早春の章

第32話*行き場のない同居人*

 真空先輩と仲直りをしたのも束の間、私たち四人は実力テストというもうひとつの試練に立ち向かい、これを乗り越えていた。そして、二月に入るところだ。

「李華、ちゃんと来てるじゃーん」

「何ですか、部長。この私が、水やり当番をサボるとでも」

 私はサボったりしない。

「続けてで悪いんだけど、明日プランターを菜園の横に戻そうと思うから来てよね」

 何も残っていないバジルのプランター以外、霜がつかないようにと冬休み前に部室に運び込んでおいたやつを戻すというわけだ。

 土から葉が顔を出しているポットマリーゴールドは、部室の軒下に移動してあった。それに加え、根を越冬させたミントとレモンバーム、それからこぼれ種を放置したジャーマンカモミール、これら全部を運んでしまうつもりらしい。

「分かりました、部長」

 部活に来るのはまだいいとしても、プランターは重いから運びたくない。


 翌日、小袖と一緒に部室へ向う。

「ねえ李華、急ごうよ」

「そんな、慌てなさんなって。四つしかないんだから、もう終わってるかもよ」

 私は言葉の通り、それを期待してゆっくり歩いていたのだが、部室前に行くと用務員さんから借りたであろう台車が置いてあるし、ポットマリーゴールドも置きっぱなしだ。

 部室に入る。

「こんちはー。部長、待っててくれたんですか?」

 真空先輩と話をしていた部長は、こちらに顔を向けるとため息をついた。

 だけどその仕草は、私の言葉に呆れているようには見えない。

「それがさー」

 部長が話し終わる前に、部室の異変に気づく。

「ちょ、部長。プランター増えてるじゃないですか!」

 部室には、菜園横に置きっぱなしにしていたバジルのプランターまであるのだ。

「うん。実は真空と先にプランターを戻す作業を始めたんだけど、菜園でプランターを降ろしてたら階段から上がってきた田部井たべい先生が『通路を塞ぐからそこには置くな』て、言うんだよね」

「今まで言われたことないんですよね?」

 小袖が聞くと、真空先輩が答える。

「そうね。他の先生も含めて言われたことはないわ。東の端の階段なんて使う人は限られているし、特に田部井先生は陸上部の顧問だからこちらにはあまりこないと思う。間が悪いとしかいいようがないけれど、言われたからにはそのままにはできないしね」

「それじゃあ、どうするんですか?」

「プランターで育てるの、やめるんですか?」

 小袖の質問に、私は軽い気持ちで言葉を続けた。

 しかし小袖は、両手を握り締め聞いている。部室にいつまでも置いておくわけにはいかないだろうし、軒先に置けるのもせいぜいひとつがいいところだから、栽培を続けられるか心配なのだろう。

「うーん、ジャーマンカモミールも芽が出てきたら困るしな。里見先生に相談するよ」

「紗綾、こんなときに悪いのだけど、私、来週学校を二日ほど家の事情で休むの」

「心配性だな真空は。相談ぐらい、一人で大丈夫だよ。て、ことなんで、小袖も李華も水やり当番だけやっといてくれればいいからさ」

 今日のところは、台車を用務員さんに返すと解散になるのであった。

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