第17話*本で学んだ李華はリアルを見た*

 八月に入ると残っているえだまめも収穫してしまい、空けたC列の畝に文化祭で使うもう一つの品を植えるための土作りが始まる。

「おはようございます、部長」

「お、李華。小袖がいなくてもちゃんと時間通りこれるじゃん」

 部室に入った途端これとは、まったく失礼な部長である。小袖が家の用事で来られないとしても、この李華様が遅刻などするわけがないのに。

「そうそう部長、小袖がこれない代わりに栗山先輩をヘルプに呼んでおきましたから」

「な、なんで勝手に呼ぶんだよ」

「別にいいじゃないですか」

「どうせ李華は、自分が楽する事しか考えてないんでしょ!」

 私のことを楽々大好き魔のように言ってくれるが、部長の気持ちは全て分かっている。だって、小袖が布教と持ってきたあの本で勉強してあるのだから。

「これは私が持って行くわ」

 クールな真空先輩は私たちのやり取りなど気にもせず、前日から浸しておいたリーフレタスの種が入っているトレーを運んでくれると言っている。

 そして、三人で菜園へ移動した。

「それじゃあ、栗山先輩を呼んできますね」

 私は野球場付近で待たせておいた栗山先輩を引き連れて菜園に戻ってくる。

「あれ? 真空先輩はどこですか」

 聞かれた部長も気がついていなかったのか、不思議そうにしている。

「うん? 部室に忘れ物でもしたのかな?」

 リーフレタスの種が乗ったトレーは物置の上に置いてあるんだけどな。丁度いいや。

「部長。私、真空先輩を探してきますね」

「探すって別に……」

 私は部長に捕まらないよう全力でダッシュするとその場を離脱した。そして部室前でターンをきめると、この前もお世話になったテニスコート際にある木にまた隠れた。

 よし! 今日も冴えるぜ、忍法“読唇術だ!”

部長『くっそ、李華のやつサボりやがって』

栗山『えっと、土作りやるから手伝ってて言われたんだけど』

 サボりだなんて部長のためを思ってやっているのに、“私って、なんて可哀そうなんだ”と思う。そんなことを知らない部長は、いつまでも栗山先輩に作業の説明ばかりしている。これではおもしろくない。

栗山『こんなもんでいいのかな?』

部長『ありがと』

栗山『それでそこの物置の上に置いてあるのを使うのかな?』

部長『違うよ。これはこの前土作りしておいたA列用だから。栗山はそろそろ野球の練習あるだろ? あとは一人でも出来るから行ってきなよ』

 部長! 何やってるんだよ。話進まないだろ。私が、やるしかねえ!!

部長『あっ、と』

 私は髪を赤くするとさつまいもの蔓を操って、タネを取ろうと物置へ向う部長の足を引っ掛けてダイブさせる。

栗山『危ない!!』

 ナイスキャッチだ栗山! 野球もそうあってくれ!!

栗山『大丈夫、焚口……さん』

部長『へっ……平気だよ。やだな大丈夫』

栗山『あとそれだけだろ。手伝うよ最後まで』

部長『でも……』

栗山『一人、じゃ心配だしな』

 なんだ部長、可愛いな。ああゆう顔もできるんじゃないか。

部長『うん……』

 バカ臭くって見てられないなと部室に戻ると、真空先輩が椅子に座って紙パックのジュースを飲んでいる。

「李華」

「なんですか?」

「はい」

 真空先輩は百円玉を机の上に出し、私の方へ押し出す。

「好きなの買ってきて飲みなさい」

 私はそれを受け取り自販機でジュースを買うと、部室に戻り真空先輩と向かい合って座る。そして話もせず、ただじっと待っているだけの日になるのであった。


 八月も半ばになり、私はサボった補習に呼ばれ蜃気楼を果てに見ながら学校まで来ていた。

 それをテキトウに終わせたところで、暑い中わざわざ来たのにこのまま帰るのもしゃくだなと考える。

 部室に寄ってやるか。

 そんな感じで向っていた最中のことだ。ビビッと、テニスコート際に仁王立ちしている木さんから呼ばれた気がしたので、方向転換して会いに行ってみる……あれは?

 ササッ!

 木さんにすばやく隠れる。

 何だよ、部長と栗山先輩いいムードじゃないか。小袖の言っていた通りだ。ほんとあいつ、教祖さまだな。

 それじゃあ今回もっと。忍法“読唇術ー……って、いやちょっと待て。

 真空先輩が菜園に近づいているぞ。これはまずい。

 ここはひとつ、と。私は忍具スマ~ホを取り出す。忍法“学校に電話して『里見先生いらしゃいますか? あら先生うちの子がお世話になっています。学校に行っているはずなんですが呼び出して代わってもらえませんか? 携帯も電源切っているみたいなんです!!』”だーー。

 ピンポンパンポン! 二年A組剣崎、至急職員室に来るように。ピンポンパンポン!

 全校生徒が分かるような呼び出し方で晒してしまったわけだが、私は違うけど夏休み中で部活動の生徒ぐらいしかいないんだから、やむを得ないことなんだと許してほしい。

 ほいじゃあ改めてっと、忍法“読唇術!!”

紗綾『この前一緒にまいたリーフレタス、芽が出てきてるから新聞取ってたの』

栗山『新聞?』

紗綾『うん、発芽するまで乾きや風対策で濡れ新聞をかぶせることもあるんだ』

 栗山先輩のやつ、手伝ってる手伝ってる。

紗綾『ありがとう手伝ってくれて。あとはラディッシュだな』

栗山『植えるの?』

紗綾『ええ? 種だからまくの。三十日ぐらいで出来ちゃうから、もうちょい経ったらね』

栗山『そっか。じゃあまたその時、来るよ』

紗綾『……うん』

 うむ。犠牲の割には進展がなかったけれど、もう放っておいても平気そうだな。なんとなく真空先輩に会いたくないし、今日は部室に寄らないで帰るかな。

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