街へ《2》



 ……子供らはいない方がいいか。


「セイハ、その子ら、ギルドに連れてってくれ」


「了解しました。――二人とも、行きますよ」


 特に何かを言うこともなく、セイハの言葉に従い、大人しく馬車の奥へと引っ込んで行く燐華と玲。


 ファームは……あんなんだが、一応セイハより歳上の設定だったはずだし、この場にいても構わないだろう。


「……ジゲル、先に聞いておくが、本当に野盗なんだろうな?」


「我らが踏み込んだ際、ご婦人のご遺体に、必死になって腰を振っておりましたので、無法者であることは間違いありませんな」


 ……へぇ。


「……弔ってやったか?」


「砦を墓標に、彼奴等の死体全てを弔いの炎として燃やしましたので、あのご婦人も恐らくは満足していただけたかと」


「そうか……ご苦労だったな」


「いえ、当然の義務故」


 俺は、ジゲルからレギオンへと視線を映し、そしてクイと顎で男のことを指し示す。


「レギオン、ソイツの猿轡、外してやれ」


『ハッ』


 レギオンは、肩に担いでいる男を無造作にドシンと地面に落とすと、片膝を突いてソイツの猿轡を外す。


「――ッ!! テメェらッ、どこのもんか知らねぇが、俺にこんなことしてただで済むと思うなよッ!! 俺のバックには、この国ですら裏から動かせる大物がいんだッ!! 俺に手を出した以上、テメェらはもう逃げられねぇッ!! 覚悟してやがれッ!!」


 ――そして、猿轡を外された瞬間、男の口から飛び出す罵詈雑言。


 おう、コイツ、この状況でこれだけ吠えられるとは。

 肝が太いのか、それとも単に馬鹿なのか。


 俺は、胸にジワリと浮かぶ黒い感情を内に押し込むと、至って穏当な表情を浮かべて男の前にしゃがみ込み、口を開いた。


「いや、すまんな。部下が失礼した。実は俺達、少し困っててな。色々聞きたいことがあるんだが、出来れば協力してくれねーか?」


「ハンッ、誰がテメェみたいなクソ野郎にッ――」


 俺を罵ろうとしていた男が、その言葉の続きを話すことはなかった。


 ――隣で見ていたネアリアが、男の腹部を蹴り上げたためだ。


 呻きを漏らし、思わずくの字に曲がった男の肩をネアリアは無造作に掴み上げると、今度はその顔面へと拳を叩き込む。


「ガフッ――」


 男の口から、歯が吹き飛ぶ。


 ――そこからしばらく響き渡る、殴打の音。


 やがて、男が意識を飛ばすか飛ばさないか、ギリギリのところでネアリアは殴るのをやめると、最後に男の身体の上からストンピングを繰り出し、無理やり地面に全身で跪かせる。


「うわー、痛そー!」


「ったく……オイ、随分元気じゃねぇか。ちゃんと躾をしてから連れて来いよ」


「ふむ……まだこれだけの余裕があったとは、少々予想外でしたな。お手数をお掛けいたしました」


「フン」


 ネアリアは吐き捨てると、男から足をどけ、再び俺の横に控える。


「ネアリア、手ぇ腫れてんじゃねえか」


 見ると、男を殴打していた方の手が、殴り過ぎたせいか少し腫れてしまっている。


「あ? こんなん、大したもんじゃねーよ」


「バカ言え。ほら」


 俺は彼女の晴れている方の手を掴むと、「ヒール」と唱え、回復魔法を発動させる。


 思いっきり攻撃職のスキル構成をしている俺だが、初級回復魔法ぐらいは使用することが出来る。


 手の腫れぐらいであれば、俺でも治すことが可能なのだ。


「…………」


「よし、これでいい。――? どうした?」


「……な、何でもねぇよ」


 俺から視線を逸らし、顔を合わせようとしない彼女に少し疑問を覚えながらも、すぐに意識を切り替え、再び男の前にしゃがみ込む。


「カヒュー……カヒュー……」


 血をダラダラと垂れ流し、この数分の間で顔面を二倍ぐらいに膨れ上がらせた、虫の息、という表現がピッタリと来る男に、俺はあくまで穏やかに言葉を掛けた。


「さて、悪かった。俺の部下は血の気が多いんだ。だから、出来れば快く協力してくれると、俺としても心苦しくなくて助かるんだがな?」


「……い、命は、た、助けて、く、くれるんだろうな?」


 歯が数本欠けたせいか、大分聞き取り辛い声で話す男に、俺は肩を竦める。


「さぁな。生きたかったら、どうするべきか、その頭で考えろ」


「…………ク、クソ」


 ネアリアにボコボコにされ、ようやく立場を身体で理解したらしい男は、観念して俺の質問に素直に答え始めた――。



   *   *   *



 ――どうやらここは、『セイローン』という王国の、王都付近から少し外れた地域であるらしい。


 ジゲルとレギオンがここまで連れて来たため、詳しい距離まではわからないそうだが、この男がアジトとしていた廃砦からは、半日程でセイローン王国の王都に辿り着くそうだ。


 ふむ……あんまり遠くなさそうで助かったな。


 その街に入るには通行証が必要らしく、それが無い場合には税金を納める必要があるらしい。


 ただ、その辺りは賄賂でどうとでもなるようだし、というかジゲル達が分捕ってきたこの国の金があるので問題無い。


 おかげでどの貨幣がいくら、ということと、物価をある程度聞けたので、これでボッタクられることは防げそうだ。


 この世界自体の名前は、一応聞いてはみたものの、「世界は世界だろ?」という答えしか帰って来なかった。

 恐らくは、『異世界』という概念自体がよくわかっていないのだろう。


 あぁ、それと、言葉は何故か、普通に通じている。


 俺は日本語で話しており、向こうは別の言語で話しているのだが、何故か言葉は通じている、みたいな不思議現象が発生している。


 まあ、それを考えると、ウチの部下達が普通に日本語を話していることも、不思議と言えば不思議なのだが。

 通じないよりは断然マシなので、良しということにした。


 魔法もまた当たり前のように使われ、どこまで本当なのかはわからないが、神様もこの世界には存在しているらしい。


 せっかくの異世界だし、是非ともお会いしてみたいものだ。


「んで、アンタが言ってたバックってのは?」


「……し、知らねぇ」


「あ?」


 俺の声色に、慌てて男は言葉を続ける。


「か、顔を見たことがねぇんだ! た、ただ、時折任される仕事や、仕事の手回しの良さから、そこらの領主レベルのヤツじゃねぇことは確かだ!」


 任されたという仕事は、おおよそ無法者と聞いて思い付くもの全般。


 要人誘拐や、野盗を装っての襲撃。

 何をしたのか知らないが、辺鄙な村への見せしめの焼き討ちに、時には王都に押し入っての強盗など。


 ……なるほど、コイツとコイツの仲間達は、恐らく政争の道具として飼われていた、首輪付きの野盗だった訳か。


 雇い主はわからないということだが……まあ、確かにそんな仕事をさせるようなヤツが、こんなチンピラに顔を見せる訳が無いわな。


「……質問はこんなところか。何か補足はあるか?」


「よろしいのではありませんかな? 所詮は野盗。これ以上詳しいことは聞けませんでしょう」


「アタシも同感だな」


 最後にレギオンの方を見ると、特に言うことは無さそうで、コクリと頷きを返して来る。


 と、その俺達の会話を聞き、希望を見出したような表情で、男が捲し立てる。


「こ、これで逃がしてくれるんだろうな!?」


「あぁ、お疲れ」




 ――タァン、と響き渡る、銃声。




 数秒遅れ、額にデカい風穴を開けた男の身体がゆっくりと後ろに倒れていき――そして、二度と動かなくなった。


「何だ、殺すつもりだったのか?」


「助けるなんて、初めから一言も言ってないしな」


 冷めた目で男だったモノ・・を見下ろし、肩を竦めてそう言う。


 ――それに、俺、強姦魔って一番嫌いな部類なんだ。


「命令してくれりゃあ、アタシがやったのによ」


『そういう、仕事は、我らがやります』


「そうです。このような下衆の処理は、我らにお任せを」


 ネアリアとレギオンに続き、戻って来ていたセイハまでもが言葉を紡ぐ。


「あー……じゃあ次から頼むよ」


 苦笑を浮かべてから俺は、ホルスターから抜き放ったハンドガン銀桜を、再びホルスターへと戻す。


 ――自分でやっといてアレだが、俺、普通に人を殺しちまったな。


 何の葛藤も躊躇も無く、それこそまるで、そうするのが当たり前かのように、引き金を引いて銃弾を放っていた。


 ……案外、何ともないもんだ。


 人を一人、人だった・・・・と過去形で語らなければならないようにしたというのに。


「……? マスター、どうかしましたか?」


「……いや、何でもない」


 ――まあ、どうでもいいことだろう。


「――さて、ジゲル。その砦付近までの道はわかるんだな?」


「はい、記憶しております」


「了解、道案内頼む。もう人里を探す必要もないから、お前らもこれに乗っちまえ」


「畏まりました」


『ハッ』


「ジジィ、分捕って来たモンの中に、酒は無ぇのかよ?」


「ありますが……貴女は少々、酒精を控えた方がよろしいのでは?」


「同感です。ネアリアはもう少し、酒癖を治した方が良いと思います」


「かてぇこと言うなよお前ら。今更じゃねぇか」


「ネアリア、その内お酒の飲み過ぎで、頭があっぱらぱーになっちゃうよー?」


「ハッ、わかってねぇなぁ、ファーム。アタシは細く長く生きるなら、好き勝手にやって、そこらで野垂れ死ぬ方がいい。なぁ、頭領、アンタもそう思うよな?」


『何を、馬鹿な。ユウ様は、お前と違い、もっと聡慧そうけい、なお方だ』


「とりあえずお前ら、何でもいいからはよ乗れ」




 ――そして、俺達は、何事も無かったかのように、再び馬車を進めたのだった。

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