第12話 飛び立て、天空の勇者

(ガイア)


俯いていると、頭に暖かい感覚があった。そして、ゆっくり左右に揺らす独特の撫で方が、とても懐かしかった。

声だって、さっき聞いたものじゃない。優しくて、落ち着いていて、楽しそうで、元気が出る、そんな声だ。

さっきは姿を少し見て、すぐに顔を隠してしまったが、もう一度頭を上げてみようと思った。


「博士?」

(どうした、恐い夢でもみたか?)

「あなたは、本当の博士ですか?」


何を言っているんだろう。博士は一人しかいない筈なのに。

すると博士は、腰に手を当てて頭を掻いた。うーんと呟く姿はますます博士だ。


(そうなんだが、ガイアが見た私はどんなだった?)

「兵器を作っていました……」


それは大変だ、と博士は笑った。


(どう感じた?)

「……恐かったです。自分が見てきたものが、全部否定されて、それが本当だと思ってしまって……」

(今はどうだい、まだそう思ってる?)


今は……どうなんだろう。少し心が痛いけど、だんだん楽になってきた。


(私はまだ、恐いままか?)

「たぶん……恐くないです」

(よかった。そうだ、後ろを見てくれ)


そこには、ヘルメスを含め、5人の弟達の形をした光が私の背中に手を当てていてくれた。


(似てるかな?ヘルメスが届けてくれた光で創ったんだ。後でお礼をいってくれるかい?これでガイアが助かったよって)

「これを?」


私の横には、大きな光の塊が一直線に通っていた。無茶をしたものだ。後で治さなくてはな。


(声に元気が出てきたね。立ち上がれ、我が息子よ!!)


どこか重かった体が、スッと持ち上がった。これではっきりした。


「……本当の博士、なんですね」

(私は一人しかいないよ)

「これも夢なんですか?」

(どうだろうね?)

「……夢だから、顔も思い出せないんですか?」

(ふふっ……)


笑った顔を見るために上を向いたけど、やっぱり駄目だった。


(それは、まだ話せないんだ)


そうか……。でもいいんだ。それは自分の中で解決した事だから。博士が帰ってくるまでの楽しみなんだ。


「博士、もう行きます」


そうか、と少しだけ寂しそうに言った博士は後ろを指さした。


(あの子は友達かい?とても心配していたよ)


博士に釣られて見ると、心配そうにこっちを見ている烈が見えた。


「えぇ。自慢の親友です」


そうか、と今度は嬉しそうに言った。


「みんな、とてもいい人なんです。私はその人たちのために戻らなくてはなりません」

(そうか。頑張れよ!)


また、頭を撫でてくれた。その声はまた、とても嬉しそうで、たぶんすごい笑顔なんだと簡単に想像がついた。


「博士、ありがとうございました」


そうして私は後ろを向いて歩き出した。


(……もう少し、待っててくれるかい?)


後ろで博士の声が聞こえた。


(もう少しで帰るよ)


何よりも嬉しい言葉だった。心にどんどん力が湧いてくる。


「待ってます。いつまでも……」


夢だっていい。その言葉を直接聞くことができたんだから。

行ってこい、と少しだけ背中を押される感覚に、私は小さく走りだした。顔が熱くなって、全力で走った。烈の所に着くころには、ちゃんといつもの顔に戻した。


「……待たせたな烈」

「大丈夫か?」

「もちろんだ」

「格好いい父さんだな!」

「あぁ、自慢の博士だ。さぁ、みんなの所に帰ろう!」


私は烈を守っていた玉を壊した。そして、目を閉じてこの少しだけ覚めたくない夢に別れを告げた。



ーーーーーーーーー



「死ねぇえええ!!」


目が覚めると、そこはさっきまで戦っていた植物の上で、傷付いたドラッグが下を見ながら腕を振り上げていた。何があるんだろうと下を覗き込む。幸い、私の体は倒れていたんだが、ヘルメスの矢が貫通していて、それが地面に倒れないようにしてくれていたお陰で簡単に下を見ることができた。

そこには、さっきまでグライガイアにしがみついていた人々が、今度はちゃんと逃げているのが見えた。アースベースのみんなも避難誘導してくれている。

ヘルメスがやってくれたんだとわかった。さすがだ。

私はすぐに手を付き、体を起こした。すぐにドラッグを止めなければ、人々が危ないと思ったからだ。

体に刺さる矢を抜いている暇はない。振り下ろされる指に精一杯手を伸ばす。


ガシッ!


何とか寸前で止めることができた。


「そこまでだドラッグ、私の勝ちだ!」


ドラッグが驚きこちらを見ると、怒りに顔を歪ませ歯をギリギリと鳴らした。


「機械人形ォオオオオオオ!!!!」


離せぇ!!とドラッグが手を振りほどく。


「もう許さない!全員潰してやるぅう!!」


フラフラとした足取りで植物に触れるドラッグ。すると、まるで泥にでも埋まるようにドラッグの体が飲み込まれていく。ビクンと揺れる植物。体を震わせると、ゆっくりと姿を変え始めた。


「グライガイア!!」


私は胸の矢を抜いて、急いでグライガイアを呼んだ。向こうに飛ばされていたが、ダメージは少なそうでよかった。迎えに来てくれた彼に飛び乗り、意識をグライガイアに戻した。


「ヘルメス、ありがとう!」

「お帰り兄さん!!僕は信じてたよ!」

「烈は……?」

「俺もいるぜ刀耶!!」


人質もいない。これで本気でドラッグの相手をすることができる。すると、空から3つの光が炎に包まれながら降下してくるのが見えた。


「ヘルメス、お待たせしました」

「メルクリウス、遅いよ!」

「あなたが急に呼びつけるから、私が急いで帰って調整してたんですよ。それとも、着いてすぐ壊れてもよかったですか?」

「ごめんなさい。あれ、もう1人は?」

「あれはまだ出来ていません」

「まあいいか!兄さん、ちょっと待っててね」

「何をするんだ?」

「ふふーん」


大気圏を抜けた3つの光は、一直線にこちらに向かってくる。


「おいで、アクィラ、ジロチョウ、ペン太!」


空から鳥の鳴き声が3つ聞こえた。


「ちなみに言っておきますけど、ここでは合体できませんよ」

「ちょっと、何で言っちゃ……えぇ!!何で!?」

「あの子達は、私の力で動いています。水星にいた頃は私の力が強かったから合体もできました。しかしここは地球。私の力が弱くて、合体までできません」

「そ、そんなぁ!!」


万事休すかと思ったその時、懐かしい声が聞こえてきた。


「地球の勇者よ。先ほどいい勇気を感じたから少し分けてもらいに来たぞ」

「ブレイブさん!」

「「誰?」」


ヘルメスと烈が気付いた。


「ブレイブさん、少し力を貸してください!」

「わかった。お前に渡せばいいのか?」

「いえ、ヘルメスに」


ほぉと呟くブレイブさん。今後の事を考えると、私がパワーアップするより、ヘルメスに力をくれたほうがいいだろう。


「兄さん、この声誰?」

「ヘルメス、この人は私にアテナさんと話せる力をくれたブレイブさんだ」

「こんな偉そうな声が?」

「なんだ。泣き虫ロボットの弟は、生意気ロボットなのか?」


ブレイブさんがそんな事を言うものだから、ヘルメスは顔をしかめた。


「僕はいいけど、兄さんを悪く言うのはやめてほしいな」

「ふん。本当の事を言ったまでだ。それでお前がヘルメスか」

「そうだよ。だから早く力をちょうだい!」

「無理だ」


ヘルメスは、より一層顔をしかめた。


「なんでだよ!」

「お前には命が足りない」

「はぁっ?」


ヘルメスが珍しくイライラしている。


「私の力は生き物に宿る。そしてお前には、兄に比べて生き物特有の生存本能が少ない」

「僕だって、水星で50億年間生き抜いてきたんですけど!」

「それでは足りないと言っているんだが?」


きぃいい!!とヘルメスが地団駄を踏んでいる。


「ブレイブ、力を貸してくれないだろうか」


メルクリウスさんの声が聞こえた。


「メルクリウスか、久しぶりだな」

「えぇ。この子達は本気で地球を、アテナを救おうとしているんです。どうにかなりませんか?」

「しかし、私の力が届かないんではな……」


その時、この中で唯一ブレイブさんの声が聞こえない少年が口を開いた。


「あの……何を話しているんですか?」

「実はね刀耶、この分からず屋の……って、刀耶がいるじゃん!」


いきなり叫ぶものだから、刀耶君も驚いていた。そして、ヘルメスは自信満々に話始めた。


「ブレイブ、さん。この子は友達の刀耶。この子がいれば、あなたの言う命が足りるんじゃないですか?」

「なるほど、考えたな。では、少しテストをさせてもらおう。……人間、聞こえるか?」

「わぁっ!は、はい聞こえます。この人がブレイブさん?」


生意気ロボットより頭がいいな。との言葉に、ヘルメスの顔が一瞬崩れたが、そこはグッと我慢したようだ。


「お前は私からもらった力をどう使う?」

「そんなの、あいつを倒すために決まってるじゃん!」

「お前には聞いてないぞ生意気ロボット」


悔しそうなヘルメス。すると、刀耶君はそんなヘルメスを慰めるように、話し出した。


「違うよヘルメス。ガイアさんが救ったこの星を、守るためでしょ」


ほぉ、とブレイブさんが言った。


「ガイアさんは、普通なら絶対に出来ないことをして、この星を救ったんでしょ?そんなガイアさんのサポートがしたいって言ってたじゃない。今、ブレイブさんに力をもらう理由は、あれを倒すためだけじゃない。あれを倒して、もっとガイアさんのサポートをしたいってことじゃないのかな?」


うんうん、と姿は見えないがブレイブさんが大きく頷いているのがわかった。


「やはり心を持つ者の考え方はいいな。生意気ロボット。この人間に感謝するんだな!」


空中で飛んでいる三羽の鳥たちと、ヘルメスの体が光だした。


「合体できるようにしたぞ。だが気を付けろ。その人間と意識を合わせている時だけだからな」

「ありがとうございますブレイブさん」

「泣き虫ロボットよ。とりあえずさっきの勇気を貰っていくぞ。結城に会えたのだな」

「はい。またいつでも来てください」

「今度来るときは、また賑やかになっているんだろう?」

「だと思います」


私が笑顔で言うと、ブレイブさんは少し笑って帰っていった。


キカイニンギョーーーーーーーー!!!!


とうとうドラッグが完全に植物と同化してしまった。形は大きな人型。身体中から縦横無尽に触手が伸び、周りの建物を無意識に攻撃していた。


「ヘルメス!!私がサポートするから、合体を!!」

「オッケー兄さん!行くよ刀耶!」

「うん!」

かっこ『エアロ、コンビネーション!!』


ヘルメスの言葉に3羽の鳥たちが集まってきた。色は青を基調として、緑と白の3色。大きな翼に大きな爪を持つ鷲。頑丈そうで大きな体を持つペンギン、綺麗な尾羽をはためかせるキジ。

そして、その3羽に続き、ヘルメスが空を翔ると、それぞれの後ろに飛行機雲が伸びていく。

ヘルメスは胴体と肩、ペンギンは脚、キジは下腕と兜、鷲は背中へとそれぞれ変形、合体していく……。


『天空合体、ガルダヘルメス!!』


私が大地の戦士だとしたら、ヘルメスは空の戦士だ。大きく広げられた翼、胸で輝く鳥の頭。そして、兜には風に揺れる後ろ髪とも思う綺麗な尾羽が、私の知っているヘルメスを一変させた。


「すごい……!」


刀耶君の反応が私たちの総意だ。


「すごいでしょ!さぁ兄さん、いくよ!!」

「おう!ガイアソード!!」


私の声に、剣はすぐさま飛んできた。握った時にいつもより力を感じたのは、夢の中で見た博士のお陰だろうか、それとも目の前でたくましくなったヘルメスのお陰だろうか。


「うぉおおお!!」


剣を受けとるとすぐに、私は走り出した。ドラッグの中にある前世の魂達を救うために。

それを見て、ドラッグは体中の蔓を伸ばす。私の四方八方から勢いよく迫ったが、当たる寸前にことごとく払われていく。


「いっけぇ兄さん!」


ヘルメスの矢だった。合体前よりも弓の力が増している。精度も高い。安心して前だけを向けた。


「キカイニンギョーーーーーーーー!!!」


伸ばされた腕を斬った。すぐに再生するそれをヘルメスが地面に縫い付けてくれた。これで、懐に一直線だ!


「いくぞ烈!!」「おう!!」

『グラァアイ、スラァアッシュ!!』


横薙ぎに払った剣は、植物の胴体に今度はがっしりと刺さった。勢いも充分。走り抜ける勢いで太い幹を叩き斬っていく。


「ギャァアアアアアア!!」


ドラッグの叫び声とともに、黒い魂達が切り口から溢れるのが見える。

向こう側まで到達した私は、勢いのまま剣を大きく振り上げた。すると、植物の上部分は空へと舞い上がる。


「ヘルメス、頼んだ!」

「おっけぇ兄さん!!いくよ刀耶!」「うん!」


ヘルメスは持っていた弓に、背中のパーツをつけ始めた。2回りほど大きくなったそれに、黄金の矢をつがえると、体全体を使って、弦を引いた。


『ウイング・シュート!!!!』


放たれた矢は空気を切り裂き、気流が翼のように矢を後押しした。

ソニックブームは甲高い音を立て、まるで猛禽類の鳴き声のように目標に襲いかかる。

その気流に巻き込まれたら最後、物体は微塵へと姿を変えていった。


「ギャァアアアアアア!!リガァアアアスサマァアアアア!!!!」


こうして、ドラッグの魂は、今の地球に消えていった。



ーーーーーーーーー



「ドラッグが死んだ」


その瞬間、島が大きく揺れ始めた。


「な、なんだぁ!!!」


一番驚いていたのはファットだ。リガース様や僕、パワードはいつも通り。プアやアンテミスでさえ少し驚いただけなのに、この男だけは、世界の終わりのような表情をしていた。


「リガース様、この揺れは?」

「ドラッグを作っていた魂達が、地球に取り込まれたのだ。そして……」


徐にテーブルに手を伸ばすと、ビー玉位の黒い玉が浮き上がってきた。


「これが、前世の記憶と、その時の感情だ」


機械人形が支配する前の世界で、僕たちが感じていた事。怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖……。僕達が強くなるために糧とした感情の事だ。


「好きに使え」


そう言ってリガース様は玉を砕くと、体が徐々に熱くなってくる。普段吸収した力とは別のものが僕の体に流れ込んでくる。

「今までドラッグに吸収されていた力も、これからはお前達にいく。より、力を感じられる筈だ」

『ありがとうございます。リガース様』


それで、とリガース様が続けようとしたとき、横で小さな手が挙がった。


「リガース様、次は僕が行きます!」

「プアか。準備は出来ているのか」


はい!と子供特有の大きな声を出したプアだが、ここ最近の行動を見ていると、その大きさで大丈夫かと心配になってくる。


「いっぱいいっぱい食べたんで、そろそろ運動してこようと思います!」

「そうか、偉いぞ」


リガース様の優しい顔を見られるのは希だ。しかし、喜んで頂けて僕もとても嬉しい。

昔も……。昔?僕の記憶でリガース様と会ったのは、この場所が最初の筈。ドラッグの力が入り込んだことで、記憶が交錯したのかもしれない。


「私の力はどうする」

「はい、では用意していただきたいものがあります!」

「よかろう。言ってみろ」


そしてプアは、自分の考えを話し出したのだが、話を聞いて、彼らしい戦い方だと思った。リガース様は嬉しそうに聞いていたが、私は何か足りないと思っていた。



ーーーーーー



「あぁーーー忙しい忙しい……」


ドラッグを倒して数日、一時の平和が訪れたって言うのに、僕は休む間もなくずっと体を動かしている。


「すまないなヘルメス。もう少しだ」

「わかってるー」


僕が体を動かす理由は2つある。1つ目は、兄さんの体を治すため。助けるためとは言え、兄さんに弓を引いてしまったんだから、これは仕方ない。


「ヘルメス、そっちが終わったら、こっちを手伝ってくれ!」


遠くで大きな声が聞こえた。


「はーい、ちょっと待ってー!」


僕を呼ぶのは技術課のシゲちゃん。もとい緑川繁雄さん。そしてこれが、僕が体を動かしているもう1つの理由。

兄さんを壊したからって言うと語弊があるけど、最近技術課の人がよく話し掛けてくれる。

ここに来た時に感じた距離が、今はなくなってる感じがした。おかげで僕も最近になって、やっと地球に帰ってきたんだなって実感できた。


「ヘルメスさーーん。こっち見てくれませんかー!」


この声はシゲちゃんの娘さんの沙弥ちゃん。シゲちゃんと同じくらい僕に話し掛けてくれる。でも、この二人の声が聞こえたと言うことは……。


「おい沙弥、こっちが先に頼んだんだからな!」

「ヘルメスさーん、お父さんの方は後でいいよー」


僕の取り合いが始まってしまうんだ。そんなに大した用事ではないから、僕もすぐに行くって訳じゃないんだけど。シゲちゃんは組み立てや加工の事、沙弥ちゃんは見た目とか色とかの事をいつも聞いてくる。情熱は同じくらい。でも注ぐ部分が違うだけでこんなにも違うものかと、いつも感心してしまう。


「2人とも少し待っててー」


でも先ずは兄さんの修理が先。もう少しで出来そうなんだ。


「ヘルメス、後は自分でやっておくから、緑川さんの所へ……」

「兄さんは心配しなくていいの。ちゃんと最後までやるよ」


突然だけど、僕には大事にしていることがある。それは、最後までやり抜く事だ。

僕は昔、飽きっぽい性格だった。あんまり1つのことに集中できなくて、すぐ違うことをしちゃってたんだ。

でもある時、そんな僕を見て博士があるパズルを持ってきたんだ。

このパズルは地図になっているから、完成させてそこにあるものを持ってきたらご褒美をあげよう。

そう言って僕にやらせたんだ。

飽きっぽかった僕は、当然途中で諦めた。でも諦める度に博士は、

いいのか?ご褒美見なくて?あぁ勿体無いなー。とってもいいものなんだけどなぁ。

なんて。そんなに言われると僕だって気になるから、少しずつだけど進めていった。

そしてパズルが完成した。地図は知り合いの小さな町工場を指していて。そこに行くと、おじいちゃんからパーツを1つ貰えたんだ。

手のひらに乗るくらいの小さいパーツだった。

それを持って帰ると、博士はすごい喜んでくれた。それはそれはすごく。

そして、ご褒美に僕や兄さんの体を動かしている心臓を見せてくれた。とても綺麗だった。

人の拳くらいの小さな玉の中に、小さな光が一生懸命輝いているんだ。光は時には弱まったり、時には強くなったりして、見ていて全然飽きなかった。

僕や兄さんの体にも同じものがあるんだと思うと、なんだか急に嬉しくなってさ。やってよかったなって思ったんだ。そこからだったかな?僕の飽き症が治ったのは。

そして、それが結果的にちょっと生意気な弟になった。

そいつはいつも兄さんに突っ掛かって、博士の言うこともあんまり聞かない。大雑把で、適当で、気合いで全部解決するような奴なんだ。

まぁでも、弟だしね。あの時の光を見ちゃったら、あいつも必死なんだなって思ってるわけですよ。本当に、いつ来るんだろうな……。


「よし、完成!!兄さん動ける?」


兄さんは、傷があったところを少し触って、肩をぐるりと回した。


「大丈夫だ。ありがとう」

「よかったぁ。もう壊させないでよね!」


わかったよ、と兄さんは笑ってくれた。さぁ、次は緑川さんの所に行かなきゃと立ち上がったとき、向こうから走ってくる音が聞こえた。


「ヘルメスーーー!!」


刀耶の声だった。


「どうしたの刀耶、そんなに慌てて」


わざとらしさは消したつもりだ。刀耶はたぶん学校が終わって、一旦家に帰ったんだろう。そこで話を聞いて、学校に戻ってきてアースベースに来た。はぁはぁと息を整える彼の顔は、前よりずっと明るかった。


「……あのね!お父さんのドナーが見つかったんだ!」

「本当に?!よかったじゃん!!」

「うん!さっき家に帰ったらおじいちゃんが教えてくれて、何でも昼に突然、病院に届けられたそうなんだ。それで検査したらお父さんに適合するって!今から手術なんだ!」


目から溢れる涙なんてお構いなしに、刀耶は笑顔で話してくれる。


「じゃあ、刀耶もこれから病院に行くの?」


刀耶は首を横に振った。


「ううん。僕はこれから部活だよ!」

「手術は心配じゃないの?」

「少し心配だけど、絶対に成功するって信じてるから。それよりも、お父さんが帰ってきたときに、僕がどれだけ成長したか見てもらうためにも、色々やっておきたいんだ!お父さんを驚かせるために」


そうだよ刀耶。動けば動くほど良いことだってどんどんやって来るんだよ。


「そっか、じゃあ後で刀耶が部活してる様子を録画しに行くよ。お父さんに見てもらおう!」

「よし、じゃあ僕は剣道部の皆をギッタンギッタンにすればいいんだね!」


二人で大笑いした。冗談まで言えるようになったなんて、とても嬉しいことだ。そして刀耶は、最後に息を整えると、じっと僕の目を見て話し出した。


「ヘルメスと会えてよかった。たぶん友達になってなかったら、こんな事になってなかったと思う。ありがとう」


気付いているのかと思ったけど、刀耶の性格からするにそれはないかなと思った。


「僕は何もしてないよ。ただ刀耶と友達になっただけさ!さぁ、部活に遅れるよ!」


刀耶は元気に返事をすると、全力疾走で帰っていった。


「ヘルメス……」

「おぉっと、シゲちゃんの所に行かなくちゃ!」


兄さんには当然バレてる。逃げるかどうか迷っていると、後ろで兄さんが息を吐いた。


「……よかったな」


何も言われなかった。セーフだったらしい。


「あ……うん!たぶん、刀耶が変わろうとしたから、どこかの陽気な神様がプレゼントをくれたんだよ。うん、きっとそうだ!」

「……そうだな」


あの心臓は、前の世界で不死の技術として使われていたもの。もちろん、刀耶のお父さんを死ねない体にした訳じゃない。一般的な寿命までサポートしてくれるだけ。それ以上は、個人の気持ちの問題。

なぜ、そんなことをしたかと言うと、刀耶は、僕が地球に来て最初に友達になってくれた人間で、友達が泣くような事は起こってほしくなかったからだ。

でも、あんまりやり過ぎると、兄さんの思った世界ではなくなってしまう。だから、これが僕達が今の人間にできる一番大きな事なんだと理解した。

これ以上すると、僕達はロボットではなくなってしまうんだ。僕は、この事を心に刻んでおこうと思う。


「じゃあシゲちゃんから行ってあげるかなー!どうせ加工が難しいとか言ってるんだ。大雑把なんだよねシゲちゃんは。沙弥ちゃんを見習ってほしいよ」

「聞こえてるぞヘルメス!!」


おぉっとヤバい。早く行ってあげないと。


それから色々手伝って、一息つこうと僕は椅子に座った。そして、地上に向かって鳥を1羽飛ばした。僕が帰ってきたときに、烈君のお父さんに作って見せてあげたやつだ。

鳥の目は僕の目と繋がっていて、僕が目を閉じると、鳥が見ている景色が映るんだ。時々こうやって外の世界を見て、あそこはどうなったんだろうとか、今の世界にはこんなものまであるのかとか、探検にいってるんだ。

そして今日は、刀耶の家に行こうと思う。

大きな敷地に家と道場があって。道場の方からたくさんの声が聞こえた。

声に向かって飛んでいき、僕は開けられた大きな扉から入って、天井の大きな梁に止まった。

道場いっぱいに響く元気な声。龍神学園の剣道部員達が、練習を行っていた。

ここで、忘れた人のためにおさらい。少し前に、刀耶は烈君とある勝負をしていました。

そう、中間テスト。勉強した烈君が、無謀にも刀耶に合計点数で勝負を仕掛けたのです。烈君が勝ったら刀耶が剣道部に入る。刀耶が勝ったら剣道部の練習を家の道場でも行う。

そして今、刀耶の家の道場で剣道部が練習に来ています。しかしさっき、刀耶は部活に行くと言い、今も僕の下で元気に竹刀を振っています。

さて、どちらが勝ったと思いますか?

まぁ、どちらにしてもこれが一番いい結果なんだと僕は思っています。


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