どこどこー? 見えないよ

 自警団の本部で会ったリプラに、早速採取に誘われた。緊張感と高揚に押し寄せられつつ、応じた。

「昼飯まだだから、それからな」

「はーい」

 見なれただぼだぼの服の下に、この前の肩が脳裏によぎる。あの素肌を知るのは、オレだけ。だと思う。

「来いよ。そこで説明、聞く」

 狙いのまま、リプラはついてきた。ここまでは想定のまま。

 食堂で飯と飲み物を買う。リプラもまだだったのか、軽い飯を買った。2人で適当な場所まで歩く。食堂以外でもたまに一緒に食うから、おかしい行動ではない。

 人通りの少ない場所を選んで、オレは飯を食い始める。リプラは採取について話し出した。自身も飯を食いながらなのもあって、完全なる注意力散漫だ。

 目的地を指すためにオレに背を向けた隙に、荷物からビンを出す。リプラの飲み物に1滴垂らして、見つかる前にすぐに撤収する。

 説明しながら飲み物に手を伸ばしたリプラに、思わず声が出かけた。心臓に針の山が突き刺さるような感覚が襲う。

 同時にわきあがる期待が、すべての行動を封じた。

 ビンの中にあるのは、俗に言う『ほれ薬』だ。と言っても、即効性や確実性はない。『においをかいでリラックスする』とか、アロマテラピーレベルのもの。

 これ以外に、関係を変えるきっかけが思いつかなかった。この量なら、この成分なら法にはふれない。素材成分の知覚試験で水にまぜるのと、大差はない。リプラに悪影響もない。

 オレを意識するきっかけにできるかもしれない。それだけ。

 それだけでも、オレからしたら他のなににも変えがたい、大きなきっかけだ。

 飲み物を飲んだリプラは、杯を置いて話を続ける。

 変化のない姿。

 さすがにあの量だと、すぐにはきっかけにならないか。

 そうだ。今はただの日常。

 日常からきっかけを得るのは困難だ。今までリプラと一緒にいて、なえるほど実感させられた。

 オレへの意識を変えられるだけのきっかけを与える。薬の効果を期待するのは、その瞬間だ。

 説明を終えたリプラは、オレに笑顔を向ける。変わらない笑顔。それをオレだけに見せる特別な表情にするために。

「楽しみだなー」

 周囲に音符が散っているのではと思うほど、機嫌よく笑うリプラ。

 オレと採取に行けるから喜んでいる。オレは採取ができるから。魔獣とも戦えるから。

 またたく笑顔に、それ以外の理由もつけられるように。

「リプラって、採取ばっかだな」

 さりげなく変えるきっかけを。今まででもできたけど、できなかったことを。

「大好きだもん」

「そんなんじゃあ、いつまでたっても恋人できないぞ」

 リプラに恋愛の話題を振ったことはない。『浮いた話なんてない』と思ったし、聞いた時点でオレがリプラの色恋に興味があるのがバレるから。

 今なら、むしろバレたほうがいい。薬も相まって、意識するきっかけに変えられる。

「そのまま年老いたら、枯れた素材みたいに見向きもされなくなっちゃうね」

 無関係かのようにへらへら笑うだけ。

 余裕すら感じる態度に、考えたこともない可能性がよぎる。

「恋人でもいるのか?」

 採取ばかりのゆるい女だ。選ぶ好事家、そういない。オレは差し置いて。

「いるよ」

 まさかの返しに、吐き出しかけた。全力で平静を装いつつ、リプラを見る。

 暴れ出すオレの心臓とは正反対の、いつもと変わらないへらへらした笑みを浮かべている。

「採取が恋人! むしろ伴侶!」

 ……そういう意味かよ。驚かせるな。

 安心しかけたのも、つかの間。薬が採取愛に発動したわけではないよな? 『人間以外に効く』なんて症例は知らないし、それはないはず。リプラの天然だろ。

「んなだと、本気で置いてかれるぞ」

 少しは、人間相手の恋愛も意識しろ。とにかく、意識してほしい。

「さみしいなぁ」

 これ以上の反応を、リプラが示すことはなかった。




 飯のあと、予定のまま2人で採取に行く。

 魔獣に遭遇してもすぐに助けられるように、リプラと離れはしない。顔を向けたら、いつもリプラの笑顔がある。

 利用されるだけの採取も、オレだからこそうれしい採取にいつかなれるのか。

 期待と不安が、浮かんでは消えていく。

 リプラが採取した素材の自慢を聞いて、時折素材の名前当て、効能当てクイズを出して、いつか採りたい素材の夢物語を聞いて。

 現実味のない内容に、耳が意識を閉ざしかけた瞬間だった。

 察知した気配に、鋭く抜いた剣を構える。

「ほえ?」

 察知能力も鈍重なリプラは、こっちの集中をそぐ声を出した。

「どこどこー? 見えないよ」

 確実に気配はあったのに、リプラの言葉のまま姿はない。気配すら感知できない。

 通りすぎただけ、だったのか?

 続けた警戒が、かすかな気配を察知する。

 瞬間、駆けた。

 リプラにラリアートを決めるような形で倒れこむ。頭上を、鋭いクチバシを持つ魔獣がかすめた。

「ふえぇ」

 木に刺さりそうな勢いと鋭さはリプラにもわかったのか、泣き声のような声が届いた。今は構っている余裕はない。

 魔獣に視点をあわせて、体勢を立て直す。木の枝にとまった魔獣は、こっちを鋭利ににらんでいる。ギラリと輝くクチバシは、刃物のようだ。察知が遅れたら、リプラは確実にケガを負ったな。

 素早く動く相手。しかも空を飛べる。素早い動きからリプラを守り続けながら戦うのは大変だ。近距離攻撃特化のオレだと、旗色が悪い。

 ポーチから煙幕を出して、魔獣に投げつける。気配を察知した魔獣は、木から飛び立った。来た。

 手早く別の煙幕を出して、魔獣の移動先を読んで投げる。見事に読みは当たって、魔獣は煙幕の餌食になる。

 地に倒れてガクガクと震える体から、グゥグゥと恨めしい鳴き声がしぼられる。マヒ効果がある煙幕。本当に効果てきめんだ。

 どんな魔獣相手でも有利に戦えるように、補助アイテムの準備も忘れない。出現魔獣を調べた際に、この魔獣は『状態異常耐性が低い』と知った。あっさり効くのは珍しい。ここまでとは思っていなかった。

 あの素早さだと、当てること事態が困難なのか。素早さの代償に、マヒとかの異常の耐性は貧弱なんだな。オレのコントロール能力と先読み能力のたまものだ。


「びっくりしたよー」

 魔獣を倒したオレに、リプラがよたよたと近づいてきた。長い袖におおわれた服だ。突き飛ばしたくらいでは、すりむきもしない。

 『魔獣との戦闘中は、ターゲットにされないようにじっとしていろ』の言いつけを守っていたのか、髪や服にはまだ土がついたままだ。駆け寄りながら手で払って、目も前に来る頃には気にならない程度までに落ちた。

「またまた、ありがと」

 変わらないリプラの態度。変わらないリプラの言葉。

 変わらない。変わらなかった。

 リプラの目の前で、魔獣を倒したのに。男らしい頼れる面を見せたのに。

 魔獣の攻撃から助けたのに。その際にふれあいはしたのに。

 リプラは、変わらなかった。

 きっかけになるには、満足なだけの要素が詰まっていただろ。






 翌日もこっそり、リプラにほれ薬を飲ませた。前回の反省を踏まえて、2倍。と言っても、2滴だけど。

 そのあと2人でした採取。さりげなく仲間が結婚する話題を選んだり、リプラの髪についた土をじんわりとったり、高い場所にある素材を採らせるために肩車をしてやったり。

 そこそこやった。

 リプラの態度に変化は見られなかった。

 翌日もその翌日も、ひそかに薬を飲ませて励む日々。

 どれだけやっても、リプラは変わらなかった。不変のまま、のらりくらりと終わっていく日々。

 そして本日。ついに5日目になった。

 総合的に見たらリプラはそこそこの量、摂取していることになる。連日摂取させるのは、さすがに自重しないとやばい。悪影響はないとはいえ、体が薬になれるのはよくない。

 薬に頼るのは、これで最後にしよう。

 この薬でも、リプラの態度が変わらなかったら。

 それはもう、最終通達だ。

 オレは、リプラの特別にはなれない。リプラにとってオレは、ただの利用できるだけの存在。

 認めるしかない未来になるんじゃないか。

 最後に決めた今こそは、今までのいつよりも本気で挑まないといけない。

 いっそもう、あからさまなまでにハッキリした態度で望めばいいのか。うまくいかなかった場合なんかに臆さないで。

 リプラは本来、オレが教えなくてもいいレベルまでの知識を身につけている。オレといづらくなっても、リプラに影響はない。

 ……そんな未来を考えてどうする。オレが望むのは、そんなじゃないだろ。

 なによりも望まない未来を迎えないためにも、最大の正念場だ。

 ビンを握りしめて、決意を新たにした。

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