第4話

 翌朝、目的地に近くなったところで、トライツさんが振り返った。

「……来るのか?」

 瞬時に、昨日の『隠れてろ』の言葉が蘇った。

 どんなに優しい言葉をもらっても、私がトライツさんにかけてしまった迷惑は消えない。

 また甘えて、同じことをくり返してしまったら。

 昨日はトライツさんに大きな傷を負わせずに済んだ。けど次もそうなるとは限らない。

 それでも。

「……迷惑でないのなら、ご一緒させてください」

 私の意志は、変わらない。薬中毒を1人でも防ぎたい。

 もっと気を払って、もう迷惑をかけないように。襲われても、私1人でちゃんと対処できるように。

 全力で。

 トライツさんはなにも言葉を発さずに、顔を戻して足を進めた。

 ……否定されなかったから、いいのかな。

 そう解釈して、トライツさんのあとに続く。私の足音にも、トライツさんは反応しなかった。許された、のかな。

「あの……」

 トライツさんに守られてばかりだけど、私だってトライツさんのためになりたい。

「回復、しますから。お薬、使いすぎないでください」

 全身全霊で警戒して、襲われないように注意を払いながら、トライツさんを回復する。少しでもトライツさんの薬の乱用を防ぎたい。

「詠唱は隙が生まれる。経験も乏しいのに、無理するな」

 足をとめないまま発せられた言葉は、つっけんどんだけど冷たさを感じなかった。

 もしかして私を危険にあわせないために、薬での回復を選んでたの? 無力な私すら思いやって、ひたすら薬を使ってたの?

 そう思っても、受容なんてできなかった。

「これだけの量でも、人によっては中毒になるんです。軽視しないでください」

 思わず強い口調になってた。

 薬中毒への思いは、なにより強いから。体に与える影響も、狂わされる人生も。すべてを身近で知ってるからこそ、薬中毒になってほしくなんかなかった。

「私は……トライツさんを治療なんてしたくありません」

 私のせいで、トライツさんを中毒に苦しめたくなんてない。

 そんなトライツさんを見たくない。

 病床にふせるトライツさんを担当なんかしたくない。

 トライツさんの歩みが、ゆるやかにとまった。

「全神経を注いで警戒するので、回復魔法に頼ってください」

 トライツさんは背中を向けたまま。懇願が伝わったのかわからない。

 実戦経験のない私の魔法に頼る。そんなの無理があるのかもしれない。それでも私のせいで薬中毒に苦しむ人が、1人でも増えるのは嫌だった。あんな患者さんを、これ以上見たくない。

「……微々だけ、待つ」

 トライツさんの歩みが、おもむろに再開した。

「間にあわなかったら、薬を使われると思え」

 完全に認められはしなかった。けど、少しだけ折れてくれた?

 トライツさんだって、命がかかってるんだ。おいそれと納得はしてくれない。それでも私を信じて、チャンスを与えてくれた。

 全力で生かさないといけない。チャンスも、トライツさんも。

 今は完全に頼れもしない弱い私だけど、いつかトライツさんに安心して回復魔法を任せられる存在になれるように。

 ……いつか?

 違う。トライツさんとは、この依頼が終わったら一切の関係がなくなるんだ。

 人数あわせのためだけに、この依頼に呼ばれた私。

 本来なら、この依頼に参加する必要すらなかった私。

 私とは接点の薄いこの依頼に、偶然参加することになっただけ。

 私は本来、病床の人の世話をするのがメインの仕事で。それ以外はほとんど経験なくて。

 この依頼が終わったら……トライツさんとの接点がなくなってしまうんだ。

 次の目的地での仕事が最後。トライツさんといれる最後。

 痛む胸をおおうように、荷物を持つ手に力をこめた。

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