3-3

「どこかと思ったら、ここ『オービット』かよ」

 不気味なほど清潔感のある白く長い通路を走りながらキョウジはつぶやく。

「正確に言うと日本支部だがな」

 どうでもいいゼルの訂正を聞き流しながら、キョウジが切り返した。

「そーいや、俺もお前も牢屋から抜け出したん……だよな? 何で誰も探しに来ねぇんだ?」

 不思議そうにキョウジが質問する。先程から建物全体をゆらす震動も気になっていた。

「ああ、それなのだが。先程の男の宣戦布告は聞いていただろう? あれはもちろん司令部が観測したものだし、私の予測も報告した。もう上はてんてこ舞いでな。ただの脱走者など気にかける余裕もないのだろう。……あとこのゆれだが。現在この建物は、暴走した機械達に襲われている最中なのだ」

「なっ」

「おそらく、早急に滅びをまき散らしたいあの男が、考えなしにセレネイト粒子を集めているのだろう。……街中の機械を暴走させてまで、粒子を奪うメリットがあるとすれば――」

「おいまさか」

「まぁ、私達の『ジーンドライブ』だろうな」

 ケロリと言い放つゼルに、キョウジは唖然あぜんとした。

「ショッピングモールで私達を取り込まなかったところをみるに、正確にはこの建物に封印、保管されている、私の本来の力だろう。今の私の能力など、それに比べれば微々たるものだからな」

「くそっ、どこまで……。この力は俺達をしばりつけるんだ」

 キョウジのうらごとから真意をさとり、ゼルは少年をなぐさめようとする。

「……心配ない。まだ死傷者は出ていないようだし、ここには鷹矢もいる」

 走る二人に沈黙が流れる。そうして、ようやく少年は目的地に着いた。

 建物屋上へと続く機材運搬用の大型エレベーター。地下深くへと到着したその箱の中へ急ぎ足で入ると、キョウジは最上段のボタンに触れた。

「待ってくれ。寄るところがある」

「ん?」

「先程も言っただろう。今の私の力では、能力が未知数のあの男に対抗できるか分からない。ここに保管されている、私本来の力を返してもらいに行く」

 ついと浮遊しながら、ゼルが短い手で司令本部のある階ボタンを押下おうかした。

「できるのか?」

「むしろ本部が混乱している今がチャンスだ。本部にハッキング――いや、クラッキングしてでもげてみせる」

 すると、思い出したようにゼルがキョウジの首元を見た。

「そうそう。君の首輪も外さなければな。なんせ元囚人だ」

 ゼルの言葉に、今さら自身の首につく違和感に気づくキョウジ。

「触るなよ。下手に外すと爆発するぞ」

「はぁ?」

 驚愕きょうがくで手を引っ込めると、ありえないとばかりにキョウジは目を見開いた。

「何度も言うが、あれだけの暴走を起こしたんだ。上層部に恐れられても仕方がない。はりつけになっていなかっただけ、まだマシと言えるだろうな」

 軽い調子で言うゼルに、キョウジは心底脱力した。

「すまないな。せめて今日午前の私なら、そんな首輪など簡単に消し飛ばせたのだが」

「で、全部終わるのにどれくらいかかる?」

「……一時間」

 ためらいがちに報告するゼル。申し訳なさそうなゼルを気づかい、すんでのところで舌打ちをおさえるキョウジ。

「それしかねぇか」

 と、突然エレベーターが急制動し、その扉がゆっくりと開いた。

 瞬時に警戒態勢をとるキョウジ。しかし、そこにいたのは彼のよく知る人物だった。

「鷹矢!」

 そこにいたのは、サングラスをかけた長身の男性だった。ほどよく体格のいいその身体に、肩にかかるわずかな長髪が妙に似合っていた。

「鷹矢、すまん。俺行かなきゃ。……その、いつもは言えないけど。俺、鷹矢に迷惑かけてばっかで本当に――」

 バツが悪そうではあるが、おどけた様子で鷹矢にいいわけするキョウジ。しかしその言葉は、重苦しい銃器の音でさえぎられた。

「動くな」

 長身に似合う、これまた長い銃身のスナイパーライフルをかまえ、鷹矢は冷たく言い放った。

「お、おい鷹矢! どういうつもりだ! 俺は――」

「動くなと言っている!」

 サングラスからのぞく鷹矢の目はまさに猛禽類もうきんるいのそれで、獲物えもの射抜いぬくその眼差まなざしは、今にも対象を狩ろうとするようであった。

「ゼ、ゼル」

 微動だにせず、口元だけで助けを求めるキョウジ。しかし隣で浮くゼルも、またその動きを止めていた。

 エレベーター内は静まり返り、周期的な機械の駆動音のみが空間を支配した。

 現在位置をあらわす点灯が司令本部階へと至り、大きく震動した後、その扉を再度開く。

「……ッ!」

 焦るキョウジのこめかみを脂汗が伝い、しわを寄せた眉間みけんは鷹矢に訴えを続けた。しかしそれもむなしく、開いた扉は無慈悲にその道を閉ざした。

「……手間をかけさせてくれる」

 鷹矢の目がギラリと光り、引き鉄にかけられた指に力がこもる。

「……鷹矢。俺は」

 決意を固めたキョウジが全身から力を抜き、鷹矢の目をまっすぐ見据みすえた。

「鷹矢。あのときから十年、色んなことがあったよな。初めは俺、すっごく性格悪くてさ。――自分が何者かも分からないし、誰も信じられなくて、周りに全部当り散らしてさ」

 キョウジが自嘲じちょう気味に笑う。鷹矢の眼光は鋭く、未だそれはゆるまない。

「でも鷹矢。鷹矢だけは違ったよな。どんなときも俺を見捨てず、こんな俺のことを気にかけて……守ってくれた。いつもは正直になれないけど、俺、感謝してるだぜ」

「……」

「鷹矢だけじゃない、それは明里にもだ。あいつはいつも優しくて、誰より弱いのに、誰より強くて。周りの人間を守ろうとする。俺はそんなあいつを、明里を守ってやりたい」

 エレベーターは静かに屋上へと向かう。だが今はそれも気にとめず、少年は想いを伝え続けた。

「俺は……鷹矢のことを裏切れない。大切な……家族だって信じてるから! 明里のことだって諦めたくない。だから――」

 強い意志をもって、キョウジは一歩を踏み出す。

「鷹矢が俺を撃つなら、俺はそれを受け入れる。……でも、ここで止まりも、死んでやるつもりもない! 頭に鉛弾なまりだまを受けてでも、俺は進んでやる!」

 キッと目を見開くキョウジ。それを確認し、鷹矢の瞳孔どうこうが急激に収縮した。

 瞬間、一発の銃声がこだまする。

「…………ッ!」

 つむった目をゆっくりと開き、自身の外傷を確認するキョウジ。だが、驚くことにその身体からは痛みを感じることはなかった。強いてあげるとすれば――。

「あっ」

 首元に手をかけ、先程までの違和感が消えたことを理解するキョウジ。同時に、地面に落ちた首輪の金属音が響くのを聞いた。

「ふーっ……」

 全身脱力したように構えをとく鷹矢。そのたたずまいからは、すでに狩猟者の雰囲気など微塵みじんも感じさせなかった。

「すまん。何か言っていたか?」

 鷹矢の落ち着いた声が少年にかけられる。そのひたいからは一筋の汗が伝っていた。

「まったく。手間をかけさせてくれる。をハメた上層部の奴らも……、キョウジ、お前もな」

 電子回路をはしる信号すら凌駕りょうがし、コンマ秒以下の速度で基部を破壊された首輪。ごっそりとえぐられ地にすそれを見下ろしながら、鷹矢はため息をついた。

「鷹矢!」

 状況を理解し、キョウジの顔がパッと明るくなる。

「起きるのが遅かったじゃないか」

 少年を見つめる鷹矢の瞳が、優しく微笑ほほえんだ。

「おま、鷹矢! 驚かせやがって!」

 安心したようにずかずかと歩を進め、自分より頭一つ高い男を指差すキョウジ。

「すまない。もう時間が無いと思ったものでな。少々手荒な真似をした」

「だからって、もう少し説明とかあったろ?」

「すまない。銃を握るのは久しぶりでな。少々緊張していた」

 鷹矢は自身の右手に目を落とす。

「! お前、失敗したらどうするつもりだったんだよ!」

「そうだな。今後はデスクワークをひかえよう」

 軽口をたたく鷹矢にあきれ、キョウジはうなだれた。

(俺の周り、こんな奴らばっかか)

「って! そうだ、首輪はいいとして、ゼルの封印を……」

 すでに屋上へ到達しようとするランプの点灯に気づき、キョウジは叫んだ。

「問題ない」

 ひときわ大きな音を立て、エレベーターが急制動する。

 すでにキョウジ達は外に出ており、辺りは夜のとばりに包まれていた。しかし天には星、地には都市の灯りがまたたき、そのはかなくも感じる美しさはキョウジ達を温かく照らした。

 ビル風にあおられ、思わず足に力を入れるキョウジ。しかしそれも意に介さず、鷹矢は右手を大きくいだ。

 虚空こくうからデジタルのウインドウが出現し、躊躇ちゅうちょなくそれに指を伸ばす鷹矢。途端、警告音ともとれる短い電子音が鳴る。

「!」

 キョウジとゼルを中心に鮮緑せんりょくがあふれ出し、またたく間に巨大な球体が形作られた。

「これは……!」

 ビル風とは違う、身体の内より沸き上がり、少年を包む力と風に、キョウジはただ驚嘆きょうたんする。同時に、ゼルから流れ込む膨大ぼうだいな量の情報がキョウジの脳を駆けめぐり、そのを少年は理解した。

「ゼル、キョウジ。オービット日本支部総司令、龍崎鷹矢りゅうざきたかやの権限で、お前達にかかった足枷あしかせを全て解放する」

「鷹矢……!」

「私からの誕生日プレゼントだ。こんなことしかしてやれない、保護者失格の私を許してくれ……。改めて、ハッピーバースデー、キョウジ」

 悲しそうに笑う鷹矢をまともに直視できず、背を向けてしまうキョウジ。

「いいのかよ、総司令様がこんなことして」

「そうだな。これが終わればクビか……よくて島流しだろうな。だが構わんさ。私にとって、お前を幸せにすることこそが何よりの望みだ。……それに、そうにも誓った」

「それって……」

 キョウジは振り向き、その意味を問おうとする。しかし、それを今聞くのは野暮やぼな気がした。

「ありがとよ。鷹矢」

 明里、そして鷹矢に託されたものを心にきざみ、少年はその目に強い意志の炎をともす。

「待て、キョウジ」

 屋上から飛び出そうとするキョウジを呼び止め、鷹矢はパチンと指を鳴らした。

 すると、空を駆け、キョウジの下にエアバイクが降り立った。

「こいつも持って行け。……壊すなよ」

「……ああ!」

 鷹矢からの餞別せんべつを受け取り、その機体に腰かけるキョウジ。

「キョウジ。何故私がお前にそう名づけたか、分かるか?」

 振り向くキョウジと目を合わすことに照れ、夜空へと視線を移す鷹矢。

「『矜持きょうじ』。プライド――ほこり。こんな星に突然落とされ、友や仲間、信じられる家族すらいないお前に……私は誰よりも強く、そして優しくあって欲しかった。身勝手かもしれない、残酷かもしれない。だが、もしお前に、唯一信じられるものができ、その心に守るべき信念が生まれたならば――その『誇り』を貫き通せ」

 鷹矢の瞳がまっすぐキョウジをとらえる。

「――そして、それを守るのが私達大人の役目だ」

 今度はキョウジが目をそらす番だった。

「へっ、慣れないこと言うじゃないか。それによく笑う。似合ってねーぜ」

 キョウジが握るエアバイクのハンドルに力が込められた。

「…………ありがとう、鷹矢。……行ってきます」

 爆音とともに少年は飛び出し、またたく間にその姿を小さくした。

「ふっ」

 を見送り、満足そうにたたずむ鷹矢。しかし、その笑みはすぐに消えた。

久方ひさかたぶりの家族の語らいを邪魔するとは、無礼なやからもいたものだ」

 流れるようにサングラスを外す鷹矢。その目には、空をおおいつくす大小様々な暴走機械ドローンが映っていた。

「ここを通すわけにはいかんな。大事な家族の、一世一代の使命なのだから」

 サングラスをポケットにしまい、鷹矢はその眼光で闇夜を一閃した。

「来い。お前達全て、私が相手をしてやる」

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