皇太子殿下との謁見《2》


 澄寧は、おそるおそる顔を上げた。それから目の前に立つ人物を見て――――――――驚愕した。噂の通り――――いや、噂以上にお美しい姿が、そこにはあった。


 白く透き通った陶器のような肌に、切れ長の目。一寸も違わずに整ったまつげが、色づいた頰に淡い影を落とす。一見すると女人かと見紛うほどの細身ではあるが、不思議と女々しさは感じない。まさに、絶世の美男子というにふさわしい、お姿であった。


 しばらく、ぼ――っと絶世の美男子様に見惚れていた澄寧の顔は、あることに気づき、さっと青ざめた。

 しまった…………。あろうことか自分は、雲上人と言われるお方を直視してしまったと。しかし再び深く叩頭し、口上を述べようとした澄寧を、皇太子殿下は「よい」と一言のたまい、やめさせた。


「ここはわたしの私的な空間だ。固い礼は不要。直答も、許す。澄寧。楽にせよ」


「か、感謝いたします。皇太子殿下」


 もう一度、ゆっくりと顔を上げた澄寧は、こう、何とか礼を述べた。


 私的な空間と皇太子殿下が仰せになられたように、この離宮から宮廷の華やかさというものをあまり感じられなかった。

 それによく見ると、皇太子殿下の服装も随分とくだけたものであった。髙国で最も崇拝されている蒼龍神そうりゅうしん――――その神の加護厚き者の証である蒼色あおいろの髪をゆるく束ね、皇族のみ纏うことが許されている蒼地あおじの上衣を肩に軽く羽織っている。

 …………完全に、公の場で出来る様な格好ではない。どうやら、本当にここは皇太子殿下の私的な場所で間違いなさそうだ。


(よ、よかったぁ…………)


 澄寧は思わず、安堵のため息を漏らした。

 一応、髙国五大貴族の分家の息子で最低限度の礼儀作法は仕込まれている――――とは言え、専ら神職の修行ばかりやっていた澄寧に、宮廷の堅苦しい礼儀作法をこなせる自信などはこれっぽっちもなかったのだ。

 澄寧は再び、安堵のため息をついた。


 一方、よかった、助かったな……、と勝手に安心していた澄寧をひとしきり眺めていた皇太子殿下は、ふと、澄寧の破れた衣の裾に目を留めた。一瞬、皇太子殿下の視線が鋭くなる。しかし、すぐに表情を穏やかなものに変えた皇太子殿下は、軽く咳ばらいをして、こう言った。


「では改めて。わたしが、髙国こうこく皇太子こうたいしそう玉安ぎょくあんだ。白澄寧、わたしに仕えることをここに認めよう。明日からは、心して励むように」


「はいっ‼」


 こうして、澄寧の宮仕えは正式に認められたのであった。

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