元老院隔離区 5
三つはほぼ同時に地に落ちた。
二つは両断された一本角、残るは最終奥義に力尽きた俺の体、受け身も何もなく、ただ落ちる。
幸いにも、遠心力が残っていて、それに飛ばされてずれて、下敷きにならずに済むんだ。
うつ伏せに潰れながら視線だけを巡らせて一本角を見る。
……一本角は、やはりゴーレムだった。その輪切りにされた切断面は中までびっちりと金属で、骨も流血もなく、動く兆しもなかった。その指からは緋色の刀が滑り落ち、床に打ち付けたのか額の一本角もポキリと折れていた。
これは、勝ったな。
思い、一度目を瞑る。
冷たい石畳、疲労、痛み、達成感、奪われ続ける体温に……眠くなる。
が、寝るわけにはいかない。
最終奥義まで出して勝手に盛り上がって燃え尽きてるが、これはまだゴーレム一体を倒しただけに過ぎない。まだ他に敵もいるだろうし、肝心のバーナムも見つかってない。吹っ飛ぶ魔法も現在進行中だ。
瞼をこじ開け、手を突き体を起こす。
そして刀を杖に立ち上がろうとして、転げた。
ゴロリと肩から転げてダメージは少ない。が、転げた理由の方がダメージが大きかった。
兜割り、太く重く、厚く、丈夫なこの刀が、先端から拳一つ半の辺りでポキリと折れていた。
目で探せば少し離れた石畳の上に折れた先が転がっていた。
無茶が過ぎたらしい。
こいつは安物の量産品で、失くしても惜しくはない、名もない刀だったが、それでも折れてしまったのは、悲しい。
まぁ、代わりにあの赤いのもらってくか、と思いつつ折れた残りを鞘へと戻したところで、骨面が来た。
しっかりとした足取り、手で腹を押さえてはいるが、どうやらそれほどのダメージではなかったらしい。
ただその目は俺を責めるように見ている。
当然、なんだろう。
こいつとこの一本角と何があったかは知らないままだが、決着を俺が掻っ攫ったのだ。恨みとも感謝とも言えない感じ、なんだろう。
…………気まずい。
これで何か言ってくれるなら、何かしら言い訳もできるのに、見てるだけは、ただ気まずい。
「うぉーーーーい! セーフかぁ!」
間延びした大声、ドラム缶に魔法の灯りを反射させながら三人が入ってきた。
こいつらに会えて嬉しいとか、俺はよっぽどこの骨面が苦手なんだろう。
さっさと合流して次に行きたい、と思ってるのにバニングさんがまた二人を止めている。まぁ、罠を警戒することは悪いことじゃないが、俺らを見ればそこらっ!
痛った!
いきなりの痛み、見れば無防備だった俺の脇腹に、骨面の押し出すような蹴りがぶちかまされていた。
完全な不意打ち、おぼつかない足では堪えきれずにバランスを失い倒れてく。
痛い、がそれ以上に、ムカつく。
事情も気持ちもわかる。だがこの、いきなりであんまりな仕打ち、いくらガキでもこれはいけない。
大人気ない怒りで睨む、俺の目前、倒れきる最中、骨面の骨の面が砕け散っていた。
▼
……俺たちヘケト族の目は良い。
後方まで広がる視野に、舞う羽虫を捉える動体視力、加えて俺は鍛錬を重ねて更に磨きをかけている。
そんな目が見つめるのは、後悔だった。
骨の面は砕け散っている。
現れた骨面の、ヨゾラの素顔は幼い少女で、その眉間からは赤い鮮血がほとばしっている。
白と赤の飛び散る中の異物、それは短かく細い、一本の矢だった。
骨面を砕いてなお宙を回転するその矢が飛び越えたのは、蹴られる前に俺の頭のあった空間、つまり貫くはずは俺だった。
あまつさえ奇襲に気付けず、助けられてながら怒りを見せて、終いには傷をつけた。
後悔と未熟を踏みしめて、俺は俺が倒れることを許さなかった。
ダスリと踏み止まって睨むは矢の来た方向、一段高くなっている台の上の、椅子の一つに座する一体の泥の塊の、ただ二点色の異なる二つの、黒い瞳の眼球にだった。
丸々と太った長髪、服装は泥にまみれて判別できないが、それでも手に持つのはクロスボウだとわかる。
そして、そいつがバーナムだと直感が叫んでいた。
跳ぶ。
こういう時に怒りは便利だ。痛みを焼き尽くし、体を限界まで駆動させられる。
特に、己の未熟さへの怒りは、熱すぎて逆に頭を冷やせる。
……考え直せばヒントはあった。
ここは明るい。
植物もないのに明かりの灯りが照らしてる。
それは見るための灯りだろう。だが誰が見るためだ?
ここのゴーレムは見るのに光を必要としない。俺らのために用意してるとは思えない。
なら残るのは必然的に決まってくる。観客のためだ。
バニングさんなら、きっと見破ってただろう、と思いながらら着地する。
そして一睨み、それでバーナムは逃げ出した。
クロスボウを投げ捨て、座ってた椅子を蹴り飛ばして、奥の壁際へと逃げて、追い詰められやがった。
かと思えば、バーナムは壁のどこかを弄ると、わずかに音を立てて壁が動いた。
できたのは人二人分ほどの通路、そこへとバーナムは転がり逃げる。
追うのに、一瞬の躊躇もなかった。
▼
中は、薄暗い廊下だった。
真っ直ぐ、長さとしては俺の一跳びぐらいの一番奥にはまた頑丈そうな鉄扉が、バーナムの行く手を阻んでいた。
皮肉にも頑丈な分だけ開けるのに手間取るらしい。
あくせく扉の何かを弄りながら小まめにバーナムはこちらに振り返る。
無様な背中、切り裂くのはこの折れた刀でも十分だろう。
一歩踏み出し、柄に指をかけ鞘に手を添えたところで、触れたのは赤い布だった。
ここに入る時に配られた、敵味方識別の布切れ、そんなものぐらいで、未熟でない俺の一部が覚醒し、殺すなと叫んだ。
殺すな、ここに踏み込む時の話を思い出せ、地上はピンチだ、こいつしかなんとかできない、説得しろ、だから殺すな、と、雄弁に叫んだ。
そして二歩目、俺は食い縛る。
あれだけの怒りは、たかだか布の手触りごときに、冷めていた。
怒りもわかる。だが剪るのはまだだ。今は仲間だと説得しろ。世界を救うが先決だ。
こんな、あまりにもしょうもない、感触なのに、冷静に陥った俺は、もう、殺す気が失せていた。いや、抑え込めていた。
三歩目、止まる。
これ以上近づけば警戒される、からではない。俺はこれ以上進みたくないのだ。
これからするのは説得すること、下手に出て、誤解だったと説明、いや謝罪すること、そして大丈夫となだめて、上の魔法を止めて頂くこと、だ。
反吐が出る。
こいつはあれだけ殺して、更に俺を殺そうとして、骨面を傷つけた男だ。
そんな奴に屈するなど、魂を殺されるに近い。
……ならば、これから口にする言葉は、自害の毒薬なのだろう。
それを吐き出し、己を殺すために、息を飲み込んだ。
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