格納区 監禁部屋 1
ヘケト族は打たれ弱い。
皮は薄く、骨は脆く、肋骨も普通の人間に比べて二本足りない。
骨抜きによる軽量化、全て避けるから耐久力はいらないという極振りの能力は、簡単に気絶を産み出す。
無様、惨め、未熟者、自己嫌悪と共に目が覚めた。
寝かされてるのは硬い床の上、見上げれば見慣れてしまった魔法の灯り、息苦しい口周りには何か暖かな、なにか。
ぞくりとして跳ね起きる。
ホロリと剥がれて膝の上に落ちたのは、湿った手拭いだった。
遅れて顔にヒリリとした痛み、打たれたところを冷やされてたようだ。
そしてそれが緩くなるほど長い時間寝てたということなのだろう。
「起きたか?」
声をかけてきたダグは、俺の横に胡座で座っていた。
その背後にはドアが、そのノブに背を向け張り付いてるのはバニングさんだった。
どうやら俺らは閉じ込められてるらしい。
「まぁ、あいつらも悪気はないんだ。根はいいやつらだし、野球が好きだ。ただ、今回のことはすぽ抜けた危険球からの乱闘ってことで、遺恨試合からのやったやられたは球界全体を貶めるだけだしな」
ダグの訳のわからない言葉を聞き流しながら、腰から消えてた刀を探してると、ダグとは反対側にびっしりとドラム缶が積み重ねてあるのが見えた。
数は三段、天井にこそ届いてないが、隙は拳も入らないだろう。
「いじるなよ。崩れてきたらひとたまりもないぞ」
ダグに言われるまでもなく心持ち距離を取り、枕元にあった刀を回収する。
「あなたにも現状を説明しておきますね」
ケイの声が積み重ねられたどこかから聞こえた。元気らしいが、どれかなぞ見分けられるわけもなかった。
「我々がここに閉じ込められてだいぶ経ちます。外は静かで、もう誰も残っていないと思われます。幸い、鍵はバニングさんの手で開きそうなので、脱出次第、地上への移動、彼らの処分はその後に、と」
「だから、そんなで処分するなって、ずっとこいつらと揉めてんだよ」
ケイに対してうんざりといった感じでダグが言う。
「命かかってんだ。サイン無視もあんだろ」
「そういう問題ではありません。これは厳格に行われなければならない大事な指令で」
「そう言うならちゃんと情報吐けよ。さっきからぶつくさ言ってたジェネラルってなんだ? あのグルグル剣士じゃないのか?」
「ですからお応えできないと」
「そのジェネラルがどうなったらどうなるんだ? なんでゴーレム壊すのに反対してんだ?」
「機密事項です」
「壊したからってどうなるってんだ? お前ら、一体何に怯えてるんだ?」
…………最後のダグの問いに、ケイは応えなかった。
それでも、それだけで、怯えてることは肯定していた。
ガチャン、小さく音がした。
「ほら、終わったよ」
グチャグチャと干し芋を齧りながらバニングさんが立ち上がり、一歩引き、細かな道具の諸々を腰にしまい終えると、ドアを引いた。
磨かれたように綺麗な金属のドアは、軋みながら内側に、蝶番の方から開いた。
そのドアの隙間から魔法の灯りが流れ飛び出し、照らした先は廊下で、残された残飯や血のついた布、壊れて捨てられた武具からあのバリケードの内側らしい。
「バックホームバックホームバックホーム!」
いきなりのダグの急かす声、慌てるその目線を追えばドラム缶の棚が、ドアに近いところからこちらに崩れて倒れてきていた。
一斉に出ようと動いて崩れたんだ、と瞬時に理解した。
そうして起こった止めようのない崩壊、バニングさんは既に部屋の角へと逃れ、ダグ反対側角へと滑り込んでいた。
そこが安全なのか、俺も入れるのか、迷うぐらいなら楽な解答へと進むのが安全だ。
今しがた開いたばかりのドアの外へと跳ぶ。
間一髪、着地と同時に凄い音が響いた。
振り返れば捲き上る砂煙、ドアはドラム缶の山が完全に塞がれていた。
「大丈夫か!」
俺の問いに、ドラム缶が唸った。
どうやらその一つ一つが個々に返事をしているらしいが、ただでさえ缶の中でくぐもって響いてるのにそれらが重なって訳がわからない。
その中でも特徴がないのが特徴な二つの声、少なくともダグとバニングさんは生きてはいるらしい。
一先ず安心。
ケイも含めてこのドラム缶装甲なら骨折の心配はあっても下敷きでの心配はいらないだろうし、だがこれらを助けるのは一苦労だろう。
いらない問題作りやがって。
ため息を噛み殺し、一応静かな廊下に敵影がないか確認する。
……骨面と目が合った。
▼
両者凍りついたまま、永遠とも思える時間が瞬時に流れた。
骨面は、あの長剣を肩に担ぎながら、足元に転がる壊れた兜をつま先でつついているところだった。
その背後には同じようなガラクタの山が、集めてたのか積まれていた。
……それで、どうするか、未熟な俺には瞬時に判断できなかった。
確かこいつとは交戦中とか襲われたとか、聞いた覚えがあるが、俺とはまだで、ならばまだ戦わなくてもいいんじゃないか、なんて未熟な考えから逃れられなかった。
「そいつを殺せ!」
凍りついた俺らを溶かしたのはドラム缶からの罵声だった。
骨面が動く。
担いでいた長剣を下ろし、構え、切っ先をこちらへ、そして恐ろしく速い一歩で間合いを詰めた。
出遅れた俺に残された間合いは、それぞれ得物を伸ばせばその切っ先が触れ合う間合い、俺には不利な間合いだった。
だが離れる一蹴りでは間違いなくこいつに追いつかれる。
相手を見ただけで実力を推し量れる、などとほざける眼力もない未熟者だが、それでも逃げ切れないと悟った。
息を飲み、前へ、跳ぶ。
突き出された切っ先をくぐり触れ合える間合いへ。
抜刀、横薙ぎ、狙うは剥き出しの生足。
しかし骨面、突きから引き戻す動作も恐ろしく速く、流れる動きで立たされた長剣、握る拳と拳の間で受け止められた。
目前には骨面、その眼窩の奥に覗けるのは真っ黒な眼球だった。そんな少女が構える長剣ががっちりと俺の刀と噛み合い、拮抗し、押し合った。
まずい、やばい、と引いた瞬間、崩されかけた。
慌てて踏ん張り、持ち直し、押し直し、拮抗し直す。
そうして膠着が出来上がった。
……これは、最悪、未熟なんて問題じゃない。
俺は、この状況は、ヘケト流が最も苦手とする状況に、すなわち鍔迫り合いに落ち行ってしまっていた。
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