-6-「何でも教えてあげるわよ」

   ⑥


 ナツキのシンプルな質問しつもんに、ツヨシが「え、魔女まじょ? 誰が?」とらすが誰も応対おうたいしない。


 魔女マギナはナツキを目をしっかりと見て、話す。


「そうね。自分は、魔女と言えば魔女。そう、ヒカルにも話しているし、ヒカルからそんな風に聞いているでしょう?」


「は、はい。そうですけど‥‥。やっぱり本人の口から聞きたかったから。魔女マギナさんが本当に一体何者なのか」


「一体何者か‥‥。その質問は難しいわね。そもそもナツキは言えるのかしら、自分が一体何者なのか?」


「え? その、それは。私は水原なつきで、北立石小学校の四年生で‥‥」


「それはただの自己紹介じゃない。それで良いのなら、さっき私が言った通りよ。私は魔女まじょで、それ以上でもそれ以下でも無ないわ」


 哲学てつがくめいた解答かいとうは、ナツキが納得できるものではなかった。

なので、よりくわしく訊ねることにした。


「それじゃ、どうやって魔女になったんですか?」


「なぜ魔女になれたか‥‥私のそだての親が魔女まじょだったから、なりゆきと自然で魔法の勉強して、魔法が使えるようになったのよ」


「へー‥‥それじゃ、出身地は?」


「ハルツよ」


「は、はるつ?」


 聞き慣れない地名だった。それも当然、


「今でいう所のドイツにある地方ね」


 外国の地名だからである。ナツキたちは脳内で世界地図を浮かべるが、世界の全体図が曖昧あいまい欧州おうしゅうのドイツがある位置いちを正確に特定とくていできなかった。


 ツヨシに至っては日本の地図を思い浮かべるのが精一杯だった。日本で暮らす小学生が外国の一地方を把握はあくしているのは一部だけだろうか。


「ということは外国の方なんですね。その割には日本語がお上手ですね」


「ふふ、ありがとう。魔女まじょになる為に長い時間、色んな勉強や経験を沢山したからね」


「年齢は?」


「十七歳」


「好きな食べ物は?」


「ん~特に無いわね。もちろん嫌いな食べ物も無いわよ」


 次々とありきたりの質問をしては魔女は何の変哲もなく答えていき、


「え、えーと‥‥」


 やがて質問は底をついてしまった。

 その魔女マギナとナツキの問答をはたで聞いていたツヨシが、ふと疑問に思ったことを口にする。


「なぁ、ヒカル。さっきから魔女まじょとか魔法とか言っているけど、なんだ? このお姉さんが、本当に魔法とか使えるのか?」


「うん、そうだけど」


「それって本当なのか?」


 疑念ぎねんに満ちた表情を浮かべているツヨシ。実際に魔女マギナの魔法を見たことが無いからこその言葉だ。

 だが聞き捨てならぬと魔女マギナがツヨシの方に顔を向ける。


「そうか、キミには魔法実演まほうじつえんを見せてなかったわね。それじゃ、私が美人で素敵な魔女であることを証明してしんぜようぞ!」


 そう言うと魔女は人差し指を立て、


「アジシィミシィオ・レズリティ(おのれの意志で動き、己の使命しめいを果たせ)」


 呪文を唱えつつ宙に円を描いた。


 すると壁に立て掛けられていたホウキが生き物のように動き出し、辺りをき始めたのである。

 そのかいな光景にツヨシは思わず椅子いすから立ち上がり、動くホウキの元へ駆け寄った。


「な、なんだ、これ? どうやって動いているんだ?」


 ツヨシはホウキの柄を持って静止しようとしたが、ホウキはそれに気にすることはなく己の使命をまっとうする為に掃くのを止めず、を持っていたツヨシはホウキの動きに引きずられて左右へと振られた。


「とまぁ、こんな感じよ。信じて貰えたかしら?」


 ツヨシは柄から手を離し、魔女マギナの方を見る。その瞳はキラキラとかがやいていた。


「すっげー! 本当に魔法なんだ。なぁ、魔女マギナさん。こういうのオレにも使えたりする?」


 ツヨシの言葉にナツキが反応する。


「そうです、それです! 私も訊きたかったんですよ。私も魔女さんみたいに魔法を使えるようになったり出来ますか?」


 思わずナツキも席を立ち、強くツヨシに同意した。

 魔女マギナはナツキ、ツヨシ、ヒカルの顔をゆっくりと見た後、口を開く。


「そうね。魔法は誰だって魔法を使えるもの。今のキミたちでも使える魔法があるはずよ」


「本当ですか?」


 ナツキが前のめりで魔女の言葉に食いついてきた。


「例えば‥‥。あ、ナツキは携帯電話を持っていたわよね。悪いけど、それを出して」


「あ、はい」


 言われた通りポケットから携帯電話を取り出すと、魔女が話しを続ける。


「その携帯電話はカメラ機能が付いているやつよね。ナツキはそれで写真を撮ることが出来るかしら?」


「はい、もちろん出来ますけど‥‥」


「ほら、ナツキだって魔法を使えるでしょう!」


「えっ!?」


 魔女のすっ頓狂な発言に、ナツキは呆気に取られてしまった。ヒカルの時と同様な挙動に、魔女は思わず一笑してしまう。


「それって、どういうことです? 写真を撮るなんて、誰だって出来る普通のことじゃないんですか?」


「そう? だったら、それをツヨシに渡して写真をって貰いなさい」


「あ、はい‥‥」


 ナツキはツヨシに自分の携帯電話を手渡して、写真を撮って貰おうとしたが、


「なあ、水原。これって、どうやってするんだ?」


「えっ! ちょっと、ツヨシ。そんなことも知らないの?」


「仕方ないだろう。オレ、携帯電話を持ってないし、こういう機械きかい系は弱いんだよ」


「たくね~。ここのカメラをアイコンをタッチすれば‥‥」


 現代げんだいっ子とは思えないツヨシの弱点に、ナツキはあきれつつもカメラ機能を操作説明そうさせつめいをする。二人の様子ようすを見つつ、魔女マギナは話し始める。


「ほら、使い方を知らないとカメラで写真を撮ることができないでしょう」


「それは普通のことなんじゃ‥‥」


「そう。知らないから使えないのは当然のことよ。キミたちが携帯電話やゲーム機といった魔法は使えるのは、その使い方を知っているから使える。つまり、それが何であるかを理解しているからよ。ナツキだって、初めてその携帯電話を手に入れた時に、難無なんなく操作することは出来たかにゃ?」


「やっぱり説明書せつめいしょとか読んだりして、使い方をおぼえました」


「でしょう。写真を撮る使い方を知っているから、写真を撮ることが出来る。つまり、ああやってホウキが動き出す方法を理解することが出来れば、動かすことが出来るのよ。魔法はいつだって理解出来ていない現象に対して付けられている言葉よ。こういう言葉を知らない? “人が想像できることは必ず人が実現できる”ものなのよ」


 魔女の説明にナツキは「なるほどな」と漠然ばくぜんではあるが納得なっとくする。


「それじゃ使い方とかを理解をすれば、魔女さんみたいに魔法は使えるということですか?」


「そういうことね」


 魔女はうなずき、物分ものわかりが良いナツキに対しての称賛しょうさんふくんだ微笑ほほえみを送った。


 かつて魔女はヒカルに魔法=機械ゲーム機と簡単に説明したことがある。機械の使い方を知らなければ、その機能を活用することは出来ない。


 ヒカルもこの手の話しは二回目なので、ある程度は納得できていた。ただ、ツヨシが首を傾げていた。


「ちょっとまだ理解りかいしきれていない部分もあるみたいだから、そうね。百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかず。ちょっと実践じっせんしてみましょうか。ここまで運良うんよく辿り着いたご褒美ほうびに、キミたちに何か魔法っぽい魔法を何でも教えてあげるわよ」


「魔法をですか!?」


 ナツキはより前のめりになり魔女に接近せっきんした。



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