三つ編みメガネの文系女子です

小暮悠斗

三つ編みメガネの文系女子の、ほのぼの生活

三つ編みメガネの文系女子は、見た⁉

一刷.吉田総理の片思い

 図書室――『私語厳禁』『飲食禁止』という張り紙が無意味に思えるほど喧騒とは無縁の空間で、紙本栞かみもとしおりは返却された本の整理をしていた。


 返却された本の中には甘い匂いを漂わせたものがあった。

 ジュースでも片手に読んでいたのだろうか、染みにはなっていないものの10数ページにわたって香るのはコーラの匂いだった。


 この程度の被害で済んだのはまだマシなうちである。

 落書きに破損。この前なんか見開きを横断したボールペンの線を消そうとしたのか何度も消しゴムをかけた挙句ページを破き、近くに置いていたであろう珈琲を倒し広大な世界地図を見開きに染め付け、止めに、珈琲を拭き取ろうとしたのだろうが、見事にページの表面を削り取ってしまっていた。


 第一、本に消しゴムをかけるのはやめていただきたい。

 消しゴムのカスが「のど」(本を開いた際の中央、ページが背表紙に接している部分)の奥深くまで入り込んでしまったら掻きだすのに苦労する。


 掻きだしている際に本を傷めてしまうとさらにストレス。

 読書好きというだけで小学生の委員会から数えて6年間図書委員に選ばれている。


 まあ、静かだし、本は実際に好きだから良いけど。


 高校に入った栞は同じ中学出身の同級生の推薦により問答無用で通算7期目の図書委員となった。


 図書委員の面々は二つの人種に分かれる。


 真面目な人間とチャラい人間だ。


 自分の事を真面目という訳ではないが、チャラい人たちはとことんチャラい。

 実際、今日は栞と3年生の先輩と2人で当番のはずなのだが、図書室には栞しかいない。


 当番をサボったことを咎めたとしても「どうせ誰も来ない」の一言で片づけられてしまうし、ごく稀に手伝ってくれたらそれはそれで本棚に無理に本を突っ込んで傷つけるし、そもそも戻す棚を間違えるものだから結局、作業自体は増えている始末だ。


 正直、来てくれない方が助かる。


 真面目な図書委員の数は全図書委員の1、2割程度だが、これら少数派の人間にも困ったところがある。真面目が故に仕事を次から次へと持ってきてしまう。見つけてしまうのである。


 そして大概暇だから見つけた仕事に取り掛かれてしまうのも問題の一つである。

 私は自分1人の時はカウンターから出ないようにしている。

 出てしまったが最後、私も仕事を見つけてしまう人間なのだ。


「栞ちゃんお疲れ~」


 間延びした語尾ですら、その容姿をもってすれば一大ムーブメントを巻き起こせるであろう同級生――青葉玲子あおばれいこは、天真爛漫てんしんらんまんな性格と端麗たんれいな顔立ちとが功を奏し入学当初から男子生徒の注目の的だった。


 ちなみに、栞を図書委員に推薦したのが彼女である。

 一見、チャラそうな玲子だが、根はとても真面目で、お父さんの仕事を継ごうと日々勉強に勤しんでいる。


 図書室を利用する数少ない常連である。


「玲子は今日もお勉強?」


「そうなの」


「偉いねー」


「バカにしてない?」


「してない、してない。ほんとに頑張ってると思う。ついでに学校の勉強もすればなおのこと良し」


 玲子は「無茶言わないでよ」と肩を竦める。


 学生の本分は勉学に勤しむことだと何度も諭したのだが、一向に聞き入れてもらえる気配がないのですでに諦めている。


 玲子と何度か言葉を交わすと、栞はカウンターの下から1冊の本を取り出し、手渡す。


「ありがとね」とウィンクするといつもの指定席(そもそも利用者がいないから選び放題なのだが)に腰を下ろす。


 栞は仕事に戻ると、足元に積まれた本を1冊手に取る。

 本を借りていたのは同じクラスの吉田くんだったな。袋菓子を常に携帯している食い意地の張った帰宅部の男子高校生は定期的に図書室にやってくる。

 目的はただ一つ。

 

 ――ほら来た。


「いらっしゃい」と声を掛ける。


「お、おう」


 男子生徒は私の方を一瞥したが視線はすぐに別の人物の方へと向かった。

 図書室には私と玲子しかいないのだけれど。

 入口で棒立ち状態の同級生に気付いた玲子が手を振る。


「吉田く~ん。今日も勉強?」


 あ~あ、気を待たせるような対応しちゃって。

 悪気がない事は分かっているが、吉田くんも好きな相手にこんなに親しげにされたら勘違いの1つや2つしちゃうよね。

 可哀想な吉田くん。

 だからといって何か手助けをしてやる義理もない。そもそも、そんなに暇ではない。


「ま、まぁな」と鼻の下を伸ばした吉田くんもここ最近の定位置へと向かう。

 玲子の座る窓際の席の斜め後ろの席からチラチラと玲子の横顔を盗み見るのが吉田くんの日課となっていた。


 毎日毎日よく飽きないものだ。


 暫く玲子の横顔を鑑賞した吉田くんが席を立つ。


 鞄の中をゴソゴソと弄る。


 1冊の本を取り出す。


 その本を持ってカウンターまでやってくると「返却」と一言告げる。


「はい。少しお待ちください」


 本に取り付けられたスピンは最後のページに挟まっており、ページの端にはめくった跡だろうか? 少しクセがついていた。


 貸出カードに記載された返却期日の5日前だというのにしっかりすべてのページに目を通しているようだ。


 もう以前のようにお菓子の食べかすを本に落としたりすることはないだろう。


 集中して本を読む人間は食べながら読むなんていう器用なことできるはずがないのだ(持論)。


「吉田くん、最近頑張ってるよね」


「別に」


「謙遜しなくてもいいのに」


「そんなんじゃねぇし」


 そんなんじゃねぇ、のは知ってるけど。


 動機は何であれ、本を読むことはいいことだよね。


 1人で勝手に納得していると、


「何ニヤニヤしてんだよ」と突っかかってきたので、「告らないの?」と乱暴に話を振ってみる。


「なっ……何言ってんだよ!?」


 バレていないとでも思っていたのだろうか?

 玲子以外のクラスメイトは皆知っている周知の事実だと思うのだが……。


「吉田くん声大きい」


 人差し指を口の前に置く。


「シィー。わかった?」


 子どもをあやすような口調になっている自分が少し可笑しく思えて笑ってしまった。


 すると窓際に座る玲子から注意が飛ぶ。


「2人ともお喋りの声が大きいよ!」


「ごめん玲子。気を付けるね」


「なら良し」


 玲子は喜怒哀楽の移り変わりが早い。

 四季で例えるならば春が来た一週間後には三度目の春が来ていると言うくらいにその変化は目まぐるしい。


 だからこそケンカした次の日にはケロッとしていてすぐに仲直りができるのだが。

 私と一緒に叱られた男子の落ち込み方が半端じゃない。


 この世の終わりだと言わんばかりの落ちこみ様は、当人には申し訳ないがコメディー演劇の一場面のようだ。

 アメリカンテイストなオーバーリアクションは見ていて楽しい。


 決して口には出さないけど。


「まぁ、そんなに落ち込まなくても……ね?」


 笑いを堪えながら慰める。


「ああ……って言うかお前のせいだよな」


「気付いちゃった?」

 

「気付いちゃった? じゃねぇよ」

 

「2人とも静かに~!」

 

「ごめん」


「わ、わりぃ」


 ふう、と大きく息を吐くと、


「今日はここ集中できないから本借りて家で読んでくるね」

 

玲子は呼んでいた本を閉じると脇に抱えて持ってくる。


「吉田くん、本借りたいからどいてもらっていい?」


 好きな女の子から「どけ」と言われたのも堪えたらしく空気を抜かれた風船並みに小さくしぼんで見えた。


「玲子、またの本?」


「そうだよ~」


「好きだよね」


「うんそうだね。お父さんの仕事だし」


「それ関係なくない?」


「そ~かな~?」


 私はカウンター下にある引き出しの中から貸出カードを取り出し素早く今日の日付と2週間後の返却期日を書き込む。


 本の見返し部分に取り付けられたバーコードをバーコードリーダーで読み取る。

 ピッ、という電子音と同時にカウンター横のパソコンに本の貸し出し記録が表示される。


 誰に貸し出すのかという項目は打ち込み入力でしなくてはならない。ほんとにめんどくさい。


 内内で分かれば問題ないのだから綽名でも打ち込みたいところなのだが、公式な記録として残るからフルネームで、なんていうお達しがある。


 生徒手帳にバーコードでもつければいいのに。


 本を借りに来る生徒が少ないからか問題の先延ばしが酷い。

 一向に改善する気配がないのだ。


 などということを考えているうちにすべての作業を終え、貸出カードを前付に枝折しおりのようにして挟み込むと、


「貸出期間は二週間になります」と機械的マニュアル対応が反射的に口から出る。


「は~い。わかってま~す」


 敬礼ポーズの玲子に吉田くんは目を奪われている。

 確かに可愛いけどさ……日常生活でそんなポーズしてる人間始めてみたかも。


「じゃあね~」と手をブンブン振る玲子を見送ったところで、


「じゃあ、俺も返るわ」と吉田くん。


「うん、また明日ね」


「そう言えばさ、この前オレが借りた本……名前わかんない」


「これでしょ?」

 

私は足元に積まれた本の一番上の本を手に取り見せる。


「そう、それ!」


「借りる?」


「ああ、頼むわ」

 

 ピッ――

 カタカタッ――

 

「貸出期間は2週間になります」

 

 甘い匂いを漂わせた本をその匂い作った原因(張本人)に渡す。

 

「ありがと。でもなんでこれだってわかったんだ?」


 吉田はクエスチョンマークを浮かべている。

 

「だって最近真面目に本読んでるけど、この本ろくに読んでないでしょ。汚してるのも前書き部分だし、後ろのページとか一切捲ってないことくらい返却された本見ればわかるから」

 

「さすが図書委員だな」


 感心してくれているらしい。

 実際は図書委員とか関係なく、私が神経質なだけだと思う。

 

「それにしても吉田くんがに関心があるとは知らなかったよ」

 

「からかうなよ。わかってるくせに」と頬を仄かに赤く染める。頬を指で掻きながら照れくさそうに言う。

 

「玲子が好きだから?」

 

「まあな、言うなよ」

 

「ハイハイ言いませんよ」

 

「じゃあな」


 なかなかの好青年ではないか、などと同級生の評価を見直したりしてみる。

 まあ、色恋沙汰よりも先にまず勉強しろよと思わなくもないが、青春なんてこんなものなのかもしれない。


 だがしかし、吉田くんの努力が報われる日はいつ来るのだろうか?

 私は小さくなる彼の背中からパソコンへと目を向ける。



 貸出図書『「のしくみ」がイチからわかる本 “知ってるつもり”から抜け出す!』貸出日○月×日/貸出者:吉田茂

 貸出図書『韓国陶磁器めぐり ふだん使いの、粉青、白磁を訪ねて』貸出日○月×日/貸出者:青葉玲子



 日本語って難しいよね。

 音は同じでも意味はまったく違うんだから。


 でも、案外向いてるのかもね、政治家。


 名前も名前だし。


 あだ名は総理で決まりかな。

 ちょっぴり気の毒だけど……


「いのち短し恋せよ男子ってね」(ゴンドラの唄参照)


 一人でクスッと笑うと誰もいない室内に私の笑いは溶けて消えてしまう

 今日はもう誰も来ないな。

 私はパソコンの電源を落とし図書室の明かりを消した。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。



【作中登場本】

新見寿美江/編・著 柳光烈/監修『韓国陶磁器めぐり ふだん使いの青磁、粉青、白磁を訪ねて』JTBパブリッシング、2001年。


坂東太郎/著『「政治のしくみ」がイチからわかる本 “知ってるつもり”から抜け出す!』日本実業出版社、2016年。

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