愉快な三田村一家
第3話 ショッキングな姉をプロデュース
そして時は過ぎ土曜日に。
ガンガン!ガガン!ガンガー!ザッツウォーイェー!
オレンジ色のスマホから、鉄同士をこすり合わせるような音と、やる気のない学生バンドが演奏したような主旋律ばかり強調されたギターが混ざった音楽とは言い難い騒音が流れる。
「ふ....ふぁあ......」
オンガクヤノテーロ!オンガクヤノテーロ!ココニアラワルテロイズム!
「相変わらず下手糞な歌だなぁ......」
伊緒は自宅のベッドの上で身を起こし、騒音とバイブレーションでガタガタ鳴るスマホのアラームを切る。
「土曜かぁ。いつもなら昼まで寝てるのになぁ......」
気怠そうに、伊緒は上体を起こし眼をこする。昨晩は『斬鉄閃鬼ソードブリンガー』のイベントで深夜2時までゲームをプレイしていた、いや、ここ最近はイベントだらけでこんな感じだ。
本筋のストーリーがまったく進まないのに、しょっちゅう小競り合いとやっつけなイベントばかり更新される。その癖、イベント上位報酬が普通にプレイしている上じゃ全然手に入らないものばかりだ。運営がどんなに理不尽であろうと、自分の『
ましてやこのゲームはギルドを組んで挑むゲームだ。プレイミスはともかく、一日でもログインを怠ればギルドの裏切りものとみなされ、追放どころか匿名掲示板の専用スレにIDだって晒される。プレイヤーと運営のモラルとマナーが著しく低く、炎上沙汰も度々あるために侮蔑を込めて『
しかし、スマホゲームの限界を超えたアクション性、戦略、キャラメイキングの高さや豪華声優に大物脚本家を使用したメインストーリー(めったに更新されない)等、話題とプレイヤーを他のゲームからかっさらうにはリリースから1か月もあれば十分であった。元々ゲームにあまり興味のない伊緒だったが、何か話題になっているからやってみるか、無料だし、と手を出したのが最後。今では小遣いと睡眠時間を削ってまでプレイするジャンキーと化してしまった。
「あーぁ、結局素材落ちなかったし。やっぱクソだわこのゲーム。今度こそ引退だわ......」
イベントの度に何度呟いたかわからないセリフを吐き、伊緒はクシャクシャの髪の毛を雑に手で整えはじめる。つむじが二つあり髪に癖がつきやすく、ロングヘアにすると手入れが面倒なため、伊緒の髪型はだいたいショートだ。
「あんた口汚いけど、黙ってりゃまあまあ可愛くは見られると思うから清楚な感じにすれば?相手してくれる男いないと思うけど。鮫みたいな眼してるし。」と姉に煽られて以来、日本人形のようなぱっつんヘアにしている。
「どうだ和風だろう!?清楚だろ!?男はこういう風な女を可愛くて守ってやりたいって感じるんだろ?ガキっぽくてな!!目付きが悪くて呪われそうだけどね!!眼鏡に感謝しろよ!!呪いが抑えられてっからな!!」
髪型を変えて啖呵を姉に切った時のことを伊緒は思い出す。
(あの時の姉さん、滑った新人芸人を見るような顔してたなあ......必死さしか伝わってこなくて笑ってあげようにも面白くないから笑えない感じの......)
今でこそ割と気に入っている髪型だが、当時はこんなことで切れ散らかしていた事が恥ずかしい。あの後「鮫で例えたんだから上手に返しなよ、癪だろうけど。深くないと冷めるのよね。」言われ、余計に伊緒を怒らせたのも既に懐かしい。コンタクトに変えれば目付きも少しは和らぐだろうか?いや、眼鏡は楽だし眼の中になにか入れる、という行為がやはり怖い。親に相談すれば姉と同じで買ってくれはするのだろうが......麗にもなんか言われたし。
「なんでアイツのためなんかに......それに姉さんと被るからなあコンタクトは......」
伊緒はベッドから起き上がろうと右手を布団の上に置いた。むにゅり、という感覚が手に伝わる。
(むにゅ......り......?枕でも置いてたっけ?こんな柔いのが?やわらか......ッ!!)
身に覚えのある感触に、伊緒の全身に寒気が走る。冗談であってくれ、ここは私の部屋だぞ、藁にもすがる思いで伊緒は布団を捲りあげた。
「――ひあぁん!!振りが長いよ伊緒ちゃん......!!もっと早く気づいてよ。」
そこには......ピンクのベビードールで身を包んだ麗が寝っ転がっていた。
「い......い......」
嗚咽とともに瞬時にベッドから離れる伊緒。いつから入っていたんだ?というよりどうやって入ったんだ?頭の中が混乱したまま、ドアのほうへと後ずさる。
「おはよう伊緒ちゃん!なんか夜遅くまでゲームしてたみたいだけど、夜更かしは美容の敵よ?まあ、そんなことだってわかってたら夜から一緒に寝てればよかったわ。近くまで寄っても全く気付かないし......寝顔は可愛かったんだけどねぇ、涎たらしてるのは女の子としてどうかと思うなぁ......」
ベットから起き上がり、麗は束ねていた髪を解きながら伊緒に近づく。
「いやぁぁぁぁっ!!助けてッ!!助けて姉さんッ!!」
悲鳴をあげながら伊緒は部屋を出て行った。階段を2段飛ばしで下りながら、姉がいるであろう1階へ向かう。
「姉さん!!
「こら伊緒!!ドアは静かに開けなさい。」
リビングのドアを勢いよく開けると、伊澄香が朝食の用意をしていた。薄緑色の多機能エプロンを身に着け、伊澄香は味噌汁を机に置いていく。先に配膳されていたであろうハムエッグから香ばしい匂いが漂う。
「痴女?麗ちゃんのこと?貴女のお友達って聞いたんだけど?」
「いや、まあ、そう言われたらそうなんだけどさ......普通私の事呼んでから家にあげない?」
「いや、呼んだわよ。でも私が呼んでも貴女全然起きないから、麗ちゃんに任せたの。そしたら......ッ!なんか......ベビードール着て伊緒の.......ベッドの......中入って......ッ面白ッ!!あの娘面白ッ!!」
伊澄香は小刻みに震えながら笑いを堪えきれずに説明する。
「いや面白って!私はまったく楽しくないからね!?普通は妹の寝床に入ろうとする痴女がいたら止めるもんなんだよ!?」
「だって目の前でいきなり脱ぎ始めるとか、芸人の一発屋でも今更やらないでしょ?身体張って笑いとろうとしてるの見ると応援したくなるのが人情ってやつじゃない?」
「あいつは芸人じゃねえよ!!とにかく安心できねえっての!!」
「『脱いでる』のと『脱ぐ』のじゃ求められる笑いが違うわよ?まあ、朝ごはんできてるから、冷めないうちに食べちゃいなさい。」
「はいはい、いただきます。」
ここで姉と口論しても仕方がない、お腹も空いたことだしと伊緒はテーブルへと向かった。姉のつくるご飯は素朴とはいえ、なんだかんだで旨いのだ。
「そうだ伊緒、ついでに箸並べといてくれる?」
「いいけど、麗の分も作ったの?そこまでしなくていいのに。」
「せっかく来てくれたんだし、ね。ご飯は大勢で食べるのが楽しいでしょ?」
いつも二人で食べる休みの日の朝食。今日は珍しく、テーブルには4人分の皿が並んでいる。
「ん?私と姉さんと麗で3つでいんじゃないの?」
「え、もう一人いるでしょ?あの金髪の外人みたいな娘。」
金髪?外人?
「
「え、えぇー......」
後ろでどこかで聞いたことのある、英語混じりの声。
「あら、紅音ちゃん。湯加減どうだった?」
「いや、初対面の人間に風呂貸すなよ姉さん――んん!?」
声のする方向、紅音に振り返った伊緒は思わず手に持っていた箸を落とした。風呂上りの恰好というのは、人それぞれだ。伊緒はパジャマであり、伊澄香の場合はタンクトップ。麗は先ほどベビードールを着ていたが、恐らく普段は常識的な服だろう。しかし、この紅音という女は......
「バ......バスローブ......?」
「あら三田村さん、おはようございます。」
「おはよう、ってワイングラス!?酒入れてるの!?」
「まさか?グレープジュースですよ、ポリフェノールたんまりの。」
ワイングラスのボウルを掌で持ち、軽く回す紅音。ガタイの良さもあり、洋画に出てくるマフィアの女ボスかと伊緒は錯覚する。
「ま、家では飲んでるんですけどね。赤いやつ。」
「飲んでんじゃねーか!!高校生だろ!!」
「ブラッドオレンジですよ?」
「......あのさ、保寺さんってもしかして馬鹿なの?」
「
「あ!!
伊緒の部屋から麗が降りてきた。さすがにベビードールから着替え、普段着であろう赤いスウェットに着替えている。
「んー、家訓に『人を知るには風呂から』というのがあるからねぇ。私はそれに従ってるだけよ。」
「聞いた伊緒ちゃん!?普通人んちの風呂入る?やっぱこいつ非常識じゃな、っくぼぉ!?」
「夜這いかけてくるやつより数倍は常識的じゃこの性欲全振りモンスターが!!」
麗のみぞおちに肘鉄を飛ばす伊緒。不意打ちに麗がよろける。
「う、うちの家訓に『布団の温もりは人肌で』ってのがあるから......」
「冷房ガンガン効かしてんのドア開ければわかんだろうが!!そんな火種いらねーよ!!」
「まーた伊緒クーラー付けっ放しで寝てたの?最近電気代高いんだからさ、あんまひどいと父さんに頼んで小遣い減らしてもらうよ?」
「え、姉さん!?それはちょっと勘弁してよ!?ただでさえ少ないのにさ?」
伊澄香には逆らえないのか、伊緒は止めてくれといった表情で弁明する。
「
紅音がなだめるように提案する。
「そうねー、みんなそろったし。さ、みんなテーブルについて。」
「お、旨そうですねぇお義姉さん。」
「麗、それなんか含んでない?」
「含んでんのは伊緒ちゃんのこれでしょ?」
麗は胸元のジッパーを下す。豊かな胸の膨らみが、タンスに入れて居た筈の水色の拘束具により窮屈そうに形を変えていた。
「殺す!!嫌味にしては手が込み過ぎなんだよ!!私の家はバラエティのセットじゃねえ!!」
「凄い!!麗ちゃんはやっぱり芸人だったのね!!伊緒ももっと上手く突っ込みいれないとダメよ?ちっさいな!!とか、青かよ!!とかモノでボケてるんだからモノに対していれいていかないと。」
「お姉さん、そういう問題では......」
「え......芸?私の身体張った愛情表現が......芸?」
休日の三田村家に、怒声が響き渡る午前中。
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