2-2

『デートの相手が私で申し訳ないな』

 ゼルにしか聞こえない通信で、鷹矢たかやの声が静かに響いた。

「……常々思っていたのだが、やはり鷹矢より私の方が冗談は上手いな」

『……』

 出鼻をくじかれた鷹矢は黙り、一呼吸の後小さく咳ばらいをした。

(傷ついただろうか)

 そんな些細ささいなことをぼんやり考えるゼル。

『休みの日に呼び出してすまないな。さっそくだが昨日のことだ』

 真面目な声色で仕切り直す鷹矢。ゼルもそれには言及せず、まともな姿勢で応えた。

「自律機械の暴走事故だな。原因が分かったのか?」

『いや。結論から言って現在も不明なままだ。外部からのハッキング跡が無いどころか、被害にあったマシン達のネットワーク機能もあの時間は切られていた。今のところ、マシン自体のバグとしか考えられない――』

(やはり……。いや、さすがに考えすぎか)

 鷹矢の報告を聞きながら、ゼルは静かに思考をめぐらす。

『――お前達には悪いが、引き続き待機を行ってもらうしかない。もちろん私達も全力でサポートするが』

「ふむ。了解した」

『……唯一、事件のカギになるとすれば……やはり『セレネイト粒子』だな。この数週間で東京一帯の濃度が急激に高まっている。それに比例してロボットの暴走事故は増える一方だ』

 話に一区切りつけた後、改まって報告を続ける鷹矢。それは、まるでゼルに探りを入れているようであった。

『セレネイト粒子だけじゃない。がこの星にもたらした技術、それはまだ完全に解析できているわけじゃない。……ゼル、お前達はいつ『ブラックボックス』の中身を私達に見せてくれる?』

 重い沈黙が流れ、両者は互いの出方をうかがった。

「買いかぶりだ。ただのパートナーロボットにそんな権限は無いし、たとえ『ブラックボックス』とやらがあったとして、私や『方舟はこぶね』の中身など、十年前とうに調べつくしただろう」

 あくまで関知していないという態度のゼル。しかし鷹矢は、彼の殊勝しゅしょうな物言いの中に何かが隠れているとうすうす感づいていた。

『……話を変えるか』

 一瞬遮断しゃだんされた通信は、わずかに環境音を変えて再接続される。それは鷹矢からの通信が秘匿ひとく回線に変更された証拠だった。

『ゼル。昨夜ニムバス社の建設機械を機能停止させた際だが――』

「ん? ランドイーターか? あれは中々骨のあるだったな」

『――司令部にハッキングしただろう』

 ゼルの軽々しい対応に鷹矢の想像は裏打ちされ、追求の言葉尻はため息まじりとなってしまった。

『ゼル。確かにお前達には苦労ばかりかけている。ジーンドライブを扱えるキョウジは危険視されているし、国連からは毎日のように拘束が提言されてくる。行動はいつも制限されているし、昨夜のように一介のパトロン企業から邪魔が入ることも茶飯事さはんじだ。……情けなく思うよ。戦場に駆り出すどころか、そこで満足に助けてもやれないことを、な』

 鷹矢の懺悔ざんげが始まり、ゼルはその終了を待った。

『だが私は、キョウジを助ける手をゆるめたことは無い。いつだってアイツの幸せを願っているし、私にできることなら何だってしよう。それが、不甲斐無い保護者の――私の、何よりの望みだ』

「……」

『だからゼル。私達――いや、私を信じてくれないか』

 鷹矢の思いなど、ゼルは当然知っていた。だが、常日頃パートナーを死と隣り合わせねばならない自分にイラだち、無意識に組織と鷹矢へ八つ当たりしていたのではないか。そう悟ったゼルは独り反省する。

「その名を世界にとどろかせる国連直轄ちょっかつの『オービット』も、日本支部となってはその威光もくすぶるか」

『……すまない』

「いや、鷹矢に言ったのではないよ。鷹矢がよくやってくれているのも知っている。それに、私も日々無力さは痛感しているからな――君と同じさ」

 唐突ななぐさめに面食らい、次の言葉が出ない鷹矢。そのすきを突いてゼルは続けた。

「これからは司令部の指示を待って行動するよう努める。そちらのシステムへの介入や監視、改ざんが可能な状態であったとしても、それは極力ひかえよう」

『そんなことまでしてたのか……』

 鷹矢の唖然あぜんとした様子も無視し、ゼルは最後を締めた。

「私は、キョウジの守護を最優先に行動しているからな」

 もはや観念しきった鷹矢は、苦笑しながらこう答えた。

『ああ、助かる』


                   *


「でね、あそこのお店の新作ケーキ、すっごく美味しいんだって! お昼食べた後にのぞいてみようよ」

 広場の休憩スペースで腰かけ、話に花を咲かせる明里。ふと、彼女がこちらに飛んでくるゼルを発見した。

「あ、ゼルだ! おかえり~」

 笑顔でゼルを迎える明里。その雰囲気から、悪くない周遊が行われたのだろうと推察するゼル。

「待たせたな」

はどうだったんだよ?」

 ソファに降り立ったゼルを横目で見、キョウジはしたり顔でたずねた。

「ああ。無愛想な敏腕びんわん指導者と、組織の今後の展望について議論してきた」

「な、難易度高ぇな……」

 ゼルの相手を想像したキョウジはたやすく気圧けおされた。

 気を取り直し、おもむろに左腕を持ち上げるキョウジ。腕に通した銀輪に光がともり、瞬時にコンパクトサイズのホロディスプレイが出現する。そこには現時刻が表示されていた。

「ちょうどいい時間だな。昼飯にでもするか」

 ゆっくりと立ち上がるキョウジ。周囲に手頃な店が無いか見回しながら、彼の右つま先が自然と地面を二度ノックした。

「あ! も~、キョウ兄ちゃんったら、そのクセまだ直ってないの? くつ痛んじゃうよ」

 明里のいましめにギクリと硬直こうちょくしたキョウジは、そのままバツが悪そうに首をすくめた。

「いや、これはな。絶対に失敗したくない、何より大事な行動を起こすときの気合い入れ? みたいなものでー」

「またそんな変なこと言って。キョウ兄ちゃんはホント子供なんだから」

 他愛のない会話がほがらかな空気を作り、三人はいたって平和に笑いあった。

 だが突然、その平穏へいおんを割り裂くように、ショッピングモール内に悲鳴がこだました。

「なんだ?」

 嫌な予感に、キョウジはすぐさま声のした方角を探す。

「あちらだな」

 いちはやく騒ぎの原因を見つけ出したゼルが遠方へと頭を向けた。

 大型ショッピングモールを貫く、長く広い大通り。一直線に続くその先でひときわ大きなシルエットが動き、にぶい機械の駆動音がした。

「チッ、またロボットの暴走か?」

「いや。……それよりもっと厄介かもしれん」

 キョウジら二人の殺伐とした雰囲気に感づき、明里が不安そうに声を上げる。

「キョウ兄……ちゃん?」

「明里。悪いがちょっと待っててくれ」

 言うが早いか、キョウジはゼルとともに飛び出していった。

「え? ちょっと待っ、キョウ兄ちゃん!」

「危ないからそこにいるんだぞ! 絶対動くなよ!」

 振り向いた肩越しに叫び、キョウジの姿は雑踏の中に消えていった。

 ぽつんと一人残された明里。彼女の胸中には言い知れぬ不安が去来し、その両手を固く結ばせた。


                   *


「妙だな。なんでこの人達は逃げようとしないんだ?」

 人混みをかき分け進むキョウジの頭に浮かぶ疑問。その問いへの答えはすぐに出た。

「我々は『トゥルーブルー』! 異星人からの技術侵略に異を唱える者である!」

 スピーカーからふてぶてしい男の声が聞こえてくる。

「どうやら、暴走しているのは人間の方らしい」

 キョウジはこれから起こるであろうことを予見し、苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「我々は不自然な文明進歩による世界の混乱を許さない! 目先の欲望におぼれ、異星の技術を取り込んだ結果、地球はどうなった? 人々は豊かになるどころか、未だ世界には争いが絶えないではないか!」

 異星の技術が使用された最新鋭のマシンに乗りながら行うその主張は、ひどく薄っぺらいものに思えた。

「軍で採用されている第四世代型戦闘用車両だな。どこから手に入れたのやら」

 あきれながら解説するゼル。しかしキョウジにとってそれは些細ささいなことだった。

「反体制派のデモか。くそっ、ツイてねぇな」

「十年前、政府はこの星に来た宇宙人を保護し、その超科学を独占した! そして一部のみを一般に開放し、凡人を都合の良いようにコントロールし、世界の裏で暗躍してきた!」

 大真面目に陰謀論いんぼうろんを叫ぶ男を、周囲は好奇の目で見つめた。観衆はすべからく薄ら笑いを浮かべ、その場を写真に収めたり、ネットでの実況を楽しみだした。一連の様子はあまりに異質で、キョウジは不快感で胸焼けしそうになる。

「今に宇宙人からの侵略が始まるぞ! 奴らは世界にあふれる技術を全て支配下に置くことができるのだ! 今からでも遅くはない、自分達の持つ呪われた技術は即刻捨てるのだ!」

 男は顔を真っ赤にし訴えかける。と、同時にサイレンの音が聞こえてきた。

「そこの君! この施設内でのデモや、戦闘用車両の個人所有は法律で禁止されている! 大人しくそこから降りなさい!」

 サイレンを鳴らしながら現場にやってきたのは、白と黒で色分けされた警察車両だった。赤いパトランプを光らせて威圧を行うが、男の乗るマシンより一世代前のその風貌ふうぼうは若干頼りなく見えてしまう。

「国家の犬め。我々の言論の自由をはばむつもりか!」

 男は戦闘用車両に乗り込むと、マシンの左腕を持ち上げた。その先端には四連のガトリングガンが備わっており、冷たくにぶい光を放っている。

 人々の顔色は一気に青ざめ、集団はパニックへと向かう。銃器が火を噴くのと、絶叫が起こるのはほぼ同時だった。

 轟音を上げて砲声が響き渡る。不意を突かれた警察官達に三十ミリ弾がたたき込まれた。防護シールドの展開が遅れたマシンには無数の穴が空き、数台がその場でくずれ落ちる。

「くそっ! ゼル!」

 後先を考えない男の行動に怒りを感じつつ、ゼルへ合図するキョウジ。

「了解。ジーンドライブ起動」

 人々が逃げ惑い、大通りにポツンと一人残されたキョウジ。仁王立ちする彼の周りは空気が震え、極細の矩形くけいが無数に顕現けんげんする。キョウジを中心に軌跡を残すエメラルドグリーンはリングに、そして球体を形成していく。

 キョウジの身体が前に傾き、地面との唯一の接点である右つま先に熱がこもる。次の瞬間、たくわえられた力が爆発し、少年を超速へといざなった。

 暴走者と警察の間に飛び交う砲弾。その只中ただなかに割り込んだキョウジが、全ての狂気をかき消した。

「なにぃ?」

 キョウジとゼル以外その場にいる者全てが驚愕きょうがくし、凶行の主は思わず叫びを上げた。

 それまでの騒乱そうらんが嘘のように、戦場に静寂がおとずれる。キョウジの鋭い眼光に射抜かれた男はたじろぐが、徐々にその顔を激昂げきこうで満たした。

「貴様ぁ! 何をした!」

 男は戦闘用車両の動きを止め、胸にかかったペンダントを強くにぎる。何処いずこからか不気味な駆動音が広がり、男は下卑げびた笑いを浮かべた。

「キョウジ! 気をつけろ!」

 半径数メートルの重力が増加したような錯覚を起こすキョウジ。今度は彼が驚愕する番だった。耳ざわりな音を感じ、背後を振り向くキョウジ。するとそこには信じられない光景が広がっていた。

「うわあああっ! マシンがっ、勝手にっ」

「こちら神田2、こちら神田2! 本庁応援を――」

 阿鼻叫喚あびきょうかんの警察官達。彼らの乗る車両は多様な暴走を起こしていた。ある車両は爆発を、ある車両は隣合う同僚どうりょうこぶしを突き出し、そしてまたある車両は――その機体を分解させていった。まるで水中で溶ける砂のように、その体積を減らしていく警察車両。

「キョウジ、前を見ろ! 奴は――『コピー』だ」

 ゼルに怒鳴られ、あわてて悪漢あっかんに向き直るキョウジ。男のこめかみには、不自然に血管が浮き出ていた。

「お前ぇ、『オリジナル』だな? あの男が言った通りだ。やはり政府は異星人をかくまっていたのだな」

 男の戦闘車両が両腕を上げ、再度ガトリングが動き出す。

「離れろキョウジ! あれに当たるな!」

 それだけで全てを把握し、砲身が火を噴く前に横滑りするキョウジ。自身の背後に人がいないことを確認し、一瞬足を止めた。

「死ね! エイリアンが!」

 キョウジめがけて無数の砲弾が発射される。だが、当然それを待ち構えていた少年は勢いよく飛翔ひしょうした。

 興奮して我を忘れ、反応が遅れる凶行者。まぬけに口を開き頭上を見上げると、すでに少年のガバメント拳銃は光をともしていた。

「うわあああっ!」

 降り注ぐ弾雨だんうを受け、情けない声を上げる男。しかしキョウジの放った銃弾は男に命中せず、あまさず彼の乗る戦闘車両へと着弾した。かん高い跳弾ちょうだん音が連続し、あえなくマシンの全機能は停止した。

「……ゼル」

 危なげなく着地したキョウジは凶行者へと振り向き、強めた語気で威嚇いかくを行う。

 まっすぐに突き出されたキョウジの『ベルトルト』から放電現象が発生し、き起こる風は少年の髪を逆立てた。

「ひっ……! ひいいいいいい! 殺す気か、私を! 善良な地球人の私を殺すのかッ? 野蛮な宇宙人の――」

「……くらえ」

 冷たい目で引き鉄を引くキョウジ。恐怖にさいなまれた男は縮こまり、目を閉じていても感じる放光は辺りを包み込んだ。

 ただの銃声でも、まして砲声でもない。極めて激しく、そしてまされた放射音が鳴り響いた。銃弾と呼ぶにはあまりに太く、あまりに長い光のラインが、男の駆る凶器に巨大な穴を空けた。

「ああっ、はっ。う、うちゅう――」

 自分が生きていることにようやく気づく男。言葉にならない声を上げ、倒れゆくマシンとともに彼は失神した。

「……やりすぎた、よな」

「なに、これでも足りんさ。愚か者にはよき薬になったろう」

 行動不能であった相手への無用な一撃を反省し、うつむくキョウジ。そんな少年になぐさめの言葉をかけるゼルは、いつもとまったく変わらぬ口調だった。

「えらく優しいじゃないか」

「私は常に慈愛に満ちているが?」

「そうだな」

 ゼルの軽口が今のキョウジには心地よく、嫌味の無い苦笑が少年の口からこぼれた。

「それはともかく、早くここを離れよう。彼らにつかまっては厄介だ」

 見ると、騒ぎの終息を察知した警察官達がこちらへと向かって来ていた。キョウジとゼルは物影に隠れ、すぐさまその場をあとにした。

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