第23話 自分を信じる勇気

 雨が降ってきた。傘なんて持ってないから濡れるがままだ。ここで待っていても会える確証はないけれど、わたしは待つことにした。


 『わたし生存ルート』はきっとここにある。


 自分を信じる勇気と、自分を疑う勇気はどちらが大事なんだろう。わたしにはわからない。


 わからない時には、きっと頼るしかない。


 頼る相手を見極めるわたしのを信じるしかないのだと思う。


 でも、それって、自分を信じるってこと? 人を信じるってこと?


 多分、おんなじことなんだろう。


 自信はないけれど、わたしは何も持ち合わせていない。やれることをやるだけだ。


 流れる人混みを眺めながら、とりとめもなく考えていた。これだけ人がいるのに、わたしを助けてくれる人はいない。目もくれずに通りすぎて行く。


 でも、わたしは待った。


 そして、見つけた。


 きっと大丈夫……そう信じるしかない。


 ねぇ……気が付いた? 目があったよね? なぜ顔を背けるの?


 でも、近付いてくる。わたしの方へ歩いてくる。


 幸太が近付いてくる。


 背の高い彼は、周りの人より歩くスピードが早いようだ。百六十センチに足りないわたしには羨ましい限りだ。


 もうそこまで来た、声を掛ければ届く距離だ。どうしようか、声を掛けようか、でも、もう気がついているはず……でも……。


 幸太は直前まで来て、やっとわたしの顔をもう一度見た。手に持った鞄を肩にまわして上を向くと……すっとわたしの横を通り過ぎた。


「あっ……」


 慌てて振り向くと、幸太は、ちょっと歩いて振り返り……


「早く来いよ」


 と、そっけなく言うだけで、また、歩き始めた。わたしは小走りで追い付いて横に並んだ。


「意外と早かったな」


「えっ?」


「俺に会いに来るのが」


 そう言うと、鷹のように鋭い目が少しゆるんだ気がした。


 わたし達は近くのカラオケボックスに入った。込み入った話になるのはわかっていたので、いいチョイスだと思った。でも、何から聞けばいいのだろうか……わたしは、まだ、頭の整理がついていない。


 受付を済ませて個室に入ると、何だか少し緊張してきた。何から話していいのかわからないのと、よく考えれば、幸太とはほとんど初対面に近いのだ。


「あ、あのね……わたしあんまり昔の事は覚えてないの……だから、ごめんね、幸太の事も忘れてて……」


「ああ……」


 幸太は相槌をうってしばらく黙っていた。機嫌が悪いのだろうか……わたしが知っているのは幼稚園の頃の幸太だけだ。あの頃は、バカで鼻水垂らしていた汚い男の子だったけど、並んで見上げる幸太の横顔には、当時の面影は見当たらない。


「よかった、忘れてたんだな……もし、気が付かないふりをしていたら、きっと、話せなかった」


「忘れてて良かったって?」


 わたしは、何だかおかしかった。忘れている事に罪悪感を感じていたのに、急に楽になった。


「俺達みたいなのは、過去を受け入れて全力で前向きに、なんて無理な事はしないもんさ。目をつぶるか、忘れてしまわないと生きにくいからな……だから……」


 話の途中で黙ってしまった。きっと、幸太はとっても考える人なんだ。わたしみたいな人と話すときでさえ、言葉を慎重に選んで、考え抜いてから言葉にする人なのではないだろうか。


(だから、機嫌が悪そうに見えるんだ……)


「なあ、俺に会いに来たって事は思い出そうとしてるんだろ? 過去を……それでいいのか? 忘れるには忘れるだけの理由があるんじゃないのか?」


 そうかもしれない……そう言われると尻込みしてしまう。でも、もう手詰まりだ。わたしの、わたしに対する違和感を、今どうにかしないと、わたしがわたしでいられない。ここを突破しないと、どっちへ行っても行き止まり……そんな気がする。


 だから、幸太に会いに来た。


 お母さんから電話があって、すごく嬉しかった。すぐに会いに行きたかった。でも、って聞かれたときの、何とも消化しきれないようなむかむかが、胸に込み上げてきて、走り出しそうなわたしの気持ちにストップをかけた。


 嬉しいのに……嬉しい筈なのに両手を上げて万歳って感じでは喜べなかった。


 先ずは幸太の話を聞きたい……お母さんよりも先に……。


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