最終話 希望の花

「か〜えでっ! 今日も橋野先生と逢い引き〜?」

「きゃっ!? も、もう! やめてよ凪沙!」

「いーじゃんいーじゃん! 青年外科医とのアバンチュール……定番よねぇ〜。これから夏に向けて準備しなきゃだし、イくとこまでイっちゃいなさいよ!」

「ア、アバっ……! そ、そんなことしませんっ!」


 昼下がりの陽射しが、廊下の窓から差し込んでくる。

 その輝きを浴びる2人の美人ナースが、じゃれ合いながら廊下を歩いていた。自分達に向けられる羨望と好色の視線には、気づかないまま。


 ……こうして、美人ナースの1人である藍若楓が笑顔を取り戻してから、1ヶ月になる。彼女をからかう藤野凪沙も、そんな親友の姿に満足げな笑みを浮かべていた。


 ――藍若勇介のニュートラル分離論。その研究内容はヴィラン対策室に接収され、今後は政府の管轄下に置かれることになった。

 それにより、彼の身の安全は政府によって守られることとなり。人類に仇なすニュータントとして狩られることもなく、無罪放免となっていた。


 ニュータント化していた藍若勇介は、橋野架の「手術」によりニュートラルを切除され、辛くも完治。「手術」の過程で負傷した架と共に、城北大学付属病院に搬送された。


 例え、言葉でどれほど死を望もうとも――残す家族を案じる勇介自身の未練が、本人すらも気づかない生への渇望に繋がっていたのだ。

 そして架の言葉を受け、その欲望を掘り起こされた彼は――白血砲の衝撃に耐え、生き延びたのである。


 ――そして、ニュートラル分離論の機密を保護すべく。キュアセイダー2号の活躍とアネモネ・ニュータントの存在は公式記録から抹消。

 藍若勇介を攫い、救助に駆け付けた橋野架を襲ったニュータントを、居合わせた「神装刑事ジャスティス」が征伐した――という内容で、公に報道されることとなった。


「にしても、やっぱカッコイイよね〜ジャスティス! 私、ますますファンになっちゃった!」

「もう……現金なんだから」

「いーじゃない誰に憧れたって。……楓だって、ライバルが減るのはいいことでしょー?」

「ラ、ライバルって……からかわないでったら! もう、凪沙っ!」


 ――その報道から、1ヶ月。

 ようやく藍若家に笑顔が戻り、楓は毎日のように凪沙に弄られるのだった。


 ◇


 ――その頃、病棟のある一室で。

 一足先に快復した架は職場に復帰し、未だに入院中である勇介の経過を診ていた。


「勇介先生、具合はどうですか?」

「悪くない。来週には、杖も要らなくなるだろう。……しかし、君の荒療治のおかげで随分と入院が長引いてしまったな。この分は、これからの働きで返してもらえるんだろうね?」

「えぇ。もちろん、そのつもりですよ」


 ベッドに横になったまま、皮肉を交えて呟く勇介に、架は穏やかな微笑を向ける。あれほど激しく闘った後だというのに、彼らの雰囲気はすっかり和やかなものとなっていた。


「……しかし、君の底無しの体力には恐れ入るよ。早くても全治3ヶ月といったところを、たったの3週間で治してしまうとはな」

「若さの特権ですよ。……それにしても、本当に良かったのですか? これまでの研究を全て、対策室に渡してしまうなんて」

「元々、いずれは政府の下で正しく運用して貰うつもりだったんだ。構わないさ。……君に貰ったこの命を繋ぐためにも、必要なことだしな」

「……すみません、先生。せっかくのキュアセイダーとエイドロンを、壊してしまって」

「気にすることはない。キュアセイダーの目的は、ニュートラルに侵された感染者を救うことにある。それを果たした上でなら、スーツも本望だろう」


 あの戦いで、キュアセイダー2号とエイドロンは大破し、使い物にならなくなった。架は事実上、デビュー早々にヒーローを引退した形となる。

 1号のスーツも、勇介がニュータント化した際に内部から壊れてしまった。もう、キュアセイダーは1機もない状態なのだ。


 ――だがそれは、現状の話でしかない。キュアセイダーとエイドロンのデータは、ヴィラン対策室が握っている。その気になればいつでも、それを基に2号のスーツを再開発することも可能なのだ。

 彼らが「キュアセイダー2号」の力が必要であると判断した、その時――橋野架は再び、あの紅い重鎧を纏うことになるだろう。


「……先生は、これからも続けるんですね。ニュートラルに対抗する研究を」

「……あぁ。勇一郎の無念を晴らすためにも、私の未来を紡いでくれた、君のためにも。私は、ここで立ち止まるわけにはいかん。また、一から出直しというわけだな」

「今度は、オレも混ぜてもらえますか?」

「残念ながら、それは無理だ。君には、それ以上の大命が待っている」

「対ニュートラルの研究以上の、大命……ですか?」

「そうだ」


 その現実に、胸を痛めつつ……彼はこれからも、ニュートラルに立ち向かうための研究を続けていくと言う。

 ――架には、それ以上に大切な役目がある、とも。


「あ、あの、橋野先生! 次の患者のカルテをお持ちしました!」


 するとそこへ、書類を手にした楓がやって来る。架を見るなり、彼女は頬を赤らめ上擦った声を上げていた。


「あぁ、ありがとう藍若さん。いつも済まないね」

「い、いえ。父を助けてくれた先生に対して、私に出来ることなんてほんとにこれくらいで……」

「オレは医師として、当然のことをしてるだけさ。……そしてそのためには、君に出来ること一つ一つが『必要』なんだ。もっと君は、自信を持っていいと思うよ」

「先生……」


 ――そんな楓の胸中にはまるで気づかず。架は真摯な眼差しで、彼女に激励の言葉を送る。ある意味、天然。

 だが、楓としては彼と視線が合うだけでも幸せであるらしく、思慕の情を寄せる医師の貌を、うっとりとした表情で見つめていた。


「そうだぞ、楓。お前も人の命を預かるナースなら、もっと堂々としていなさい。そんなことでは、彼の隣・・・は任せられん」

「と、となっ……!? も、もうお父さんまで何を言い出すの! 橋野先生の前でっ!」

「ん? オレの前だと何か不味いのか?」

「……やれやれ。君の鈍さは、私の研究でも治りそうにないな」

「先生まで何を……?」


 一方。恋にうつつを抜かす娘に、釘を刺す勇介は。色恋に疎い将来の息子・・・・・に、ため息をつくのだった。


(……そう。君には、楓のそばで。この子の幸せを、叶えて欲しい。それが私にとって、何よりも尊い「希望」の橋なのだ)


 ――そして彼は、その裏で密かに願う。世を去った息子に代わり、最愛の娘に「希望」が齎されることを。


 そんな彼の眼には――棚に飾られた、家族4人の写真が映されていた。


 ◇


 ――そんな彼らを、病院の外から見守る男女が2人。黒スーツの青年と黒いワンピースの少女は、平和なひと時を生きる彼らを、中庭から静かに見上げていた。


「マスター……本当に良かったのですか? あの人を、正規のヒーローにさせなくても」

「あぁ。ヒーロードクターには、決して相容れないものがある。……彼の手術服に、あの『赤色』は似合わない。彼は医師のままでいるのが、一番自然なんだ」


 遠くから、青年外科医の笑顔を見つけた彼は、穏やかに微笑むと――相棒の少女を引き連れ、踵を返す。


「……架けられた橋。その向こうに咲き誇る、『希望』の花……か」


 去り際に――足元に咲く、白き花々へと視線を落として。

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