であったのなどとうに昔のことだ。

 だからこそ『重装令嬢』というこの渾名は皮肉めいていて、モアネット自身ていせいする気にもならず言い出した者を探してとがめる気にもならずにいた。

 勝手に言わせておけばいい、どうせ人とかかわるのなんて週に一度の食料を買いに行く時だけなんだから……と、考えはこんなところである。

 それに、げんきゆうするには相手と向き合わなければならない。モアネットにとって人とのたいはなにより恐れるものであり、それに比べればどんな渾名をつけられようと知らぬ存ぜぬをつらぬいていた方がマシなのだ。





「パンにジャム、それに干し肉。来週はワインを持っていってちょっとお金を増やそうかな」

 森の中にある古城に着き、買ったものをテーブルに広げる。そうして買い忘れがないことをかくにんしつつ、モアネットが頭部のかぶとを外した。

 パサとのうこんの髪がれ、その解放感からき出したいきずいぶんと深い。

 週に一度の市街地までの買い出しは、モアネットにとって酷くつかれるものだった。森をけて市街地まで歩いて数時間、ただでさえ長い道程みちのりに全身鎧姿なのだ。じゆつで軽量化した鎧といえど、疲れるなという方が無理な話である。

 そのうえ市街地に着けば当然だが人がおり、人目に晒されていると考えれば鉄で覆われているというのに冷やあせが伝う。

「醜い」と何時いつぞや聞いた少年の声が聞こえ、それをげんちようだとりきっても実際に「重装令嬢」とかげぐちが聞こえてくる。

 あざわらう声は本物かまがい物か、恐ろしくて確認することが出来ない。

 ゆいいつモアネットが出来ることといえば、兜の中で浅い呼吸を続け、さっさと買い物を済ませることだけだ。そうしてカシャンカシャンと鉄の音をたてて森へとげ帰る。その姿さえも嘲笑われている気がしてならず、静かな森の中に帰るころには冬であってもモアネットは鎧の中で汗をかいていた。

 そんな市街地に対して、この古城はモアネット以外だれもいない。もちろん、人の目も無ければ声も聞こえてこない。兜をいでも鎧を脱いでも誰にも見られないし、誰かに醜いとののしられる恐れも無いのだ。

 なんて落ち着くのだろうか。一生この古城の中で暮らせればどんなに良いか。

 だけど生きていくためには食べ物が必要である。野菜であればモアネットも多少なり作れるが、パンや加工食品はさすがに一人では補えない。

 それを買うためには、やはり市街地に行かねばならないのだ。

「お金をはらって届けに来てもらおうか……。でも、ここに人が来るのもいやだなぁ。……ん?」

 ふと、自分以外の声を聞いてモアネットが言葉を止めた。次いで足音をしのばせるように古城のげんかん口まで向かう。

 とびらの向こうで誰かが話をしている。声からすると男が二人……それを確認するように耳をましていると、コンコンと扉がノックされた。

 あわてて兜をかぶり、外しかけていた鎧を再び纏う。しゆつしている肌は無いか、鏡の前で一度クルリと回る。

 重装令嬢のものめずらしさから誰か付いてきたか、それとも森で迷った人が助けを求めてきたか。

 さすがにこんなへきに押し売りなんてことはないだろう。もしかしてパンを買った時におりを受け取り忘れ、親切な店員が届けに来てくれた……なんて、それはないか。その場合は釣り以上のチップを求められそうだ。

 そんなことを考えつつ用心するように扉のノブに手をけ、ゆっくりとかぎを開け……。

 そして、その先に居る人物に目を丸くした。

 深い茶色の髪に同色の瞳、目鼻立ちの整った青年。がいとうを羽織りまるで己をかくすようにフードをぶかに被っているが、その隙間から覗くうるわしさは隠しきれていない。

 そんな青年を見たしゆんかん、モアネットののうにはっきりと、

『お前みたいな醜い女と結婚なんかするもんか!』

 と、かつて聞いた幼い少年の言葉がよみがえった。



 ……そして、反射的に勢いよく扉を閉めた。



 それはもう扉がゆがみかねないほどに勢いよく。彼と、そして彼のとなりに構えていた男の鼻がぶつかるんじゃないかという勢いで。──くぐもった悲鳴が聞こえてきたので、どちらか実際にぶつけた可能性がある──

 人間の反射神経とは良く出来たもので、扉が閉まってようやくモアネットがわれに返ったほどだ。深層心理のきよぜつここにきわまれり。

 だが扉の向こうにいる二人も大人しく帰る気はないようで、さきほどより強く扉をたたき始めた。

「モアネット、君なんだろう! 開けてくれ!」

とつぜん押し掛けて申し訳ない。話をさせてくれ!」

 そううつたえてくる声はなかなかに必死だ。

 だがそれに対してモアネットは返事をすることもなく、クルリときびすを返すとカシャンカシャンと鉄の足音をたてながら歩き出した。背後からの声はじよじよに声量を増しているが、「鉄の兜が厚くて聞こえない」と小さくぼやいて無視を決め込む。

 この古城には誰も来ていない。誰も扉を叩いていない。誰も訴えていない。そう自分に言い聞かせ、男二人のわめき声を聞き流しながら紙袋をあさった。

「おなかいたからパンを食べようかな」

「モアネット、君がおこっているのは分かってる。でも!」

「モアネット嬢、どうか少しだけ時間を!」

「紅茶をれよう。そういえば新しい茶葉を買ったから、それをためし飲みしようかな」

「僕をうらんでいるのは分かってる、だけど少し話を……。おおかみ! まずいぞパーシヴァル、狼が!」

「モアネット嬢! このさい話どうのは置いてひとまずかくまってくれ!」

パンを先に食べた方がいいかな。……狼?」

 呼び掛けどころか悲鳴交じりに扉を叩かれ、今まで無視を貫いていたモアネットもこれには「けものけの効果が切れたかな」と首をかしげた。……といっても鉄の兜を被っているので、はたには兜がギッと音をたてて揺らいだ程度なのだが。

 そんなふうに首を傾げつつ、それでもしぶしぶと扉のノブに手を掛けた。

 彼等を招き入れるのはけんしかかないが、さすがに家の前で彼等が狼に食い殺されるのは気分が悪い。悲鳴をあげて、食い殺されるじつきようなんてされた日にはねむれなくなってしまう。

 だからこそ仕方ないと扉を開ければ、男が二人慌てて飛び込んできた。次いで狼が入り込まないうちにと扉を勢いよく閉める。

 よっぽど慌てていたのだろう──まぁ、狼がせまっていたのだから慌てて当然だが──二人はゼェゼェとあらい息を吐き、そうしてたがいが無事だったことを確認すると改めて顔を上げた。

 麗しくそうめいさを宿した顔つきには、どこか幼い頃の彼の名残なごりを感じさせる。もっとも、モアネットが彼の顔を見たのはほんの一瞬のこと。それも、おくにある彼は聡明さより嫌悪をあらわにしていたのだが。

 そんな青年に対し、モアネットはうやうやしく頭を下げた。全身をよろいに包んでいようが森に住んでいようが、彼に頭を下げないわけにはいかない。

「お久しぶりです。アレクシス王子」

 そうモアネットが告げれば、鉄の鎧がギシと重苦しい音をたてた。





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