オレらの関係をつなぐのは『素材』だけなのか 小悪魔に利用されるだけのオレと、効かないほれ薬

我闘亜々亜

ここだけループしてるんだよな

 豊富な木々に囲まれた新緑の中、こもれびをあびる地面に生えた素材を指し示す。

「これは?」

 周囲の草と比べると、少し明るい草。稲穂のような小さな粒が実って、ゆるくたわんでいる。

 腰を落として一目しただけで、リプラは幼さの残る顔を水面のように輝かせた。

「蛇珠草だー」

 間延びした声を漏らして、草の根元をつまんで採取した。限界まで切られた爪をつけた指先には、既に採集でついたよごれがある。いそいそとカバンにしまう仕草は、小動物のように愛らしい。うきうきと横に揺れる頭からは、鼻歌すら聞こえてきそうだ。

「効果は?」

 リプラが振り向く前に姿を焼きつけながら、いつもみたいにぶっきらぼうに問題を飛ばす。

「解毒に使われるのが一般的。『この素材を使ったら、蛇の毒が抜けた』って由来だったよね?」

 一切の過ちがない返しを食らった。名前の由来まで覚えたのか。

「ここの素材は大体、覚えちゃったよ。新しい場所、行きたいな」

 くるりと向けられた顔には、へにゃりと愛らしくゆるんだ笑顔があった。狙ったかのように、魅力的な角度でとまった顔。思いっきり、顔をそらす。直視なんか、できやしない。

「ナマイキ、言いやがって」

 森とか洞窟とか、素材の採れる場所にリプラと2人で赴く。その場所に自生した素材をリプラに教えて、ゆるい脳にたたきこむ。ここ最近の生活の基盤だ。

 この森にも通いなれて、リプラの知識は定着しきった。わかっていたけど。もう覚えたのかよ。スパン、早まるばかりだな。

「もっと多くの素材、覚えたいもん」

 採取した素材を詰めたカバンを見て、表情をほころばせるリプラ。

「帰って、開発訓練な」

 いとしごを愛でるようにカバンをなでる様子を前にすると、オレも甘やかしたくなっちまうから困る。ただ、態度には出さない。理性だけで形成した日常を貫く。

「うまく開発できたら、新しい場所にしてくれる?」

 ひょこりと立って、目の前に駆け寄られた。くりっとした上目づかいを食らう。うるおいを放つ小さなリップが作るほほ笑みは、オレの核を刺激する。

 突然の攻撃にも、一見たじろきはしない。臓器は大暴れだけど。こんな動作が多い女だから、否応なく外面ノーリアクションを決められるまでになった。

「後ろ向きに検討してやってもいい」

 くそが、かわいい顔で責められたら、大検討するしかないだろ。だけど対面上は『仕方なく、嫌々』を装う。

「やったぁ」

 小さく跳ねて、だぼついた上着をばふばふ鳴らす無邪気な喜び。オレの体は、無情にもまた反応を示した。




 素材の効能クイズとかを出しつつ戻った場所で、リプラは早速採った素材で開発作業を始めた。

 オレたちが所属する自警団にある、開発部屋。素材を使って薬を作ったり、素材の成分を抽出したり。様々な開発作業に使われる。複数ある開発部屋の中でも、ここは最低限の道具しか置いていない。

 それもそのはず。リプラはまだ、自警団の正式団員ではないから。

 自警団の正式団員に認められるには、自警団が提示した試験をパスする必要がある。合格するまでは『研究生』という肩書だ。リプラがまさしくそれ。

 オレはそんなリプラの『教育係』に任命されている。

 採取、開発、戦闘能力……あらゆる分野に優れて、自警団でも活躍したオレ。不幸な事故でケガをして、しばらく戦闘系の仕事ができなくなっちまった。採取できる場所は、魔獣が出ることが多い。戦えないと、採取もままならない。採取できないと、開発もできない。

 完全に詰んだオレに任されたのが、採取や開発に必須な素材の知識を研究生に教えることだった。ヒマをするのも嫌だったし、受諾した。

 複数いた研究生は、オレの指導で知識をつけて。次々と試験に合格して、オレにお礼を伝えて自立していった。

 気づいた瞬間には、オレが教えるのはリプラただ1人になっていた。

 リプラが研究生のままなのは、試験に落ちたわけではない。『まだ勉強不足だから』と、試験に挑戦すらしていない。

 その状態が、かれこれどれだけ続いたか。

 オレのケガが完治した今も、リプラの指導だけは続いている。

「まだやってんだ」

 開発部屋を通りかかった知人のあきれたまなざしが刺さった。

「ここだけループしてるんだよな」

 まぶたを閉じても開いても、広がる事実は変わらないまま。他の研究生と同じ教えをしたのに、どうしてリプラだけ残った。リプラは特別、頭が悪いわけではなかった。やる気もあって、実力もめきめきとつけて。他の研究生と変わらない実力のはずだ。

 事実、さっきだって蛇珠草の知識をひけらかしていた。覚えなくても問題ない、名前の由来まで記憶していた。

「タダで素材が採れるから、利用されてんだろ。魔獣におびえる必要もないし」

 リプラと一緒に、オレも採取はする。その素材もリプラに渡して、開発修練に当てさせる。採取になれたオレは、リプラがまだ見つけられないレアな素材もさくっと発見できる。

 素材のある場所には、人間を襲う魔獣も生息する。戦闘能力に乏しいリプラだと到底1人で行けない場所でも、戦えるオレとなら安全を感じられる。

 魔獣がいる場所でも安全に採取できて、レアな素材も手にできて、実質2人前の素材が使える。1人でちまちま素材を集めて開発修行をするより、よっぽど効率がいい。

 開発修行のために、オレは利用されている。よぎることは多々ある。

「オレの見立てだと、とっくに試験をパスできる実力はある」

 開発に集中するリプラは、オレらの声に気づきもしない。いつもそうだった。開発が終わった瞬間に、ようやく変化に気づく。『いつの間にこんな状況に』と驚くのは、何回か見た。開発中なら、服をめくっても気づかないんじゃないかとさえ思える。やりはしないけど。

 開発にいそしむ背中を見つめる。体の輪郭がわかりにくい、だぼっとした服の上からでも、やわらかな女性らしい曲線を感じられる。広がった腕の袖口は『開発に邪魔じゃないか』ともよぎる。袖が道具を倒したり、素材でよごしたりする光景は見たことはない。服と器用につきあえているらしい。

 小さな動きでも揺れる短い髪は、髪質のやわらかさを表現する。

「合格したら、晴れて指導卒業だろ? ハーウィングが『採取してやる必要もなくなる』ってわかって、やってるっしょ」

 まるでゴミを見るかのような目で、リプラの背中をかすめられた。お前ごときがリプラを悪く言うな。思わず、視線が鋭くなる。いかん、かばうような態度は慎め。

 気分を浄化したくて、視線をリプラに戻す。こいつにねめつけられていると思うと、その背中がけがされたように感じて不快だ。

 気のいいヤツではあるけど、陰口が多いのが欠点だ。もうなれたとはいえ、リプラを悪く言われるとアゴを殴りたくなる。

「『いい加減にしろ』って怒りゃいいじゃん。甘え続けるとどうなるか、教えてやれ」

「大検討する」

 即刻退場してほしくて、終わらせる返事を適当に放つ。満足したのか、気配が消えた。

 平穏の訪れた開発部屋で、ぼんやりとリプラを見つめる。リズムに揺れる頭部は、楽しむご機嫌っぷりがうかがえる。髪の1本1本も愛好に踊っているようだ。

 研究生たちを前に、最初は本とかを使っての指導をしていた。

 ケガが軽くなった頃、魔獣が出ない場所で実際に採取させたりして。

 進めるうちに、他はどんどん研究生を卒業していって。残ったのは、リプラだけになった。

 誰よりも素材に興味があって、誰よりも開発に興味があって、実力も問題はなかったリプラ。なぜか最後まで残った。

 当時は正直、リプラが残ったことは気にならなかった。ここまで長く残るとは思っていなかったのかもしれない。それ以上に『リプラが隣にいる』という事実に満足していた。

 あの頃から、自覚はかすめていた。それでも、指導者としての距離を保った。

 他の研究生がいなくなって、完全に2人きりの世界になって。

 思わせぶりなリプラの態度や、オレから離れるのを嫌うような試験拒否も重なって。自覚を殺す必要すら、オレの中から消え去った。

 採取帰りに、飯に誘いもした。応じられたけど『料理に使える素材の効能について話されるのか』と期待された。全額払おうとしたオレに、きっちり割り勘された。

 さりげなく距離を詰めたり、リプラについたゴミをとる際にふれたりもした。特に反応はなかった。

 思いきって『2人で外出しないか』と誘ったこともあった。採取の誘いだと思われて、否定したら変な空気になる予感を察知して、いつもと変わらない採取になった。

 反省を生かして『2人で飯に行かないか』と言おうとしたこともある。また『料理に使える素材の効能の指導』と思われるだけだとよぎって、行動には移さなかった。

 飯以外の場所に誘っても、素材とつなげて素材の話を求められるんだろう。察して、下心を隠した外出に誘うのはやめた。

 いっそ、堂々と『デートしよう』と誘おうかとよぎったこともある。言葉を変えただけで、素材脳のリプラに伝わるか疑問があった。伝わったとして、リプラの反応はどうなのか。思わせぶりな態度は、ただの元来の性格ではないのか。微妙な反応で流されたら、今後の指導生活がやりにくくなる。様々な感情が交錯して、決定的な誘いまではできないまま。

 オレなりに全力で行動したのに、いつものらりくらりとかわされて。現状維持は続いている。

 物理的にも精神的にも、オレたちの距離はいつからかずっと変わらないまま。

 オレとの会話も基本素材、次いで開発。そればかり。浮いた話題は一切なく。

「できたー」

 両手を天に掲げて、今回の成果をリプラなりに自分で称えた。人目をはばからずにこんなことをするなんて、本来なら『痛い』と思うべきだ。病にかかったオレは、いとおしく思えちまう。重力でさがった袖からのぞいた細い腕に、真っ先に目が行く。もう、重病だ。

 くるりと振り返ったリプラは、裏拍のような独特のリズムでオレに駆けた。花畑のような顔面が、喜びをあふれ出させる。

「どう?」

 リプラから成果を渡される。

 オレが言い渡したノルマは『蛇珠草の解毒成分の精巧な抽出』だ。どうしたら精巧に抽出できるかは、一切教えていない。いつもの学習でわかるし、今まで教えた応用でひらめくこともできる内容だ。

「新しい採取地、解禁? ねぇねぇ」

 星を散らして見られる。期待を噴出するように、ぴこぴこと細かく跳ねる。そのたびに揺れる髪から、リプラの香りが舞う。確認に集中できない。

 リプラの希望をかなえるためにも、成果を見ないで『合格』という道もある。自信をつけて、リプラが試験に合格したら。『リプラは本当は精巧な抽出ができない』という事実を知らないまま合格したら。いつかその事実を知って、オレが適当な判断を下したとバレる。絶対にありえない。

 オレがリプラに甘い評価をしたなんて、リプラ本人に知られるわけにはいかない。だからこそ、本気で診断を。

「邪魔。向こう行け」

 一瞥もしないで言う。あからさまにしゅんとしたリプラは、オレの視野から消えた。頭1つ分は小さくなったように見える。オレにそう言われただけで、落胆しすぎだろ。くそが、大切にするぞ。

 乱れかけた心をアッパーカットして、成果にじっくり目を通す。

 不純物はまじっていないか、にごっていないか、色は薄すぎないか、濃すぎないか、においは正常か、粘度に問題はないか……数々の試練を、一切の滞りなく突破した。

 また、合格だ。

 リプラはどんな試験を与えても、余裕で突破する。ミスがあったのは、オレが指導を始めて本当に最初の頃だけだった。すぐにめきめきと飛躍して、他の誰よりも優れた結果を残すことは日常だった。

 リプラはそれだけ、優秀な能力を持つ。オレが教える必要すらないほどに。

 もしかしたらオレと同レベル、あるいはオレでも手こずるレベルの課題でもさっくりクリアできるんじゃないか。

 よぎったこともある。高レベルの課題をあっさりクリアされたら、オレの居場所は。懸念が邪魔をして、試したことはない。

 とっくにリプラは、研究生を脱せるだけの能力はある。断言してやってもいい。今回出された成果で、また実感が強まった。

「合格……をくれてやらなくもない」

 素直に認めたくない思いがかすめて、またしても皮肉な言葉を放った。このオレめ。どうして『よくやった』と頭をなでる程度できない。ヘタレか。

「やったぁ」

 ぱたぱたと駆け寄る音が、オレの前でとまる。純潔な双眸が、オレに輝く。

「して、どうかな? 新しい採取!」

 喜々とした声、想望にそまった瞳、小さく跳ね続ける動作。コンボを前に、もうオレの理性は壊れた。むしろリプラに壊された。リプラが悪い。かわいずぎるんだよ、くそが。

「場所は、そっちが調べろよ」

 最初の頃は、オレが選んでいた。ある頃から『どこで採取するか選ぶのも、修練の一環』として任せた。本当にそうだったし、面倒だったのもある。

 うっかり遠い場所を選んで『今から帰るのは危険だから泊まろう』ルートになったら、本気でやばい。オレの精神を見るに、無意識下でお泊りを狙っちまう懸念が消せない。フタをなくした自覚は、理性の手綱を離れていつ暴れ出すかわからない。

 移動時間やオレの戦闘力を考慮して、リプラは的確な場所を選んでくる。毎回、安心して任せられる。本当に、リプラの能力には抜かりがない。

「いいの? やったぁ、大好きー」

 言葉に時折まじる、ふいうちの『好き』。いまだになれない。体中にどすりと刺さる感触がとろける。同時に、喉からこみあげる不快があるようで。

 理由はわかっている。『好き』の意味。リプラの思いのままに動くオレが好き。それ以上の特別はない。むしろ特別に感じていないからこそ、日常的に言えるんだ。

「あした? あさって? きょう?」

 素材について語るリプラは、いつも生き生きとしている。水をあびた花のように、しゃんと輝いている。すぐにでも手を伸ばして、手折りたい。

「いつでも」

 今週は予定はない。とか言ったら、毎日誘われたりするのか? リプラの予定が、オレで埋まる。それはそれで、いいかもしれん。

「すぐ調べる! 楽しみにあしたを待っててね」

 友達にするように、笑顔で手を振ってリプラは開発部屋から出た。手は振り返さない。キャラではないから。かわいすぎるリプラを焼きつけるだけで忙しい。

 『きょう?』と聞きながら、最初からきょう行く気はなかったのか。当然だ。もう暗い。今から行くなんて、魔獣の餌食になりにいくのと同じだ。オレが餌食にする可能性も、我ながら否定できない。理性、励め。




 本部の扉を開けて、リプラと2人で外に出た。空には星がまたたき始めて、身をくるむ空気はすっかり冷えている。夜の闇に飲まれた自然は、奇妙な静けさを演出する。少し遅くなりすぎたかもな。

「家まで送ってやろうか?」

 送り狼は狙っていないけど。常識的に考えての行動な。

「治安が悪い場所じゃないし、平気だよ。すぐ近くだもん」

 すべての指がへにゃりと曲がった状態で手を振られて、歩き出される。自警団の存在もあって、ここらは治安はいい。そう言うなら、平気か。強引に送るほうが変だ。オレのキャラでもない。

「ばいばーい。ありがとね」

 その言葉を最後に顔は戻されて、後頭部を向けられた。短い髪を揺らして、姿は遠くなっていく。後ろ髪をひかれる感じが一切のない別れ。

 当然だ。リプラにとってオレは、ただの指導者。ただの仕事仲間。採取に利用できる男。それでしかない。別れを惜しむ感情は皆無だから。

 去り行く後ろ姿に、形容しがたい感情がかすめては消えていく。

 追いかけて背中を抱きしめたら、どんな反応をされるのか。よぎることはあっても、オレの足は固定されたかのごとく動きはしない。そんなことしたらいつも隣にいた存在を、誰よりも遠い存在にしかねないから。

 闇に紛れていくリプラを見るのをやめて、オレも帰路に歩いた。リプラは別れ際のオレの視線に、気づいているのか。気づいていたとしたら、どんな感情を抱いてたのか。

 知りたいけど、知りたくなかった。

 かわされ続けた言動が、満足なまでに答えを物語っていたようだったから。

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