第4話 五月雨愛士の質問(3)

そして、限られた時間――あと三日――の間に、色々な訓練をして神源スキルを使えるようになっていった。


エリによれば、異世界人にとってスキルは生まれてからずっと当たり前に使える当たり前の動作の一つなので、神源スキル持ちでも当たり前に使いこなせているのだとか。一方で僕はスキルの使い方を今から習っているので練度が全く違う。要するに今の僕はスキルの使い方だけに限ってみれば赤子にさえ劣るのだ。


「まあ、この3日間で多少は慣れると思いますが……それでもせいぜい、いわゆる小学生程度ですよ。私としてももっと慣れて欲しいのですが、3日という制限時間には命がかかっているので」


「要するに、この3日以内に闇の眷属が襲ってくると?」


邪神の手下は通称“闇の眷属”と呼ばれているらしい、というのも最近聞いたのだ。


「違います」


エリさんは否定して――コチラをみて端正な顔で少しだけ焦ったような表情を作り――言った。


「その、あなたが天界の空気に耐えきれずに死にます」


「ええーーーー!?」


「今現在もそうですが……天界の空気は清浄過ぎて人間には合わない上に強いので、人間だと侵食してくるんですよ。あと3日以上居ればあなたは確実に天界の空気に殺されますね」


ちょっと初耳何ですけど!?何で僕死ぬの!?ていうかそんな重要なこと教えろよ!?


「何でや!?何で教えへんかったんや!?」


くそ……使いたくなかった似非関西弁を使ってしまった……読者の中の関西圏の人はすみません…でも、これしか僕の怒りを表す方法が無かったんだ……許して欲しい……。


「本当は最後まで説明しないつもりだったんですよ?チュートリアル的な今の訓練も案外早く終わるかなーとか思っていたんですよ。でも私もこの世界の本当の神様ではありませんし?さっき話したこともついさっき分かったことなので……」


「モウコイツアテニシナイ」


「ん?何か言いましたか?」


「何も言っていませんよ?(ニッコリ)」


まったく……これは生粋の天然と言うか、ドジっ子という程では無さそうだけど、もしもこれからも度々助けてくれるつもりなら助言とかも話半分で聞いておくくらいの方が良さそうだ。


「それで、僕はあと3日でスキル習得をしなければならない、と……。あ」


ここで妙案を思いつく僕。


「じゃあ一度外の空気を吸ってからまた引き返すというのはどうでしy」

「天界の空気は既にかなり蓄積しているので、全て出すのに1ヶ月ほどかかります」


だから食い気味に否定するとか心が折れそうになるのでやめて欲しい。


「じゃあ、頑張って3日ほど修行しますよ修行」


「納得して頂けたようで何よりです」


無表情なのに嬉しそうでそう告げたエリは、スキルの修行を続けると共に。


ドサドサドサドサッ!!


「……何、これ」


「これらは地上界の歴史書です。世界史から神話まで全部載ってますよ」


「……これを枕にして休憩するとか」


「残念ながらそんな邪道な使い方はしません。真っ当に使います」


要するに、僕は。


「さあ勉強の時間です。修行と同時に進めていきますよ」


異世界でも勉強はしなくてはならないようだった。


「勉強は好きなんですよね?」


「嫌いではありません」


ただ異世界に来て歴史を真面目に学べと言われて悲しい気分になっているだけですよ。


その感想は口に出さずに、僕はまず目の前の教科書を一冊手に取り、読み始めた。


僕が客観的に見ても天才で良かった。こう言うと何だかナルシストのような台詞回しだが、教科書を一通り読めばテストは全部90点代だったと言えば納得していただけるだろう。我ながら異常な頭脳である。


~・~・~


こうして僕は3日間の間、必死に訓練を積み重ねる一方で休憩を兼ねて歴史書の頁をのんびりめくり、必要な戦闘力と知識を蓄え続けた。


戦闘力の方は、だいぶスキル「反転」がどんなモノかを理解していくと段々要領が掴めてきた。それでもまだ出来ないことはあって、それは今後の経験を積むことでクリア出来ていくらしい。


「では、まずこちらから行きますよ」


最終日にエリと戦闘してみたが、意外と簡単にスキルを操ることが出来た。例えばこれは、エリが僕に回し蹴りを仕掛けてきた時。


「《反転》」


この言葉を口にするとスキル発動。頭に思い描いたとおりに紫色の光が複雑な軌跡を描き空中に魔法陣のようなモノを出現させる。その薄っぺらな壁に正面から挑みかかったエリの右脚は空気を裂いて魔法陣を無視したまま僕の脇腹に迫ったが――


ガシュギッ


魔法陣に足が触れた途端、エリの足がグシャグシャに砕けて急に跳ね返った。


エリは無表情のまま叫び声も上げずにその場から左足1本で後ずさり、白の魔法陣を発動。現代芸術のように悲惨な状態となった右足の付け根に光が灯り、その光が表面に沿って降りていくに連れて右足が原型を取り戻していく。


前者の僕のスキルが『攻撃反転』。これは名前の通り相手の攻撃を反転して逆にダメージを与えるスキル派生の技。自分でゼロから編み出したカウンター型の技だが効果は抜群。エリは全身が神の眷属として丈夫に作られているが、それでもカウンターで粉々に骨折した。自分で生み出した攻撃をそのまま返されるのだから、攻撃力の高い敵に対して一撃必殺の威力を発揮する。


そして校舎のエリのスキル(神の眷属が持つ能力はスキルと呼称しないようだが、エリが教えてくれなかったので便宜上スキルと呼ぶ)は、『完全回復』。神の特権の一つで、どんな負傷も完璧に治すスキルだ。

これの使用には様々な制限があるそうだが、その制限を突破出来ればほぼ無敵の能力だ。完全に命を絶たない限り、何度倒しても復活してくる神。悪夢である。


「流石は神源スキルの担い手に選ばれただけあって、スキルを扱うセンスが素晴らしいですね。合格です」


「本当は本気のエリと戦いたいんだけど、時間も無いしパスだね」


本気で戦えば負けるのはまず僕だろうが、エリの本当の実力も体験したかった自分がいた。


「よろしい。では次に試験でも受けて貰いましょう。制限時間は1時間です」


いつの間にかそこにあった勉強机の椅子に腰掛けるよう促すエリ。机にはテスト用紙と思われる紙が10枚程度積んであって、シャーペンと消しゴム何故か万年筆も完備してある。万年筆は無視してシャーペンを執り、僕は頭の中に押し込めた知識を紙に文字として押し込めていった。


そして(エリにとっては)残念ながら、今度は異世界の歴史を題にしたテストで僕は十分で百点を納めた。地球の天才を甘く見ないで欲しい。この世界の歴史や基本的な通貨などの知識はバッチリ脳内に収まっている。


「この量の勉強を、たった3日でこなすとは。さぞかし地球にはあなたを羨む人が多かったでしょうね」


10枚に登るテスト用紙をパラパラとめくり内容をチェックする、赤いスタイリッシュなメガネに白い女性用スーツを着たエリ。世界観の崩壊は今に始まった事ではないが、やっぱり残念すぎる。


「さて、これで何とか異世界入門編とでも言いましょうか。戦闘力もそれなりになり、知識も最低限身についていますので今からエレベーターで貴方を地上に送り出します」


エリがパチンと指を鳴らすと、勉強机も椅子もテスト用紙も全部消えてエリの服装がハイスクール・ティーチャーからエレベーター・ガールに丸ごとチェンジした。椅子が消えたので僕は無様に尻餅をついてしまい、突如湧いたツッコミ衝動に耐えるハメになった。ここでツッコミを入れたら負けだ。何となくだけど負けだ!!


「……あれ?エレベーターが地面から生えた事に関しては言及しないんですか?」


「心の中身を覗かないでください」


もう天界の文明化に関しては慣れた。


「……まあ、いいでしょう。とにかく貴方には今からエレベーターに乗ってもらいます。スキルの発動には慣れたと思いますが、念のため」


(エリ:私の声が聞こえますか?)


不意に心の中にセリフを割り込まれた。


「何ですか、これ」


「これは私が独自に開発した『ココロチャット』です。音声だと戦闘中に邪魔ですので、不意に心の中から他人に地の文を打ち込まれるような方式を取りました」


(イトシ:これって余計に戦闘に支障をきたす様な気がするのですが)


(エリ:おっ、流石ですね。慣れるのが早い。これはスキルを使うのと同じ感覚で使えるので、何か質問したい時などにスキルの使用のついでに使ってください。スキル使用には体力を使いますが、これは体力消費が無料です)


体力消費が無料って、変な言葉遣いで困る。


こうして僕はチュートリアル的な天界修行編を終えて、本格的な異世界生活を始めることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る