第35話 公開オーディション

 胸が高鳴る。


 オーディションは何度も受けたことはあるが、今回は全く内容が違う。公開オーディションとは、つまり、ライブに審査員がいると言うことだ。


 ライブはお客さんにどう楽しんでもらうかだけを考えればいい。でも、オーディションとなるとクオリティが求められる。クオリティとオーディエンスは比例すると考えがちだけれども、そう一概には言えない。


 どちらに心を向ければいいのか、どちらを向いてパフォーマンスすれば良いのか、わたしには経験がなかったので、とにかく落ち着かない。


 それに、初めてわたしが自分で作った楽曲でチャレンジすることになる。仕上がりには自信がある、でも、人がどう判断するのかは、全くの未知数だ。


 会場へ向かう足取りは、重くはないけれども、逆にふわふわとして、現実味がない。


「リコ……いよいよだな」


 会場でヒイラギと合流した。ヒイラギとはしばらく距離をおいていた。わたしはヒイラギに幻滅して、ヒイラギはわたしの過去から逃げた。もう、交わることはないと思っていた二人の関係は、バンド仲間という一点で、逆に硬く結ばれた。


 恋愛感情はもうない。多分、お互いに。


 でも、わたしの後ろでギターを弾くのは誰かと考えると、わたしにはヒイラギしか思い当たらなかった。


「今日は愛花にも声をかけたよ、今さらだけど、ヒイラギは愛花と付き合ってるんだよね?」


「愛花って、真奈美さんの事だよな? 実はあれから、何度LINEしても、電話しても出てくれないんだ。これってフラれたって事かな?」


「あらそう、御愁傷様」


 わたしは素っ気なく言ったものの、内心は沈んでいた。きっと、お母さんとの関係が上手く行ってないんだ。だから、よけいなことはシャットアウトしている……ヒイラギも、わたしも……。


 わたしは愛花にライブに来るように連絡をした。けれども、返事は来なかった。既読スルーってやつだ。けれども、わたしは確信していた。愛花はきっとやって来る。必ず、わたしの歌を聞きに来る。


 渋谷のライブ会場は人だかりができて、異様な活気に包まれていた。会場が狭いのは、救いになるのか、逆に不利になるのか、他のパフォーマーにどんな人がいるのかも分からないので、まだ、なんとも言えなかった。


《開演はまもなくでございます。会場内は込み合っております、皆さま、どうかお怪我の無いように~》


 もうすぐ始まる。わたしの集大成をぶつける時が来た。もう、迷ってはいられない。腹をくくるしかない。


 わたしは両手で自分の頬を叩き、気合いを入れた。予選はインパクトを狙ってギトギトのロックにした。わたしはどういう訳か、ロッカーだと間違えられる事が多い。本当はアイドルなんだけれど……だったら、いっそのことロックにしてしまおうと安易に考えたのだけれども、以外としっくりはまって、わたしはロッカーなのかな? と自分でも思ったりもした。


 第一選考で二十組から三組に絞られる。まずは、この三組に入らなければならない。


 決勝では、第一選考と同じ曲でもいいし、別の曲をってもいい。わたしは二曲用意した。でも、会場の雰囲気によっては決勝でも同じ曲をるかも知れない。


 とにかく、始まってみなければ何もわからない。わたしの心の中は、誰にも届かなかったらどうしようという不安と、きっと楽しいに決まっているという期待がいったり来たりして、これまで知らなかった高揚感に息を弾ませた。


 そう、いつからだろう、こんな風にワクワクしなくなってしまったのは。


 大人になったから? それとも、不幸な生い立ちのせい? もう、どうでもいい。わたしは来たくてここに来たんだ。そして、この先にある景色が見たい。


 厚く垂れ込めた雲や煙は、自分の翼で吹き飛ばして、自分の力で羽ばたいて突き抜けるものなんだ。


 そして、きっとその先には美しい星空が広がっている。


 開演を待つ会場一杯のお客さんを舞台袖からそっと覗くと、全身に鳥肌が立った。今日のお客さんはわたしの歌を聞きに来たわけではない。他の演者のファン達ばかりかもしれない。それでもわたしはここで歌う。わたしの全てを出し切る、わたしの全てを見せつける。そして認めさせる。わたしがわたしであることを。

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