第2話 前世の遺産

私の名前はガイア。地球を創り変えたロボットだ。

すまないが、今はゆっくり話す余裕がない。

私は今、ある男性と対峙している。彼は、両手に大きな包丁を持ち、私の友達である烈に襲いかかってきた。私は烈を守るために、何万年も動かさなかった体を、ブレイブの力も借りて動かした。その結果、今片手で男性の手ごと包丁を掴み、もう片方で烈を守っていた。

力は互角、少し負けている気もする。男性の顔を見ると、全体が怒りに溢れていた。アースの情報から推測するに、おそらく操られているんだろう。早く元に戻さなければ。

「ガイア!!」

烈が気付いてくれてよかった。男性はもう一つの包丁を振り下ろしてきたのだ。

私は、烈を守っていた手で、男性の肘を押さえた。もう動けないだろう。

「キ、キカイニンギョウ!!」

機械人形、私の事を言っているのか?

「キカイニンギョウ、お前を殺す!」

なんて怒りに満ちた言葉だろう。今の地球にそんな怒りの原因はないはずだ。

「あなたはあの島から来たのか?何故今の世界を恨む!」

「リガース様が甦った!お前を壊して、この腐った世界を元に戻す!」

「リガース?それがあなたを操っているのか!」

「ガ、ガァアアアアアア!!!!!」

気持ちが暴走しているようだ。私の手も強引に振りほどかれてしまう。このままでは、烈が怪我をしてしまうかもしれない。

「仕方ない……。許してくれっ!」

私は男性に体を思い切りぶつけ、強引に距離を空けた。

滑るように尻餅をついた男性。私も勢い余り、盛大に転けてしまった。体の何処かが軋む音がした。

「大丈夫かガイア!」

「あぁ、大丈夫だ」

烈が起こしてくれたが、私は男性から目を離せず、少し冷たい対応になったかもしれない。

「あの人何なんだよ!いきなり襲ってきて!」

「烈、逃げろと言っただろう!もう少しで刺さるところだったんだぞ!」

冷たい対応の延長とは言いたくはないが、私は本気で怒った。包丁を持った大人が襲ってきているのだ。普通は誰でも逃げる。それなのに、烈は無謀にも立ち向かったのだ。

烈は黙っていた。顔が見えないが、怒っているか、落ち込んだ顔をしていると私は思った。

「とにかく、私が隙を作るから、君は家に逃げるんだ」

「ヤダね!」

その声のなんと強いことか。

あまりの驚きに、私は烈の顔を見てしまった。そんな烈は、紅く燃えるような瞳で、自分を襲ってきた男性をじっと見つめていた。落ち込む所か、悔しさとやる気が感じられた。

「恐くないのか!!」

「恐いよ!」

「じゃあ何故逃げない!」

「友達置いて、逃げられるかよ!」

あぁ、そうだった。私は改めて思った。烈は小さい時から友達思いで、自分に出来ることなら、何でも手伝う。手伝った相手の笑顔を見て喜びを感じられる優しい子だったのだ。

そんな彼の気持ちは、私にも向けられていたんだ。

「……すまなかった」

「別に謝られても……」

「私が間違っていた。いや、間違ってはいなかったんだが」

「どういうこと?」

「話は後でする。少し集中させてくれ」

そうこうしている内に、男性は胸を押さえ、フラフラと立ち上がっていた。

やはり、体は人間だった。操られていると言えども、体のダメージはどうしようもないようだ。

「どうするんだよ?」

操っている力が、心に作用するものならば……!

「ガァアアアア!!」

男性が走り出すのと同時に、私も飛び出した。

「ガイア!!」

私が生まれた理由。それを博士はいつも自信を持って言ってくれた。

『君は、人間の友達になれる純粋な命なんだ。だからもし、君が困ったら私達は君を助けよう。だけどもし、私達が困った時には、君の力を貸してほしい。一緒に助け合って、これからを生きていこう』

私は右手に力を込めた。

私が地球を創り変える時、ブレイブさんにもらったのは、アテナさんと話す力だった。そして、私が博士と暮らしていたときにもらったのは、勇気だった。強いものに立ち向かう力、弱いものを守る力、そして自分を変えたい力。それを男性に問いかける!わかってくれる筈だ!

大きく、よく研がれた包丁が、私の顔目掛け振り下ろされようとしていた。まず言っておくが、私の体は、パーツとパーツの間に包丁が入らない限り、当たってもそれほど傷は付かない。ただ、わざと当たるのは、創ってくれた博士に申し訳ないし、私自身も意思を持たないロボットとの違いとして、常に気を付けている所だ。

ギシっ!!

もう時間がないらしい。

「はぁああ!!!」

私は体を捻り、切っ先を避けた。そして、大事に貯めた力をそっと、男性の胸に押し当てた。小さな小さな勇気の欠片だ。

これで、どうだ……?

『ギィイイアァアアアア!!!!』

思った通りだった。男性の体から黒いドロドロしたものが流れ出ていく。

『キカイニンギョォオオイオオ!!!』

あの中には、前世の魂が何人いるんだろう。私が地球を創り変えた時に、最後まで抗った魂達が集まったのがあの島だ。言うならば、あの島の大きさが私への憎しみだ。

私はそれらを浄化して、今の世界に生かせたい。そのために、今は少し痛いが、耐えてくれ。

私はまた拳に力を込めた。さっきより強い、勇気を込めて。

「うぉおおおお!!!」

黒い遺恨に向けて放った拳は、男性にかろうじて寄生していたそれを、引き剥がした。

そして、私の力を受けた瞬間、綺麗な光になって崩れていった。

断末魔が悲しく響いた。できればもう、そんな声を出さなくてすむ世界に生きてくれと、切に願うばかりだ。

支配を解かれた男性はバタンと前に倒れ、私はそれを受け止めた。よく頑張ったな。

「ガイア!」

後ろで烈の声もした。とにかく怪我がなくてよかった。そうだ、まだあの話をしていなかったな。しかし今は、何だかとても疲れている。

ボフンっ!!

「ガイア?!」

おっと、活動限界らしい。一先ず男性をそっと地面に寝かせた。

膝か?肩か?いや、全てか……。

ブレイブさん、ありがとうございました。大事な友達を守ることができました。

私はそのまま倒れこんでしまった。駆け寄ってきた烈を見て、安心して、私は少し眠ろうと思った。

“一緒に戦ってほしい”

烈に言うのは、起きてからでも遅くないと思った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕はアダム。この世界を恨むものだ。そしてここは、ロストアイランド。この世界の人間がそう呼んでいるらしい。失われた大陸が、僕の家だ。

グニグニと音を立てる何もない大地を踏みしめると、昔の地球を思い出す。僕は、島の中央にある地下へ続く階段を下りていった。

僕はさっきまで、ある目的のために、この島の外にいた。僕が生まれて初めて見た地球は、伸び放題の自然に驚異のない天候、そして、平和ボケした人間達が暮らす吐き気がする世界だった。

その目的というのも、地球をこんな風にした機械人形も発見し、殺すことだった。最初だから挨拶程度に人間を使ってみたんだが、案外機械人形もしぶとかったな。まあいい。

そういえば、リガース様はもう目覚めているだろうか?奴等に任せても大丈夫だっただろうか?

僕は、長い長い階段を心配しながらも下っていった。

「リガース様、お待ちくダサい!!」

下から仲間の焦る声が聞こえる。早速問題が起こったようだ。

一番下まで行くと、暗く広い空間が広がっている。地上より10度は低い気温。どこからか吹く冷たい空気が、地表で受けた気持ち悪さを消してくれるようだ。

「た、助けてくれ!!」

突然私の目の前に、高級そうなスーツを着た男性が飛び出してきた。何を隠そう、この御方がリガース様なのだが、この言動からは全く想像がつかないだろう。

ドンっ!

突然の事に、僕も避けられず、リガース様とぶつかってしまった訳なのだが、当然僕も御方も倒れる事はない。人間と一緒にされては困る。

「り、リガース様!?大丈夫ですか!!」

と思っていた私が駄目だった。何故かリガース様は私の前で尻餅をついていたのである。

「痛たたた……た、助けてくれ、化け物が!!」

恐怖に怯えきった目は単なる人間だ。まだ、思い出されないのですね。

「よぉアダム、帰っタカ!!」

リガース様の後ろに現れたのは、人間というには無理がありすぎる大男だった。

「パワード……。何をしているんだ」

「ハァ?何もしてねぇよ!?俺ハタダ、早く思い出して頂こうとし挨拶しタダけダ!!」

この脳筋バカが……。

「はぁ……。ドラッグやアンテミスならまだしも、お前は強烈すぎると言っただろう……」

「ガベージにも言ワれタガ、俺ハこの体に誇りをもっている!」

何を言っているんだこいつは……。どうも話が噛み合っていない。

「まぁいい。みんなは?」

「向こうで座っている」

「……わかった。行きましょうリガース様」

未だに震えている御方に、僕はそっと手を差し出すと、すがるようにリガース様の手が伸びてきた。

「っ!?」

「どうかしましたか……?」

「い、いえ。大丈夫です」

危なかった……。

「そういえば君は……?」

「僕はアダム。あなたが生み出した人類の意思です」

それから僕は、リガース様の手を握り、暗い中を歩き始めた。まるで子供の手を引くように。慣れない足取りが、すぐ後ろを付いてくる。時々手を引かれたのは、後ろでパワードがリガース様にちょっかいを出しているからだろう。

今のリガース様は、普通の人間だ。恐らく特注で作ったであろうスーツを着ていたが、猫背で小股で歩く様が弱々しく見えた。しかし、金色の髪や切れ長の目が私が知るリガース様を保っている。

というのも、リガース様は僕達を作る際、自らの力を与える形で僕達の自我を形成された。最初に生まれた僕の頃はまだ、見た瞬間恐怖に襲われるようなお姿をしていたんだが、それから仲間を一気に作られたために、脱け殻のようになってしまっていた。

……何故、僕だけ最初に作られたのだろう?

そんな事を考えながら進んだ先には、一ヶ所だけ明かりが灯った箇所がある。黒曜石のテーブルと同じ素材の椅子が8脚。その5つにはすでに影が腰かけていた。

「お帰りなさい。アダム、パワード、そして、リガース様」

「ドラッグ、お前、どういうつもりだ」

「何がですか?私は挨拶しただけですよ?なのにパワードが、自分も挨拶したいと、言うことを聞かなくて」

唾広の帽子の下の顔は、半笑いだった。

「お前達もだ!我らの産みの親であるリガース様に敬意を払えないのか!!」

誰も返事をしなかった。これほどリガース様が見くびられているのか……!とても腹立たしい!!

「くっ……!!」

「まぁまぁ、とりあえずお座りになってはいかがですか?」

僕は、1つだけ豪華に作られた椅子にリガース様を座らせ、隣の席についた。

「さて、アダムも帰ってきた事ですし、改めて自己紹介でもしますか?リガース様、私の名前はドラッグ。人間の物欲が具現化した存在です」

ドラッグは、トレンチコート、ハット、シャツ、スラックス、丸眼鏡を全て黒でまとめたガリガリの男だ。眼鏡の奥に見えるのは細い狐目で、常に瞳孔が開いている。名前の通り薬を常用しており、今はこうだが、薬が切れたときは手に負えない。

「じゃア次ハ俺ダ!今度ハ驚くナよ。俺ハパワード!人間の怒りが爆発しタ存在ダ!」

パワード。人間の3倍はありそうな大きな体を持つ。所々言葉が濁るのは、体の6割を占めるその機械のせいだろう。力は強いが、頭の方は機械ではどうにもならなかったみたいだ。

「じゃあ次はボク!!ボクの名前はプア人間の止まらない食欲が具現化した存在だよ。じゃあ次はアンテミスね」

プアは、一見ガリガリの子供でボロボロの服を着ているが、その正体は大喰らいで、加減を知らない暴走狂だ。

「私はアンテミス。人間の嫉妬心が生み出した存在。あーあ、こんな頼りない連中に囲まれて、私やんなっちゃう」

唯一の女であるアンテミスは、特異な理由からこの島に取り込まれ、体を与えられた存在だ。赤い髪に、赤い瞳が特徴で、何故か研究員のような白衣を着ていた。

「オハツニ オメニカカリマス ワタシノナハ ガベージ ニンゲンガ ガンライモツ ショウドウガ ワタシヲ ツクッテイマス」

言葉なのか音なのかわからないが、意思を持って話すガベージ。その正体はドロドロの物質で、未だに何で構成されているのかわからない。

「モグモグ……」

「おいファット、お前ダぞ」

「へっ?余もするのか?」

「当タり前ダろ」

みんなの視線が、丸い体に集まる。その巨体は、どこから出したかわからないスナック菓子を、机や椅子が汚れるのも気にせず、ひたすら食べ続けていた。

「面倒くさいなぁ……。余はファット。見ての通り、人間の怠惰代表だ」

お前が一番リガース様を侮辱しているんだぞファット。貴様のそのやる気の無さは見ていて腹が立つ。そして、格好を今すぐやめろ。僕達の王はリガース様だ。お前にはその王冠も、マントも似合わない。

恥ずかしながら、これが僕の仲間だ。とても同じ親とは思えない。

「はぁ……」

僕はわざとらしくため息を付いた後、しっかりとリガース様を見て話した。

「リガース様、僕の名前はアダム。あなたが人間の傲慢さをもとに作った存在です。僕の力は遺伝子情報の操作。先ほどはその力をもとに、機械人形に我々の存在を思い出させにいって参りました」

ドラッグが鼻を鳴らした音が聞こえた。

「僕達は貴方様から生まれた存在。今の貴方は僕達を生み出したせいで、知識が不足しているんです。でも大丈夫。ここで生活していれば、そのうち思い出されますよ」

「は、はい……」

「何を畏まっているんです?僕達は貴方の手足も同然。何なりと申し付けてください」

僕の言葉が気に入らなかったのか、ドラッグが立ち上がった。

「アダム、止めてください。それ以上は無駄です。確かにリガース様は私達の産みの親です。しかし、私達に力を与えて亡くなったのです。そこにいるのはタダの脱け殻の人間。力など微塵も感じない!私達のリガース様はもういないのです。だから私達で機械人形を殺すしかないのです」

ドラッグ以外もそう思っているのだろうか?なるほど、だからリガース様に対してそんな態度がとれるのか。だったら……。

「わかった。じゃあドラッグ。お前が脱け殻と言い張る人間にも戦って貰おうじゃないか」

「……何故です?いきなりどうしたんですか?」

「気が変わっただけだ。それより、ここで生活させるのか?死体にして捨てるよりは、一番槍で突っ込ませるほうがいいだろう?」

ドラッグは考えていた。頭がいいお前ならわかるだろう。もう少しだ……。

「そうだ!お前の力を見せてくれよ。ちょうどいい実験台だ」

「ア、アダムさん?!何をっ!」

「リガース様、いえ脱け殻さんは少しじっとしておいて下さい」

僕はリガース様の肩を押さえる形で椅子に固定した。申し訳ありませんリガース様。ですがこれが一石二鳥なのです。

「確かに、目眩まし位にはなるかもしれませんね……」

そうだ、やれ!

「では人間。私の力でたくましい植物人間にしてあげましょう!」

ドラッグの差し出された右腕。もとより細い指がさらに細く、茶色くなっていく。

「い、いやだ!アダムさん、助けて!!」

ドラッグの指先が、リガース様に触れる瞬間。僕は手を離した。そして、ボロボロになった自分の両腕を隠すように後ろに回した。

「さぁ!!…………ぎ、ギャアアアアアア!!!!!!」

さぁ叫んだ!!言っておくが、リガース様ではなく、ドラッグがだ。

「た、だ、ダズゲデェエエエエエエ!!!!」

必死だな!ざまぁみろ!

「ダレガ、ダレガぁああああああ!」

ほかの奴等も気付いたか。もういいだろう。僕はドラッグとリガース様の間に入り、リガース様に少しだけ触れているドラッグの指先を、手刀で叩き斬った。

まるで炎に包まれたように床を転がるドラッグが、とても笑えた。指だけでなく顔まで植物になっている。当分力は使えないだろう。

「ア、アダムゥウウウウウウ!!!!」

「そんなに怒るなよ?僕の腕もボロボロなんだ」

そういって両手を見せると、ドラッグを含めた全員が驚いた顔をした。

「お前達、これでわかっただろう?この方こそがリガース様だ。力は無くしていても、器はそのままなんだろう。無くなった力を回収しようとしているんだ。直接触れれば僕やドラッグのようになる」

全員の眼の色が変わった。少し高い代償だったかもしれないが、リガース様の為なら……。

「ありがとうアダム」

「リ、リガース様っ?」

そこには、先ほどより若干力の戻ったリガース様がいた。

「少し思い出したようだ。ドラッグもすまなかった」

「い、いえ。私が悪かったのです。申し訳ありませんでした……リガース様」

「力が戻れば、お前の力を返そう。その時皆も力が欲しければ、言え」

「「はっ!!」」

待っていろ機械人形。僕達の憎しみは、これからだ!



ーーーーーーーーーーー


俺は赤兎烈。龍神学園中等部に通う普通の2年生だ。昨日、俺は夢みたいな事を体験した。ガイアがロボットだったとか、知らない人が包丁を持って襲ってきたりだとか、解決したと思ったらガイアは動かなくなるし、兄ちゃんとも久しぶりに会って、ガイアを連れていくし……。

色々考えすぎて、全然眠れなかったけど、ただ、1つ思ったことがある。

俺は、ガイアの力になりたいってことだ。昨日のガイアを見て、あいつが面倒な事に巻き込まれてるのはわかった。俺は友達として、ガイアの力になりたい。いつも練習に付き合ってくれてるんだから、当然の事だと思う。

さぁて、起きようかな。いつもより一時間位早いけど、もう眠れる時間でもないし……。寝てない分は学校で寝ればいいかな。

ベットからゆっくりと起き上がって、伸びをした。あぁ、春だ!朝はやっぱり春が一番いいな。俺の部屋が寒くもないし暑くもない。

ていうのも、俺の家は龍魂寺っていう寺だ。大きな本堂の周りに、小さい建物がたくさんあるんだけど、その中の元々お客さんが泊まるところを俺の部屋にしてる。時々間違えて知らない人が入ってくるけど、もう気にしなくなった。

さてと、机に用意してくれている制服を持って、洗面所に向かう事にした。部屋の障子を開け、外の空気を感じながら縁を歩く。

箒の音がした。じいちゃんが日課の掃除をしているんだろう。いつもは俺が行くときには、すでに本堂でお経を読んでて、後ろ姿に行ってきますを言うだけだから、今日はちゃんと言えそうだ。

洗面所に行き顔を洗い、歯を磨く。髪?走ってたら直るからいいんだよ。

制服に着替えた俺は、みんながご飯を食べる居間にやって来た。畳じきの部屋に四角い大きな机とテレビ、隅には仏壇と箪笥。たぶん普通の和風の家はこんなもんだろうっていう感じだ。台所で母さんの背中が見える。俺の朝ごはんを作ってくれているようだ。

「~~~~~~♪」

鼻歌を歌っている。……少し恥ずかしい。

「おはよう」

「~~~~~♪」

あれ、聞こえてない?鼻歌のせいかな。

「おはよう!」

「え?………えっっっ?!れ、烈?!ど、どうしたの!!」

「いや、起きたんだけど?」

そんなに驚かなくても……。

「えっ!!もうそんな時間?!ドラマ始まってる?」

「まだ始まらないよ」

母さんは、俺がいった後に始まるドラマにハマっているらしい。学校から帰ると、いつもその話をしてきて、見てない俺でさえ、続きが気になっている。

「ドラマが始まらないのに、烈が起きてるの?えっ、私まだ夢の中なの?」

覚めろ覚めろと言いながら、自分の頬を叩く母さん。夢って……。俺だって早く起きるときくらい………。ない……こともない!たぶん。

「夢じゃないよ母さん。昨日寝れなくて、さっき起きただけ」

母さんは感情豊かな人だ。すぐ笑うし、すぐ泣くし、怒るときは鬼みたいだし、子供みたいに何でも楽しそうにする。さっきまで眉間に皺を寄せていた母さんだったが、俺の言葉ですぐに心配そうな顔になった。

「どうしたの烈?学校で何かあったの?」

目の前まで来て、じっと俺の目を見てくる。

「違うよ。学校は楽しいよ。実は……昨日さ……」

と言いかけて、俺は昨日約束したことを思い出した。

『誰にもこの事を話さないでほしい』

久しぶりに会った兄ちゃんに言われた事だ。理由は聞かなかったけど、そのうち説明してくれるらしい。

「昨日、何かあったの?」

「あ、いや。昨日……えっと。そう!!竹刀が折れちゃって!」

嘘は言ってない。襲われた時に尻餅をついて、その時に折れてしまったんだ。

「練習してたの?」

「そ、そうそう!テレビでよくあるじゃん!木に枝をぶら下げて、打ち込むやつ」

これも嘘じゃない。自分で作った装置で、昨日はそれもする予定だったから。これで誤魔化せたかな?

「本当に?」

「ホントだよ!」

「ふーん。怪我だけはないようにね。後、学校で何かあったらすぐ言うのよ」

母さんは心配性でもある。

「わかってるって。それより母さん、朝ごはん食べたい」

「あぁそうね。ちょっと座ってて」

軽く返事をした俺は、テレビをつけて待っていることにした。

そういえば、昨日の事ってニュースとかになってないのかな?警察っぽい人も昨日見た気がするし……。普段テレビ欄しか見ない新聞を開いてみる。新聞って字ばっかりだから嫌なんだよな……。捲っては探し、捲っては探し……。たぶんない。ニュースでも特にしてないし。

もしかして、あれは本当に夢だったのか……。

「何か、気になるニュースでもあったか?」

「あ、じいちゃん。おはよう」

「おはよう」

さっき言ってた挨拶ができた。じいちゃんはドスドスと入ってきて、自分の所に座った。

「あ、いや……。昨日この辺で何かなかったのかなぁって……」

じいちゃんは黙ってテレビを見ていた。普段はあんまり見ないのに……。

「健太郎に聞いてみろ」

「父さんに……?」

なんでここで父さんの名前が出たのかわからないけど、じいちゃんは何か知っているみたいだった。

「はい烈、朝ごはん」

ちょうど朝ごはんも出来たみたいで、母さんがお盆に乗せて運んできてくれた。ハムエッグだ!

「お義父さん。お茶でいいですか?」

「あぁ。ありがとう」

頼み終わると、じいちゃんはおもむろに立ち上がった。

「烈、やるとなったら、最後までやりきるんだぞ……」

「えっ、あ、うん。じいちゃん……!」

「烈、早く食べないと、早起きしたのに遅刻しちゃうわよ!」

時計を見ると、いつの間にか、寝過ごした時と同じ時間だ。

「いただきまーーす!!」

結局いつも通り朝ごはんを掻き込み、部屋に戻って鞄を取って家を出た。

俺が通う龍神学園は、家から徒歩10分、走れば5分の所にある私立の中高一貫校だ。なんでも俺が住んでる龍神町で、古くからある会社が運営してるらしくて、町の真ん中にある学校は、町のシンボルって言っていい。

敷地も広くて、中学校と高校の校舎があって、運動場と体育館が2ヶ所ずつ、畑、田んぼ、牛や豚を飼うところ、コンサート用のホール、森、公園、学食がえっと、6ヶ所?だっけ。とにかく広くて、1日では回れない広さだけど、中学校の校舎が校門の近くにあるから、俺はすごい助かってる。

さぁ着いた。靴箱に靴を入れて、2階に駆け登って、3つ並んだ教室の真ん中に入ろう……とした。

「赤兎君!」

聞き慣れた声が、教室に入ろうとする俺を呼び止めた。

「あ、輝ちゃん」

「こらっ!先生って言ってるでしょ!」

青山輝子先生、通称輝ちゃん。俺の担任の先生。じいちゃんの友達の孫で、小さい頃からよく知ってる人だ。

「もう少し余裕をもって行動しなさいっていつも言ってるでしょ!」

「今日は早く起きたんだよ!」

まるで母さんみたいな輝ちゃんだけど、まだ先生になって2年目。俺が中学に入ったのと同じ年に先生になったから、考えようによれば同級生だ。

「遅刻してないからいいけど……」

「それは大丈夫。俺は自分の足を信じてる!」

「そういうことじゃないの!」

おっと、チャイムが鳴ったぞ!

「輝ちゃん、授業始まるよ!」

「だから先生って……。じゃなくて赤兎君、ちょっと一緒に来てほしいの」

「えっ?」

輝ちゃんはドアから顔を入れ、委員長を呼ぶと、朝のホームルームを任せた。教室の中で、親友が心配そうに見ていたが、思い当たる事もないので、笑顔で手を振った。

「じゃあ行きましょう赤兎君」

そう言って輝ちゃんは、長い髪を靡かせて歩きだした。

輝ちゃんは、ちょこちょこ歩く。俺と同じくらいの大きさの癖に、大人ぶってヒールを履いているせいだ。俺が小さくみえるじゃんか。

「れっくん」

「学校でその呼び方はしないんじゃなかったっけ?」

輝ちゃんが学校以外で俺の事を呼ぶときに使うあだ名。まだ、俺のこと子供扱いして……。

「昨日の事、兄さんから聞いたわ……」

「えっ、輝ちゃんも会ったの?」

「会ったわよ……。もぅ、心配ばかりさせるんだから」

俺が昨日会った兄ちゃんというのは、輝ちゃんのお兄さんの政弘兄ちゃんの事だ。小さい頃からよく遊んでもらって、俺にとっては、本当の兄ちゃんみたいな存在だ。俺が小学校三年生の頃だったかな?突然、「世界を見たい!」って言って居なくなっちゃったんだ。みんなが心配してたけど、輝ちゃんによると、いつも笑顔でVサインをしている写真が送られてきていたそうだから何とかみんな待ててたって言ってた。

「れっくん。実は今日は、昨日の事で兄さんと学園長先生から話があるの」

「学園長先生も?!どういう事?」

「詳しくは、行けばわかると思う」

珍しく真面目な顔をしていた輝ちゃんを見ていると、急に輝ちゃんが止まって、俺の目をじっとみてきた。

「れっくん。大変だと思うけど、気持ちを強くもってね。もし不安な時は、私も力になるから!」

そんなこんなで、学園長室の前まで来た俺だが、ますます何で呼ばれたかわからなくなった

横の輝ちゃんを見たけど、頷くだけだし。

とりあえず、ノックをした。

「どうぞ」

低い声が聞こえた。

「失礼しまーーす……痛てっ!」

妙に重たいドアを開け、中を覗き混むと、輝ちゃんに背中を叩かれて、カッコ悪く入ることになった。学園長室は、見慣れない豪華な部屋だった。大きい机が奥にどぉんと置いてあって、手前には長い机がどぉんとあって、豪華な椅子がどぉんとある。

そして、奥の机で何かを書いている人と、政弘あんちゃんがいた。

机で何か書いてる人は、全校集会の時なんかしか見ないけど、それでも顔は覚えてる。真っ白な髭と真っ白な髪のじいちゃんくらいの人。確か名前は、獅子神だったかな?

見た目はほとんどライオンで、今見たら目付きもライオンだった。

「あっ……!」

「少し待ってくれたまえ……」

政弘兄ちゃんも笑顔で口の前に人差し指を立てていた。

「は、はいっ」

待つこと5分……。ようやく学園長先生の手が止まった。この間、俺には30分くらいに感じた。学園長先生は大きく伸びをすると、ようやく俺と目を合わせてくれた。

「あの……」

ガタッ!!

学園長先生が突然立ち上がるもんだから、俺は心臓が飛び出るかと思った。

驚く間もなく、学園長先生が早歩きで近づいてくる!

お、俺は、どうなってしまうんだろう……。

「君が赤兎君だね」

学園長先生は意外と大きいんだな……。顔も相まって妙に迫力がある。

「は、はい……!!」

俺はどうなってしまうんだろう。大事なことなので2回言ってしまった。

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