第6話 懲罰部隊ブラッディクロス

 ――もがけばもがくほど、手足を飲み込み、沈みゆく底なしの闇。一度は逃れられたはずのそこへ、駒門飛鳥は再び連れ戻されていた。


 患者服のまま、四肢を鎖に繋がれ幽閉されている彼女。その眼前に佇む3人の男が、生気を失った瞳を見つめている。希望を奪われ、絶望だけを残された女の貌を。


「もしかしたら逃げ切れるかも。……などと思ったかい。生憎だったな」

「あたし達も、命が懸かってるからねぇ。悪いけど、あなたを逃すわけには行かなかったのよ」

「……ま、結局はこんなもんさ。狗殿の言う通り、お前にはヴィランとして生きる道しかないんだよ。ここを逃げ出したところで、待ってるのは実験動物モルモット生活だ」


 口々に言葉を投げかける彼らに対し、飛鳥は抵抗する気力も気丈に振る舞う威勢もなく、ただ死んだ眼のまま俯いている。

 ――意識が完全になくなる瞬間、あの医師が病室に駆け込む音が聞こえた。きっと、自分が攫われる現場を見たに違いない。


 そして、人に見つかることを嫌っていた彼らが、目撃者を放置するとは思えない。

 なら、あの医師は、橋野架は……。


 そこから先を、飛鳥は想像できなかった。しようとしても、精神が拒んでしまう。

 もし、自分が思い描いてしまった通りだとしたら。ニュータントである自分に怯えもせず、その病を治すと言ってくれた彼が、自分のせいで殺されたことになる。

 そんなこと、断じて認められない。認めたくない。だが、真相を確かめる勇気もなかった。


 もし、この3人組に「あの医師なら殺した」などと言われれば……自分の心は、今度こそ完全に崩壊してしまうだろう。


(ごめんなさい……ごめん……なさい……!)


 やがて飛鳥は、生気が失せた貌のまま、その痩せた頬に雫を伝わせる。その姿を、3人組は暫し静かに見つめていた。


「……しかし、ヴィラン対策室に見つかるたぁ、最悪の事態になっちまったな。コソコソしてたら追い付かれる状況だったから、派手に飛ばしてここまで逃げてきたが……この洋館を嗅ぎつけられるのも、時間の問題だろうよ」

「今にヒーロー達がここに押し寄せて来るでしょうね。……早くここを脱しないと、私達も危ないわよ」

「……だが、その前に俺達も血を補充しないとな。『不死身』のお前がいてくれなきゃあ、俺達は逃げ切ることもできん」


 すると、3人組の1人――大柄な男が、人間のものとは思えぬほどに鋭利な牙を立て、飛鳥に躙り寄る。

 だが、以前までは必死に抵抗していた彼女は、身じろぎもせずじっとしている。何もかも諦めた、その表情に――男は、微かに同情を滲ませた。


「……怨んでくれていいぞ。俺達も、こうせねば生きられんのだ」


 その感情を、表情に残したまま。男はついに、飛鳥の首筋に牙を立てる。そして、白い肌から一滴の鮮血が滴る――その時だった。


「……待て。何か、聞こえないか」


 3人組のリーダーであるレザージャケットの男が、大柄の男を制止する。その声に反応し、ピタリと牙を止めた男は――耳を澄まし、ゆっくりと立ち上がった。


「……車の、エンジン音……!」


 彼の口から出てきたその言葉に、眼鏡をかけた細身の男は、鋭く目を細める。レザージャケットの男は、忌々しげに唇を噛み締めていた。


「……手遅れ、だったのね。狗殿、こうなったら応戦するしかないわ」

「クッ……! わかった、やむを得ねぇ。だが、死ぬなよ。何が何でも勝って、生き延びろ!」

「そのつもりよ。ねぇ城?」

「おう。……どれ、一番手は俺にやらせてもらうとするか」


 城と呼ばれた大柄な男は、飛鳥から離れると窓から洋館の外へと飛び出していく。その瞬間、彼の体は巨大な人面蝙蝠へと変身していた。


「さて……それじゃあ私も、準備に入ろうかしら」

風里ふうり……死ぬんじゃねぇぞ」

「あなたもね、狗殿」


 それに続いて、風里と呼ばれる細身の男が、ゆっくりとした足取りでこの部屋を後にしていく。

 そして狗殿と呼ばれたリーダー格の男も――壁に飾られていた甲冑を着込み、戦いに臨もうとしていた。


「……せいぜい、次にお前に会いに来る奴が、俺達じゃないことを祈りな」


 そんな捨て台詞を飛鳥に残して、狗殿はこの部屋を後にする。


「……なさい。ごめん、なさい……」


 そして、最後に残された彼女は――誰にも届かないようなか細い声で、謝罪の言葉を呟き続けていた。


 ◇


 ――その頃。丘の上に聳え立つ洋館を目指して、1台の紅いオープンカーが山道を猛進していた。


 ヴィラン対策室によって再開発された「マシンエイドロン」。飛鳥を攫った「吸血夜会」の住処を目指す、その車には――3人のヒーローが乗り込んでいた。


「……『血濡れの十字架ブラッディクロス』?」

「えぇ。『吸血夜会』の組織内において、仲間殺し等の大罪を犯した構成員で成り立っている『懲罰部隊』です。なんでも隊員は全員、決死隊に等しい無謀な作戦に駆り出され、捨て駒のように扱われているとか」

「吸血鬼でありながら、十字架を背負わされた者達――か。あそこにいるニュータント共が、そうであると? よくそんな情報を、この短時間で仕入れたものだな」

「以前に橋野先生が捕らえたブルーハ・ニュータントから、対策室ウチの尋問官が迅速に聞き出したんだ。おかげで、連中のデータもほぼ網羅できた」


 運転席でハンドルを握る「キュアセイダー2号」。助手席で資料に目を通している「神装刑事ジャスティス」。後部座席から資料を覗き込む「キャプテン・コージ」。

 彼らは皆、「駒門飛鳥を救出しヴィラン達を打倒する」という共通の目的を胸に、懲罰部隊「血濡れの十字架」の拠点である洋館に向かっているのだ。


「『血濡れの十字架』はすでに壊滅状態であり、隊員のほとんどが死亡しています。現在、隊長の狗殿兵汰くてんへいたを含めて3人しか存命していないそうです。しかも、3人共エネルギーの消耗が激しい体質であるらしく、定期的に他者の血液を補充しないと死に至るとか。いくら血を吸われても死なないイモータル・ニュータントを求める理由も、恐らくはそこにあるかと」

「さしずめ、歩く生命維持装置といったところか。……味な真似を」

「……駒門さんはあの時、3人組がどうとか……って言ってた。やっぱり、あのレザージャケットの人を含めても、それだけしかいないんだな」


 キュアセイダー2号――もとい架は、飛鳥が残した言葉を思い返す。


 死にたくても死ねない身体で、抵抗も許されず、鋭利な牙で血を吸われ続ける激痛の煉獄。一度は逃れたその闇に、再び連れ去られた彼女の苦しみは、察するに余りある。


(……駒門さんッ……!)


 ――気づけば架は、ハンドルを握る手を怒りに震わせていた。「血濡れの十字架」に、ではない。彼らはただ、生きようともがいているに過ぎない。

 彼の怒りは、患者を守れなかった自分自身の落ち度に向けられている。


 その一方、後部座席では紫紺のマッスルスーツを纏う浩司が、小首を傾げていた。


「しかし、妙な話だ。なぜ『吸血夜会』はイモータル・ニュータントの身柄を懲罰部隊などに預けている? 不死身などという稀少な能力、本隊が掌握して然るべきではないか……?」

「それなんだが、『吸血夜会』の正規部隊はそもそも駒門飛鳥の情報を掴んでいないらしい。経緯は不明だが、『血濡れの十字架』だけが彼女の情報を得ていたようだ。……ごく一部の上層部しか、彼女のことは把握していないのかもな」

「……まぁいい。末端の懲罰部隊の情報など、知ろうが知るまいが瑣末なものだ。何が来ようと、我が神極光で吹き飛ばすのみ」

「情報をどう扱うかは貴様の勝手だが、駒門飛鳥にだけは当てないようにしろよ。『不死身』だろうと彼女は、あくまで橋野先生の『患者』であることを忘れるな」

「ええい、いちいち言わんでもわかって――!?」


 その瞬間。


 轟音と共に激しい揺れが車上を襲い、架達は咄嗟に姿勢を低くする。頭上の崖から、巨大な岩が無数に転がってきたのは、その直後だった。


「奇襲!? 道を岩で塞ぐつもりか!」

「橋野先生、飛ばしてください! この機を逃したら、永遠に駒門飛鳥を取り戻せなくなる!」

「小癪な……! 橋野架、落石に構うな! 貴様はいち早くあの洋館に向かうことだけを考えろッ!」


 架は一気にアクセルを踏み込み、降り注ぐ落石をかわしながら山道を突っ切る。避けきれないほどに大量に迫る岩は、浩司が後部座席から神極光で一掃していた。

 紫紺の掌から閃く一条の光が、岩の濁流を根刮ぎ消し飛ばしていく。雲をも裂くキャプテン・コージの必殺兵器が、早くも牙を剥いていた。


「――キャプテン・コージィイ! まずは目障りなてめぇからだァアッ!」

「ぬぁっ……!?」


 刹那。エイドロンが、落石の群れを潜り抜けた瞬間を狙い――背後から飛来してきた巨大な人面蝙蝠「ウプイリ・ニュータント」が、キャプテン・コージの両肩を掴み上げた。

 2m以上の体躯を持つ巨大な怪物が、浩司の体を捕らえたまま一気に上昇していく。


「間阿瀬さんッ!」

「蝙蝠型のウプイリ・ニュータント……! 『血濡れの十字架』のNo.3ナンバースリー城礼武じょうれいむの変身態か!」

「ぬぅっ……貴様ら、私に構うな! 洋館に向かうことだけを考えろと……言っただろう!」

「ハッハハハハ、余裕だなキャプテン・コージ! だが、このまま地面に叩きつけられても同じこと――がぁあッ!?」


 だが、その拘束は長くは続かなかった。ウプイリ・ニュータントの腕を力ずくで外した浩司は、逆に巨大蝙蝠の両手を掴んで、空中で首4の字固めを極める。


「空中なら貴様の領分、とでも思ったか馬鹿めが! 天とは神の領域、ならば神の代行者たる私こそが相応しい。このキャプテン・コージがな!」


 首を絞められ、ただでさえ枯渇している血がさらに弱まり、ウプイリ・ニュータントは徐々に高度を失っていく。その様子を見上げながら、架と了は洋館を目指して走り続けていた。


「間阿瀬さん……!」

「……行きましょう橋野先生。気にくわない男ではありますが、力だけは本物ですから」


 ――その先に、次の刺客が待っていることも知らずに。

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