世界の変革《3》



「あー……」


 ――どこだ、ここは。


 まず、以前のギルドへの入口である出入り扉は、洞窟の奥に設置しておいた。

 だが、俺達がギルド内部から外へと出た瞬間感じたのは、暖かな光。


 陽光である。


 そして、暗いところから明るいところに出たため、眩む目を一度瞑ってから、再度開いた俺の視界に映ったのは――草原・・


 見渡す限り、青々とした緑がどこまでも続き、風に揺られて揺れている。


 ここが、周辺一帯が森であったナグライトと全く違う場所であることは、一目瞭然であった。


 後ろを振り返ると、ポツンと草原の中心に、俺達のギルドへ繋がる扉が立っている。


 扉だけが、だ。

 目立つことこの上無しだろう。


「……周辺に敵性反応無し。良い景色、です」


「……あぁ」


 仮面を被っているので表情はほとんどわからないのだが、少しだけ機嫌が良さそうにそう言う隣の少女に、俺は曖昧な返事を返す。


 ……俺は、こんな地形を知らない。


 こんな、遠くまで緑が続き、遠くに山脈や青空の見えるマップを、俺は知らない。


 何よりわかりやすいのは――見上げた青空には、太陽が二つ存在していることか。


 あのゲームの中で、太陽は一つだけだ。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、ここはアルテラの・・・・・世界ですらない・・・・・・・、ということである。


 ……何か、決定的におかしなことが起こっているのはわかっていたが……もはや、アルテラの世界ですらないとはな。


 俺が犯罪者プレイヤーとして指名手配されている可能性は無くなっただろうが……その場合であっても、依然として危険性に変わりはない。


 一応これでも、俺はあのゲームの中ではトッププレイヤーの一人として数えられていた身だ。


 故に、それはもう膨大な量の敵や地形などの攻略情報が脳内にインプットされており、ここが仮にアルテラの世界であれば、最高難易度鬼畜ダンジョンの最奥に住まうボスすらポーション類も無しに屠ってみせるが……ここが全く知らない未知の場所であると、その知識が俄然通用しなくなってしまう。


 言わば、何にもわからず、チュートリアルもなく、初めてやる知らないゲームをやれと言われているようなものだ。


「こりゃあ……どうしたもんかな……」


「これでは、近くの街にお買い物も行けませんね。どういたしますか?」


 少しずれた感想を返して来るセイハだが……いや、彼女にとっては、これぐらい大した出来事ではないのだろう。


 実際、ギルドホーム自体は、俺達が拠点とする街を移すごとに移動させていた。


 アップデートのごとに、最前線となる街は変わって行くからな。


 恐らくは今回に関しても、その程度のことだと彼女は思っているのだろう。


「……そうだな。とりあえず、人里を探すところから始めるべきか。セイハ、近くにそれらしい反応は無いんだな?」


「ございません。探索に出掛け――マスター、敵性反応が一つ出現しました」


 話している途中で、彼女はスッとどこからともなくダガーを取り出し、一つの方向へと顔を向ける。


 その彼女に釣られ、俺もまた同じ方向に視線を向けると――視界に映ったのは、少し離れた位置にいる、一匹のモンスター・・・・


 猪にマンモスを掛け合わせた生物、という表現が一番近いか。


 かなり図体がデカく、口元からは凶悪な鋭い牙が幾本か生えており、そしてすでにこちらを敵として捉えているようで、鼻息荒く俺達のことを見ている。


「初めて見る魔物です。新種でしょうか」


「……この距離で気が付くか。相変わらず、お前の索敵能力は凄まじいな」


「マスターの薫陶のおかげです」


 ……まあ、彼女を育てたのは確かに俺なんだけどさ。

 レベル上げとスキル振りをね。


 というか、そうか。

 やはり、彼女のこの広大な索敵範囲を見る限り、俺達の能力はアルテラ準拠である可能性が高いか。


「……試す必要があるな。セイハ、少し確認したい。お前は手を出すな」


「ハ、了解いたしました」


 構えたダガーを下ろすセイハを横目に、俺は自身の腰のベルトから小太刀、幻刀『妖華』を片手で抜き放ち、もう片方の手でハンドガン、『銀桜』をズボンのホルスターから取り出す。


 あの猪は、図体はデカいようだが、魔力をほとんど感じない。

 恐らく、見た目通り物理攻撃を得意とするのだろう。


 Mobとの対戦時、相手をするのに一番楽な手合いだ。


 初見の敵だが――やれるか。


「グルルルァァァッッ!!」


 と、俺が武器の準備をしていると、一足先に動き出した猪が、その筋肉の塊みたいな巨体を震わせ、吠え声を上げながら大地を揺らし、こちらに迫り来る。


「さて、それじゃあ――この身体の性能でも、試してみますか」


 ――まずは、脳天に二発。


 無造作に構えた銀桜の引き金を引き、内部で爆発を生じさせ、装填された銃弾を連続で解き放つ。


 ハンドガンとは思えない、強烈な反動が腕に伝わるのとほぼ同時に、銃声。


 放たれた銃弾は、狙い違わず飛んで行き――猪マンモスの脳天に、突き刺さる。


 猪マンモスはガクンと頭部を仰け反らせ、デカイ風穴を開けた頭部から血を垂れ流すが……しかし、それでもなお、止まることはなくそのままこちらへと突っ込んで来る。


 まあ、想定内だ。

 あの大きさが相手だと、例え脳みそにクリーンヒットしても、簡単には倒れないだろう。


 迫る、猪マンモスの巨体。


 俺は、セイハを巻き込まないようにただその場から数歩だけ前に出ると――交差の一瞬、少しだけ身を捻って突進を躱しながら、その首筋に、刃を一閃。


 血飛沫が舞い、肉を断つ感触が腕を伝う。


 ――幻刀『妖華』は、図体のデカい猪マンモスの首回りより圧倒的に刀身が短いのにもかかわらず、その首を確かに両断し、命を絶つ。


 ドシン、と地響きが鳴り、突進途中で首を無くした猪マンモスが地面を大きく削りながら倒れ――やがて、動かなくなった。


「お見事です、マスター」


 セイハの賞賛に、俺は何も言えずに、ただ妖華の刀身にこびり付いた血糊をビュッと払って落とす。


 調子は……悪くない。


 というか、メッチャ良い。


 銀桜の狙いの精度も良く、妖華の刀身の走りも良く、ゲームの頃以上に身体が俺の命令通りに動き、スムーズに攻撃が繰り出せる。


 ……アルテラ・オンラインが、圧倒的なまでにリアルなゲームであったことは確かだ。


 確かなのだが、しかし、所詮はゲーム・・・・・・であった。


 「こうしたい」という人間の意思を完全にトレースすることは叶わず、微妙なラグがそこにはどうしても存在した。


 ゲームの中では、現実には出来ないような動きも確可能ではあったが、しかしその人外の動きをしようとする身体に対する命令と、実際に身体が動くまでにほんの少しだけ、現実にはない時間差が生じていた。


 だが、それに比べると、今のこの滑らかな身体の動きには、そんなタイムラグなど全く存在していない。


 脳内が命令を発し、そしてその通りに身体が動き、まるでゲーム染みた動きでありながらも、敵を倒すことが出来た。


 そのことから導き出せる答えは――この身体は、アルテラ準拠でありながら、歴とした現実の俺の身体なのだ。


「……倒したMobも、血痕も消えない……もう誤魔化せないな」


 ……やはりまだ頭のどこかで、これが夢やゲームの中である可能性を考えてしまっていたが、今の戦闘でもう、誤魔化しの余地が無い程に確信した。


 半ばわかっていたことだが、ここは、現実。


 それも、俺が全く知らない、未知の世界である。


「…………」


 ――今後どうするべきか、考えなければならないだろう。


 元の世界で俺は、どうなっているのか。

 死んでいるのか、行方不明の失踪者となっているのか、はたまた「俺」という存在自体が消失しているのか。


 この世界は何なのか。

 いわゆる異世界か、あの世か、それともやっぱり俺の妄想の中なのか。

 誰か、地球出身の俺のような者はいるのか。逆に、世界に地球出身は俺しかいないのか。


 この世界でどう生き、何を為すのか。

 元の世界への帰還の糸口を探して生きるのか、この世界に骨を埋めるつもりで生きるのか。


 そして――何故、俺はこんなところに、来てしまったのか。


 偶然だったのか、必然だったのか。

 神様でもいて、どこかの勇者サマらしく、世界を救えとでも言われるのか。


 何もわからず、何が出来るのかもわからない。


 そうである以上、今の俺は、全てにおいて自分で行動の指針を決めなければならない。


「……?マスター、楽しそう・・・・ですね・・・


 不思議そうに首を傾げてそう言うセイハに、俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「ハハ、わかるか?」


 ――そう。


 この状況となって、まず最初に俺が感じたのは、恐怖でも不安でもなく――未知に対する、限りない高揚だった。


 どこかのマンガの主人公染みた、子供っぽい感情だと思うが……確かなその想いが、俺の胸の内を満たしたのだ。


 やはり俺は、犯罪者プレイを心から楽しんでしまうぐらい、どこか常人とは頭の構造が違うのかもしれない。


 だが、まあ……そんなことは、どうでも・・・・いい・・


 人間とは、元来未知を好む生物だ。


 未知を好むが故に、前世においても大航海時代が訪れ、果てしない大空へと飛び立つ野望を抱き、新たな大陸への夢を抱いて世界中へと進出して行った。


 この、全く何もわからない、未知の世界にやって来てしまった俺が、この世界にやって来たことに対して大いなる魅力を感じてしまっても、まあ、人間として当然の反応であると言えるんじゃないか?


 何より――。


 チラリと、隣の少女を見る。

 

 俺が創り上げ、娘のように愛して育て、NPCとして比類無き強さを得た、この少女。


 ――何より俺は、この世界において、一人ではない。


 俺が生み出し、そして仲間が生み出し、長い時間を掛けて育てた、ギルドとその住人達がいる。


 ならば、やれる。

 コイツらと一緒であれば、どんな困難であっても、突破出来るはずだ。


「――よし」


 ――決めた。


 今後、何をするにしても、俺はこれから、この世界を本気で生きて行こう。

 

 俺が、俺として生きて行くために、この世界を思う存分に満喫して、好きに生きて行くとしよう。


 何となく、それが、俺がこの世界においての、為すべきことだと思った。


「――セイハ。俺はこれから、今までとは全く違う、新たな世界に飛び込もうと思う。お前も、付いて来るか?」


「……はい。この身は全て、我が主のもの、あなた様の、思う通りに」


 こちらに向かって頭を下げ、確かな忠誠を示す少女に、俺はニィと頬を吊り上げ、周囲に広がる広大な世界へと向かって、視線を向けたのだった――。

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