第14話*とうもろこし*~合宿三日日②~

 かぼちゃはドローンを返しに行った軽トラに任せたけど、鮮度命のとうもろこしは持って帰ってきたので夕飯前とはいえ早速ママさんに茹でてもらうことにする。

「いいわよ、茹でとくから。それより汗かいて気持ち悪いんじゃない? お風呂入ってきたら? 沸いてるわよ」

 お言葉に甘え、お風呂に入ることにした。

 真空のあとに私が入りあがると、すでにとうもろこしの第一陣も茹であがっている。

「由美子さん。真空と私の分、貰いますね」

「はい、どうぞ」

 皿から二つ取ると、夕日が照らす縁側で涼んでいる真空のもとへ持っていく。

 横に座りとうもろこしを渡そうとすると、振り向く真空のまだ湿っている髪が放つ光の反射にドッキっとする。Tシャツにジャージのズボンでなければマジ天使なのだが。

 見とれているとお風呂から、小袖と李華の笑い声が聞こえてくるものだから我に返る。

「あいつら、二人で入ってるのか」

「そうみたいね、紗綾。私たちも一緒に入ればよかったわね」

 どこまで本気で言っているのか気になる。

「こうやってあなたが来てくれて、一緒に食べているとあの時の事を思い出すわ」

 真空が言ってるあの時とは、一年の春の事だ。


――――――

 私も真空も、一年の最初から菜園部に入っていた。その時私が部を選んだ理由は、菜園王になるためではなかった。まあそれは冗談にしても、単純にどこかの部に入りたいが運動音痴だったので、ついていけない部では面白くないだろうと思いながらクラスメートとソフト部やテニス部を見て回っていた。そんな中、クラスメートとの話に夢中になりすぎて、何も植わっていないもんだから菜園があると気がつかず、そこに足を踏み入れてしまったのだ。

 すると菜園を踏み荒らしたと、どこからともなく現われた先輩が私に絡んでくるのだ。そして責任を取って菜園部に入れと。こんな具合に菜園部は詐欺まがいの方法じゃないと人が集まらないのは昔かららしいのだが、運動が苦手でも外は好きなのでこれでいいかなと思うようになっていた。

 一方、真空が部に入った理由は、……本当のことはたぶん、私も知らないのだ。

 菜園部に入ってから何日も経っていないある日の昼だ。

「あれー、財布が迷子なんだけど」

「紗綾、家に置いてきたんじゃないの。お金なら貸すよ?」

「いや、たぶん部室に置きっぱなしだ。美穂みほ、先に行っててよ」

 クラスメートとお弁当を食べる前に、自販機へ飲み物を買いに行こうとしたのだが財布がない。

(昨日、部室で荷物整理するときに財布も出したから置きっぱなしにしたのかな)

 マンションから歩きの私は財布を取り出すことがあまりないので、家に忘れてなければ他には考えられなかった。

 職員室に寄り、キーケースを確認するが部室の鍵は見当たらないのでそのまま部室に行くとやはりドアは開く。そしてそこで、一人お弁当を食べている彼女を見てしまうのだ。

「えっと、財布なかったかな?」

 あまりのばつの悪さに、何もなかったように話す。

「そこにある財布じゃない?」

 彼女が指差すその先に、私の財布はある。

 私はそれを抱えると何も言わずに部室を出てしまう。

 教室に戻ろうと歩きながら、

(なんで、『ありがとう』の一言が言えなかったんだろう)

と自問していたが、するまでもなく分かっていた。

 あんなところで一人食べているのにはわけがあるのだと思い込み、巻き込まれるときっと厄介なことになると感じてしまったから話しかけなかったんだと。

 でも、一人で食べていることがいいことだなんて思っていない。だから何も聞かなかった自分に、後ろめたさが湧いてきて消し去ることができないでいた。

 私は翌日の昼、美穂たちには『戻ってこないかもしれないから気にしないで食べてて』と断りをいれてから、彼女がいないでほしいと願いつつお弁当を持って部室へ行くことにする。だが彼女はいた。

「何でこんなところで食べてるの?」

 私は強く冷たく聞く。

「関わりたくないから」

 それでは何に関わりたくないのか分からない。

 私は意地になり、机を挟んで彼女の正面にパイプ椅子を出して座るとお弁当を広げて食べる。

「まっ、誰でも事情はあるからいいけどさ」

 それ以降、真空は変わらず部室でお弁当を食べている。もちろんそれを知っている私もそうだ。なので、お昼になると消える私に変な噂が立つんじゃないかと最初の頃は思ったけど、全く立たなかった。美穂たちの配慮だと思う。それとも、気がつかれないほど存在感がないのだろうか……。

 それはともかく、話しかければ淡白な答えに意味が分からないこともあったりするけど、冗談が通じない子でもない。すぐにわだかまりなどなくなった。でも、一人で食べている理由は聞かなかったし、それにつながる気がしたので部に入った理由も聞かなかった。

 だから今でも分からないままなのだ。

――――――


「あの時は、こんな感じだったっけ?」

 私は飛び出すように庭に下り、真空の正面に回り込むと顔を近づけてとうもころしをほうばる。

「そうね、紗綾はお昼ももう少しお淑やかに食べた方がいいかもね」

 厳しいご指導とは別に、真空の笑顔を見る。

 小袖と李華の話し声がお風呂から聞こえなくなったと思えばすぐにバタバタと足音が聞こえ、とうもろこしを持って縁側にやってくる。

「部長、庭に下りてトマトでも取ろうとしてるんですか?」

 まったく李華はしょうがない。

「小袖も李華も、そんなバタバタ歩くんじゃないの。女の子なんだからお淑やかにね!」

 二人への指導を見ていた真空は、顔を伏せるとお腹を抱えて笑いを堪えている。

 そんな景色の向こうで、陽は徐々に沈んでいくのであった。

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