-4-「魔女さん」


   ④



 昼食を食べ終えたヒカルは心にしこりを残しつつ、丸井洋介との遊ぶ約束やくそくを果たすためにゲーム機を持って丸井の家に向かっていた。


 伊河自然公園へと行き、いつもの通り近道をするために陽無ひなしの森を通り抜けようと足を踏み入れた時だった。


「‥‥あれ、なんだろう?」


 森の中を進む中、不思議な感覚かんかくが身体を駆け巡り、“何か”を思い出せそうだった。


「ここで誰かと逢った気がする‥‥? それで、ポルアを出して貰ったような‥‥。出して貰った?」


 その時だった。

 一人の女性がヒカルの前に立ちはだかっていた。


 差し込む僅かな木漏こもれ陽がスポットライトのように、その女性を照らし出している。


だれ‥‥?」


だれって、失礼ね。ちゃんと名乗なのってあげたでしょう」


 腰まである長い髮をなびかせ、透き通るように白いワンピースを着た女性はヒカルを知っている風だった。


「あら、もしかして忘れてしまったのかしら?」


「え、えっと‥‥」


 その女性には、なんとなくだが見覚えがあった。何度も頭をよぎった人物に似ている気がした。。

 しかし、名前を思い出せない。


 女性は口ごもるヒカルに対して、残念ざんねんそうな表情で静かに息を吐くと‥‥静かに背を向けてゆっくりと歩き出した。


「あっ‥‥」


 追いかけようにも、ヒカルの身体は金縛かなしばりにでもなったかのように動かせない。ただ口は動かせた。


 少しずつ遠ざかっていく女性の姿が蜃気楼のようにぼやけ始めたる。

 何かを言わなければいけない気がした。


 きっと女性の名前を。


 だけど名前を覚えていない。

 それでも何かを言って、呼び止めないといけない気がした。



『キミ、誰かしら? そもそもなんで、ここに居るの?』



 ここで、あの女性と出逢であった。



『あなたのお望みどおりに、ポルアというものを出してあげたのよ』



 魔法でポルアを召喚させてくれた。



『今よ、つかまえるチャンスよ!』



 一緒にポルアを捕まえた。


 ヒカルは立ち去っていく女性を見て、やっとここで起きた出来事が断片的だんぺんてきに思い出せたが、それでも女性の名前は思い出せない。


 女性の姿が幽霊ゆうれいのように透き通り、消えようとした瞬間――


『魔法使いと言われるよりは‥‥』


 ヒカルは思い出した記憶の中で、強く印象づけられた言葉を発した。


「ま、魔女さん!」


 その呼びかけに、女性の足がピタっと止まった。


「ん~、“魔女”さんね‥‥。それじゃ正解は与えられないわね」


 背を向けたまま答えた。


 魔女ではなかった。だけど、それに似た名前を教えてもらった記憶が呼び覚ました。

 再び女性が歩き出そうとした時――


「ま、ま‥‥マギナ、さん?」


 ヒカルが自信じしん無くつぶやいたのは、とっさに頭によぎった名前だった。


 女性は静止せいししたまま考え込む。


「‥‥まぁ、まったく間違っている訳じゃないし。大甘おおあまでOKにしてあげますか。そうよ、ヒカル。それじゃ約束やくそく通り、君の願いを叶えてあげるわ」


 そう言って女性は振り返ると高々に人差し指を立て、呪文を唱え出す。


「リィーダデズリアル・ミーダデズリアリィングル(彼の願う現実は、私の想う現実となる)!」


 指先から淡く青い光が発するとドーム状を形成けいせいし、やがて風船がふくらむようにどんどん大きくなって辺りを包んだ。


 すると、ヒカルの頭の中に漂っていたきりのようなモヤモヤとしていた気持ちが晴れ、目の前の女性‥‥魔女との記憶があざやかに蘇った。


「さて、これで完璧かんぺきに思い出してくれたかな?」


「う、うん。確か、この森で魔女さんと会って、ポルアを出してくれたよね!」


「その通り!」


「そして夏休みを、もう一度‥‥あっ! 魔女さん、本当に夏休みを‥‥」


「ええ、ヒカルが望む通りに今日は“七月二十一日”。夏休み、一日目よ」


 魔女・マギナの魔法によって、本当に時間が戻っていたようだ。


「どうやって時間を戻したの?」


「う~ん、説明するとね‥‥。簡単に言えば、時間は戻してはないわ。そもそも、時間というものは人間が勝手に決めた概念だからね。ちなみにさかのぼったのはヒカルの精神ね」


「????」


 魔女マギナが話す内容にヒカルは“?”マークが頭の中に浮かぶだけだった。


「まぁ、今は理解りかいできないでしょうから横に置いときましょう。確かなのは、今日が“七月二十一日”。夏休み一日目よ! さてと、それじゃ早速遊びましょうか!」


 マギナの無邪気むじゃきな笑顔に疑問は有耶無耶ウヤムヤにかき消さられてしまい、ヒカルも釣られて笑ってしまった。


「う、うん! それで何して遊ぶの?」


「そうね‥‥。それじゃ、あのゲームのモンスターを全部出してみましょうか」


 そう言うや否や、ヒカルが持っていた携帯ゲーム機を奪い取り、あの時と同じように呪文を唱え出すと、画面から強烈な光が溢れ出した。


「うわわわわわっっっ!」


 ヒカルの叫びと携帯ゲーム機が共振きょうしんすると、ドバーっと噴水のように噴き出しながらモニターから多数のモンスターが出現したのだった。

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