第6話 五月雨愛士の遭遇(2)

「キルキルヒャァァァァァ!!」


勝ち誇ったような敵の鳴き声がたまらなくウザい。地面からの衝撃は上手くスキルを使って反転させたので、実質ノーダメージだ。


狙って草むらの生い茂った池の辺に落ちたので、上からはこちらの様子は見えないはずだ。


(イトシ:格闘戦に持ちこんで《反転》使った格闘術で倒したいんだけど、どうすれば空から引きずり落とせる?至近距離に入っても多分すぐに逃げられると思うんだけど)


(エリ:スキルの有効範囲は熟練度で伸びると思われますが、現時点では自分から半径1メートル程度の有効範囲ですからね。私は一撃で決めることを推奨します)


(イトシ:助言ありがとう)


それを聞いて、スキルをいくつか発動させる。

それらの殆どを待機状態にしてから、相手が油断して近づくのを待つ。


確かに勝つのは簡単な相手だ。でも……一撃で決めるとなれば難易度は上がる。それでもこの経験はこれからの異世界生活の糧になるだろうし、是非とも成功させたい。


10メートル程前方にハーピィが降りる。ハーピィは腕が翼になっているだけで後は普通の人間とさして見た目は違わない感じだ。地面を歩く時も普通の人間のように二本足で立って歩く。


スタスタスタ……


足音が近づいてくる。有効範囲に入るタイミングを逃さないように集中する。


スタスタスタ……


距離を段々詰めてくる。あと3メートル…2メートル…。


(今だっ)


反転!


「ッウオットォ!?」


ハーピィの足元に仕込んでおいた複数の魔法陣が一斉に起動して、ハーピーの体勢を崩す。堪らず1歩を踏み出した所に――また魔法陣。


「グエッ」


無様にコケてしまったハーピィの頭は丁度、僕の右手すぐ横に打ち付けられる。


これでチェックメイト。


「《意識反転》!!」


「アグッ!?」


右手から出した巨大な魔法陣が一瞬で飛び出て直後に弾ける。

まともに喰らったハーピィはすっかり意識を削り取られて気絶してしまった。

(!?)

視界が左右に揺れる。これは貧血か何かか?持病は特に無いので突発性のものだろうか。頭がハンマーで打ち据えられたように痛い。


痛みが収まるのを待って、暫く経ってから地面から起き上がって立つ。

ダサくて泥臭い作戦だったが、意識を反転させる事ができる事を証明した。実験は大成功と言っていいだろう。

勝利の余韻に浸って思わず一言、


「これで一撃。目標達成だね」

(エリ:バーーーーーーーーーーーーーカ!!)


エリから突然横槍が入った。


(イトシ:何だよ、人が勝利に浸ってる時に)

(エリ:バカバカバカバカバーーーーーカ!!このっ何て危険な真似をしているのですかあなたは!!)


何か本物の天界人とやらが本気で怒っていらしてますね。


(エリ:あなたは自分のした事が分かってないのですね!?これは説教の時間ですね。心して聞きなさい)


説教モードが唐突に始まった。


(エリ:いいですか。あなたは先程の一撃で敵の意識を奪うことに成功しました。墜落したフリをして油断させ、スキル有効範囲内で転ばせて右手との距離をゼロにして、確実にスキルを発動させる。それは良かったです)


(イトシ:全部良かったじゃん)


(エリ:全っ然よくありません!!)


怒鳴るエリは本気で怒っているらしいが、本当に心当たりがない。


(エリ:まったくもう……こういう所が妙に間が抜けているんですかね……)


ため息をつくエリ。困ったような声で本当に心当たりがないんですね?と前置きしてから続ける。


(エリ:天界で読んだ本に書いてあったはずです。『スキルの効果、スキル発動の際にある対象との距離、スキル発動によって起きる反動の三つには密接な関係がある』と)


(イトシ:あー、確かにあったね)


(エリ:アレを要約すれば、ようするにスキルの効果は対象との距離が近ければ近いほどしっかり効いて、スキル発動により起きる反動は対象との距離が遠ければ遠いほど酷いということです。そしてスキルの効果が小さいものであればあるほど、反動は少ないし距離も遠くからで充分ってことです)


エリの言葉に納得する。というより、自分はその文を読んでいたからこそ自分で物理系の反転効果範囲は半径1メートル以内だと計算して、実際にその数値を参考に戦っていたのだ。


(エリ:あなたが測っていたのはあくまでも物理系の反転における限界です。意識の有無に働きかけるような精神系スキル発動の負担は、物理系の何十倍にもなるんですよ!?)


それも本に書いてはあったけど、あまり重要視していなかった。


(エリ:それがダメなんですよ。本の内容をしっかり覚えているなら、体を動かしてしっかり体得してください。一応は世界を救うかもしれない勇士なんですよあなたは。もっと自覚を持ちなさい自覚を)


そこでふと疑問に思って尋ねる。


(イトシ:もしも《意識反転》を半径1メートル圏内に入った直後に使っていたら、僕はどうなった?)


(エリ:死ぬか、地球でいう所の植物状態になるかって所です。運が良くても体の筋肉という筋肉の繊維がブチ切れていましたね。心筋含めて)


……我ながらとんでもないことをしてしまったものだ。


(エリ:いいですか?神源スキルは確かに神のスキルです。死んだ者を蘇らせること以外でスキルの効果に該当するものならほぼ何でも実現出来ます。それでも制限くらいはありますよ。今のはゼロ距離で発動したから反動が少なく済んだものを、あと10センチでも間隔を開けて発動していれば重症だったんですよ)


ようするに、僕はもっと自分の持つスキル《反転》のことを理解しないといけなさそうだ。


(エリ:その通りです)


僕の心を読んだエリが力強く肯定する。


(エリ:なまじ修行時間が短かったので、簡単な敵の撃退法しか教えていません。しかし私からあなたを天界に呼ぶ回数は限られていますし、私本人が降臨するのはもっての他です。信仰する対象を失くした信者達が絶望しますから。私が代理として前の神が作った世界の秩序を正しているこの世で、とつぜん神が本当に居なくなったら最悪ですからね)


(イトシ:ようするに今後の方針は……)


(エリ:実践練習しながら力を付けて行きましょうね)


(イトシ:……って事ですか)


僕は心からエリがいい加減な性格だと思ってしまった。


(エリ:まあ、今回は終わりよければすべてよしということでこれ以上の説教はしませんよ)


(イトシ:ああ…そうですか)


今回はやっと自分の弱点を見つけることが出来た。自分は曲がりなりにも自分のいた世界で天才だと言われていたのに、実は天然ボケのような間の抜けたところがあるらしい。


今後は気を付けよう。


白目を剥いたハーピィは煮付けにすれば美味しいかもと一瞬考えたが、すぐに考えを改めてハーピィの首根っこを掴んで引きずっていく。


反省する事はいくつかあるけれど、それは置いておこう。


せっかくハーピィを生け捕りにしたのに、情報が欲しい僕からすれば何も聞かずに解放するのは勿体無い。


さて


尋問タイムの始まりだ。

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