第10話 The・リターナーをプロデュース


「な、何が起きて!?」

 突然裂かれた自分の服。いや、こうなる可能性があったのはわかっていた。伊緒は認めたくなかったのだ。自分の置かれている、糞のような現実いまを。

「今度は上手くいった。」

 満足げな気を隠していない機械音で、仮面は笑う。

「ちょ、ちょっと親衛隊!!早く私を助け、いねぇ!!」

 溺れる者は藁をも掴む、といったものだが藁すらない時に人はどうすればいいのだろうか?

「悪い三田村!!ちょっと流石にこれは無理だわ!!」

「生きていたらまた会いましょう三田村さん!!」

 デコと豊がさとりを担ぎ、猛スピードで教室から離れていくのを伊緒は見送るしかなかった。

「......悲しくなるほど人望無いんだな、お前。」

「私に釣り合うやつがいないだけよっ!!」

 裂かれたブラウスを腕で押さえながら、仮面に同情される程の惨めさを噛みしめる伊緒。

「成程、そんなんだからかぁ。ハヅ、じゃなくて『ホーネットⅡ』の言った以上かもしれん。」

 呆れたようなトーンで伊緒を見る仮面。

「ハヅぅ?あんたそいつから頼まれて来たわけ?そいつが過激派ってやつかぁ!?」

「過激派?いや、ハヅは過激というか迂闊な感じだけど。」

「じゃあ迂闊派なんだな!!」

「落ち着けよ、なんだよ迂闊派って。」

「痛ぇ!!」

 パニック状態に陥っている伊緒の腹を、しなる鞭のようなもので叩く仮面。ばちん、と音が鳴りその場に蹲る伊緒。

「糞ったれ......なんで私がこんな酷い目にばっか会うんだ......」

「ボクから言わせてもらえば、自業自得ってやつかな。」

「自業自得だぁ?」

 左手で胸を、右手で腹を抑えながら伊緒は立ち上がった。

「たく、聞いたんだよ。お前がって。」

「......はぁ?」

 自分がいじめられている、仮面のから発せられた機械音に思わず間抜けな声が出る伊緒。

「お前と仲良くしてる女いるだろう?」

「麗のこと?仲良く、というか向こうが一方的というか妄信的な感じで私の事好きになってるだけよ?」

「それ、どうみても危ないだろう。話から察するに、そいつファンクラブが出来るくらいに人気があって、親衛隊までいると踏んだ。」

「親衛隊ねぇ......」

 あの3馬鹿どもを見る限り、ファンクラブとやらも大したことはないのではないか?主に知能的な意味で。

「そんな中に、お前のような目立たず何の取柄もない上に性格も悪い」

「おめぇこれ以上言わせねえぞ!?だいたい言いたいことは分かったよ、私がそいつらからいじめられてるんじゃないか、って考えたんだな?」

 左腕を真横に振り回し、抗議の意を示す伊緒。

「そうだな、ハヅからお前が絡まれてるって話を聞いてボクが来たわけだ。前々から相談は受けていたからな。」

「そのハヅ、ってやつもとんだお人よしか暇人だな。態々私の心配してくれるたぁねぇ。善意押し付けてくるのはうざってぇけどなぁ。」

「それがいざ来てみたらだ......っ!!苛められてるどころか共謀して目の前で犯罪だよ!!なんなんだよアイツ、下調べ足んなさすぎだろ!!そんなんだからこないだも生徒会で怒られてるんだよ!!ボクがフォローするのにどんだけ苦労してると思ってるんだ!!」

 何を思い出したのかはわからないが、仮面が怒りながら近くにあった机を蹴る。

「物にあたってんじゃねえよ。お前とハヅってやつが生徒会の誰かってのはわかったけどさ。」

「ほう、意外に察しはいいタイプのようだな。」

「いや、さっき思い切り言ってたじゃんお前......」

 伊緒は呆れていた。自称暗殺拳の使い手と名乗るコスプレした子供。確かに厄介だが、所詮は子供だった。離すと不利になる情報を、感情のままにダダ漏らしてくれる。

(あれ、こいつチョロいんじゃね?)

 相手の弱点や隙を見つければとことんまで攻め込む、三田村伊緒という女はそうやって今まで生きてきた。

「つーかさぁ、そろそろそのマスク取ってよくない?」

「何言ってるんだお前?これとったらボクの正体がバレちゃうだろ?」

「あんまさ、こういうこと言いたくないんだけどさ......バレバレ。」

「うなぁ!?」

 仮面がまたまた狼狽える。

「あのさぁ、うちの生徒で生徒会に関わっててチビで一人称がボクで暗殺拳使うとか言われたらウォーリー探すより楽にわかるじゃない。」

「......ッ!!」

「でさ、理由はどうあれもうあんた傷害事件起こしちゃってるわけよ。わかる?殴ったけど相手が怪我してないからセーフですう、なんて理屈通用しないからね?あなた頭いいんだろうからわかるでしょ?」

 ぐい、と仮面に顔を近づける伊緒。

「い、いや、そんなはずがっ!!」

「だーかーらー!!いい加減認めろっての、お前失敗してんだよ!!出鼻から挫けてるの!!最初の時点であの3馬鹿と私を何らかの形で始末出来て無いから終わってんだよ!!あんたゲームしたことある?特にシミュレーション系のよ。何ターン以内に敵軍を全滅させろ、とか一発で敵を倒せとかそういう条件付きのやつ。」

「ターン?回るのか?ボクが?」

「もういいわ、それで充分わかった。もうあんたの正体がバレるのも時間の問題よ?もしあのハゲが職員室に行ったら?さとりだっけ?あんたが髪切ったやつが起きて一部始終を担任に話したら?いやぁ、あんたのキャリア入学当初から丸潰れですなぁ。」

 下卑た笑みを浮かべながら仮面に解説する伊緒。

「貴様っ!!ボクを脅迫する気か!?」

「脅迫するのも何もあんたから吹っ掛けてきたんでしょうが!!だからさ、これはアレよ、えっと何とか取引ってやつ?」

「司法取引か......」

「おぅ、話がわかるぅ。つーまり、あんたが仮面脱いでハヅってやつが誰か教えてくれれば、ある程度は私が庇ってあげるからさ。おふざけが調子に乗りました、みたいな。」

「......そこまでして、お前に何のメリットがあるんだ?」

 仮面が見えない瞳で、伊緒をじっと睨みつける。

「理由なんて簡単よ、ただムカつくだけ。善意か作意があるかどうかはわからないけど、自分で手出さずに他人様に恩を売らせようって魂胆がさ。」

 薄い胸をはだけさせながら、頭を掻く伊緒。

「正直あの3馬鹿も黙らそうと思えば黙らせられるから、悪くはない条件だと思うけどどうよ?」

「成程、見くびっていたよ三田村伊緒......」

 いや、ほとんどお前の自滅だけどな、と思う気持ちを黙っているほどには伊緒は大人であった。

「そ、なら交渉成立ってことで......ッ!!」

.....」

 仮面のマントから出てきたピンク色の袖が、伊緒の横隔膜を貫く。

「ボクはんだよ。」

「こ......っ!!このッ!!分からず屋がッ!!ぐはッ!!」

 鋭い痛みと衝撃に襲われ、伊緒はその場に崩れ落ちた。



「さてと......ここまでやっちゃったからもう下がれないなぁ。ちょっと痛い目にあってもらおうか。」

 倒れた伊緒に覆いかぶさり、首元を掴む仮面。

「あっ......!!はっ......!!」

「もう一度問おう、三田村伊緒みたむらいお

「わッ......!!たっし......!!は......!!」

 息も絶え絶えに、言葉を紡ごうとする伊緒を冷徹な目で見降ろす仮面。

「人をさ、馬鹿にし過ぎなんだよ。お前。そんなんだからこんな事になるのさ。」

 遠のく伊緒の意識。最早仮面が何を呟いているのかも、半分は理解ができない。しかし、それでもだ。それでも伊緒は。

「そうッ......ね!!だっ......けどッ!!」

 苦しみの表情しか見えなかった伊緒の眼に、生気が戻り始める。

「何?まだ余裕だったか?」

「きっ.....こえないんだ......ッあん.....た!!」

「ん?」

 仮面の不幸は二つ。一つは、普段慣れないフルフェイスのマスクを被っていたことによる一時的に聴力が低下していた事。そしてもう一つは......

「たっ、助けてっ......れ、い......っ!!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 地鳴りのような音を上げ、教室に飛び込んできた銀の弾丸シルヴァ・バレット春川麗はるかわれいの存在を、伊緒に対する異常ともいえる愛を知らなかったことである。

「伊緒ちゃんにぃい!!」

 伊緒に被さる仮面のどてっぱらに、麗の両脚が着弾する。

「!?」

「何ッ!!」

 浮き上がる仮面のマントに右足で踏み込み。

「しやがるんだッ!!」

 渾身の力を込めた右ストレートを、麗は仮面にブチ込んだ。

「ながぁ!?」

 マントが破れ、教室の端まで吹き飛び後頭部を強打する仮面。

「大丈夫!?伊緒ちゃん!?怪我無い!?息してる!?お大事は無事!?あれ、息してないってことになったら......これは人口呼吸と言う名のぉっ!!ウォンチューキッス!!のチャンス!?いやいや、その前に伊緒ちゃん実質半裸!!相変わらず下着はダサいけど、これはこれでソそるわぁ......自然派ってやつぅ?むしゃぶりつきたくなるこの脚の太さとかぁ、抱き着きたくなるお腹とかぁん!!」

「うっせ!!ハイテンションで妄言吐いてる暇あったら早く助けろよ!!」

 あんなことやこんなことを想像しながら体をくねらせる麗を殴りつつ、久しぶりに叩きがいのある体に触れた伊緒には、どこか安堵の笑みをがこぼれていた。

「でもさ、麗凄いよ。私死にかけてたのに、いいタイミングで助けてくれてさ!!」

「ふふ、伊緒ちゃんの呼吸、脈拍、吐息に汗の匂いまで私はDNAに刻んでるからね。何か異常があったらひとっ飛びよ。愛が止まらないわ!!」

「本気で言ってるのぉ......?友達やめるよぉ......?」

 やはりこいつは褒めてはいけない、先ほどの喜びは伊緒から波打ち際の砂城の如く消えていた。

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