準備


「うお……本当に草原になってやがんな」


 外に出た瞬間、思いの外強い日差しに思わず顔を顰めながら、周囲を見渡してそう言うネアリア。


「うわぁ、いい景色!あんちゃんあんちゃん、ちょっとだけ行って来てもいーい?」


「おう、いいぞ。でも、あんまり遠くへは行くなよ?」


「わかった!」


「ファームも行くー!」


 歓声を上げながら、草原にとてとてと駆けて行った――ファームは背中の昆虫のような翅で飛んでいるのだが――二人を微笑ましい思いで眺めながら、ふと俺は、隣で同じく彼女らの方を眺めている鬼の少女、玲へと話し掛ける。


「玲、お前も遊びに行って来てもいいんだぞ?」


 が、彼女はふるふると首を横に振り、俺を見上げる。


「ウチは、主様と一緒にいる方が……駄目でありましょうか?」


「いや、全然ダメじゃないさ。なら、一緒にいてくれればいい」


 ちょうど良い高さにある彼女の頭をくしゃりと撫でながらそう言うと、玲は頬を少し赤くしながら、気持ち良さそうに目を細める。


「……お前、もしかして真性の変態――」


「違うからな?」


 哀れなものを見るような目でこちらを見るネアリアの言葉を、食い気味で否定する。


「そうです。失礼なことを言わないでください。マスターは誰であっても同様に愛せる、懐の深い方、というだけです」


「……セイハ、お前それ、言っておくがあんまりフォローになってないぞ」


 ネアリアを窘めるように言ったセイハに、俺は苦笑を溢す。


 ――今ここにいるのはセイハにネアリア、召喚獣の人外娘二人に妖精族のファーム、そしてペット二匹のみだ。


 メイド長シャナルは、ギルド内部の管理のため扉の向こう。


 老執事のジゲルとドラゴニュートのレギオンは、俺達に先行し、周囲にヤバいモンスターがいないかどうかの索敵、排除出来るようなら排除という、斥候へと向かってくれた。


 こんな目印も何もない――というか地図も何もない場所で別行動など取ったら、合流出来ないんじゃないかとも思うのだが、何故か知らんが俺がいる方向はわかるらしい。


 そんな技能を、NPCが持っているとは全く知らなかったのだが……。


 まあ、いざとなったら空を飛べるしな、レギオン。

 俺達と一緒にいる我がギルドのペット達は目立つこと間違いないだろうし、上からこっちの位置を見つけるのはそう難しいことじゃないだろう。


 ちなみに今更だが、シャナルの種族は『ウォーウルフ』、ジゲルとセイハ、ネアリアの種族は『ヒューマン』。


 俺は、そのヒューマンの上位種族である『ハイヒューマン』である。


 ヒューマン系は、あまり突出した特徴は無いが、しかしその代わりオールラウンダーの種族であり、一番器用に技能を習得することが出来る。


 あのゲームの中だと、他の種族と比べ初期値が少し低いため、あんまりヒューマン系種族でゲームを始めた者は少なかったのだが、俺はそのオールマイティさに惹かれ、この種族でやっていた。


「――『クローズ』」


 と、俺が呪文を唱えると同時、草原にポツンと立っていたギルドへと繋がる扉が、上部から溶けるようにして消えて行き、やがて跡形もなく消えて無くなる。


 ふむ。問題なく発動したか。


 この様子だと、他の魔法も普通に使えそうだな。


「んで、えーっと……」


 メニュー画面を開き、アイテム欄のタブをタップして、一覧を表示させる。


 俺がゲームに費やした時間と比例するかのように、数多のアイテムが並んでいおり……おし、全部あるな。特に無くなっているアイテムは無さそうだ。


 良かった、この全財産が無くなっていたら、流石に泣いていたかもしれん。 


 溜めに溜めたゲーム内マネーはゴミと化したが……いや、でも一応アレ、金貨って設定だったはずだから、アイテムとして出現させたら、金塊としての価値はあるか?


 まあ、それがなくとも、換金アイテムだった宝石の、換金が面倒でアイテムボックスに放置していた分が結構溜まっているしな。


 金に関しては、当面気にせずにいてもいいだろう。


「――あった、これか」


 そうして一覧に目を滑らせ、見つけたのは車のマークが表示されている一つのアイテム。


 それをタップした瞬間、燐華や玲を呼び出した時よりも多量な光の玉が周囲に出現し、それがどんどんと一つの形を成していき――やがて出現したのは、二階建て巨大馬車の胴体部。


 俺は、馬車の後ろに設置された扉を開いてその内部に入り込むと、内部の照明のスイッチを押す。


 途端に設置された天上の照明が淡い光を灯し、明るくなる室内。


「……内装に特に変わったところは無し、と」


 中に入った俺の視界に映ったのは、高級な趣の、普通に生活でも出来そうな設備の揃った内装。


 白のシンクに、コンパクトであるものの多機能なキッチン。暖かみのある木造りの壁。

 小さ目だが洒落たワインセラーが壁に設置され、空間を最大限に利用されたテーブルに、座り心地の良さそうなソファ。


 トイレと風呂もしっかり備え付けられており、流石に狭くはあるが、しかし落ち着ける雰囲気が醸し出されている。


 入ったすぐに設置された階段から二階に上がると、品の良いベッドが数個設置され、ムーディな灯りが淡く室内を照らしている。


 ――外側は完全に馬車なのに、内部構造は完全にキャンピングカーである。


 こんな現代のキャンピングカーまんまな内装をしているくせに、動力源はエンジンではなくペット達なのだが、理由はそっちの方がスピードが出るからだ。


 あのゲームは本当に節操がなく、普通に機械類も登場し、実際にアイテムとしてエンジン車もあるのだが、それよりはモンスターに引かせた方が速いという設定になっていたのである。


「へぇ、イカすじゃねぇか。頭領、こんなの持ってたのかよ」


「だろ?これ、メッチャ金掛けたからな」


 具体的には、犯罪者プレイヤーとして他プレイヤーの財産をぶっ殺して巻き上げ、結構な金が溜まっていたのに、一時期素寒貧になってしまうぐらい。


 そこまでしなくとも機能的には全く問題ないのだが、まあ、こういうのはこだわりたくなってしまうのが男という生き物なのだ。


 そう、ロマンだからこそ金を費やしたのであり、だから後悔なんて全くしていない。していないのだ。


 うん……。




 ――と、ネアリアと話していた、その時だった。




 突如、外から響き渡る、爆発のような激しい破砕音。


 その後に、ドシィンと大きな何かが倒れるような重い音。


「何だ……!?」


 慌ててキャンピングカーの窓から、外へと顔を向けると――まず最初に視界に映ったのは、立ち昇る黒煙。


 そして、目を凝らし、次に映ったのが、黒焦げで倒れる何かの生物・・・・・


「あんちゃんあんちゃーん!!今日の晩ごはーん!!」


「ご主人ー!!でっかい獲物取ったよー!!」


 キャンピングカーの外から聞こえる、キャッキャとした声。


「あー……ハハ……」


 その彼女らの様子に、思わず苦笑いを漏らす。


 さっきのは、どっちかが、それとも両方が、何か爆発系の魔法でも放ったのだろう。


 見た目は幼女と、手のひらサイズの妖精という二人だが……そこらのモンスターを倒すぐらいであれば、彼女らにとって造作もないのだろう。


 燐華の方はまだ少しレベルが低いが、ウチのギルドのNPC達は能力値の1ポイントまで練りに練られた、かなり本気の育成が為されているからな。


 こんな何もない、開けた草原にあの子らを脅かすようなモンスターが現れるようであれば、ちょっと困る。

 どんな鬼畜難易度の世界だ、という話だ。


「おっ、美味そうな肉じゃねぇか。シャナルに料理させねぇとな」


「いやー……あのサイズは、シャナル一人じゃ無理じゃねーかな」


 面白そうに笑ってそう言うネアリアに、俺は苦笑交じりに言葉を返す。


 消したギルドへの扉は、この馬車内部の隅にでも設置するつもりだし、肉の持ち運びは俺のアイテムボックスにしまえば可能だろうが、あのサイズだと料理が出来ないだろう。


 解体に、どれだけ時間が掛かることやら。


 と、その時ふと、キャンピングカー風馬車の横に待機してたキマイラのジグが、じぃっと焼けたモンスターの方を見ている様子が視界の端の映る。


 隣の骨ドラゴン、レグドラは全く気にした様子がないが、ジグは程良く焼けている肉に視線が釘付けで、ジュルリと涎でも垂らしそうな様子だ。


 ……ふむ、アイツに食わせてやるか。


 俺は、キャンピングカーの窓を開くと、二人の方へ向かって声を張り上げる。


「お前らー!それ、食えるかわかんねーから、ジグに食わせてやってもいいかー?」


「わかったー!ジグに食わせてあげるー!」


 元気良く返事をして、燐華はむんずと黒焦げモンスターの脚らしい部位を掴むと、自身の数十倍はある大きさの肉の塊をずりずりと引きずりながら運んで行き、ジグの前に「はい、ジグ。どーぞ!」と置く。


 一瞬戸惑い、こちらを向くジグに、「食っていいぞ」と許可を出してやると、我がペットは嬉しそうな鳴き声を上げ、ガツガツと黒焦げモンスターを食い始めた。


 ジグにはこれから、馬車馬として頑張ってもらうからな。


 その対価という訳だ。


 全身骨のレグドラは、肉には興味が無いようだが……アイツは確か、魔力や魔力が含まれたものが好物だったか。


 後で、いらない魔導具でも食わせてやるとしよう。

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