第1話 玲子、事件を語る

「――という話なんだが、林くんはどう思う」

「はあ?」


 曾根玲子の言葉に、わたしはしかめっ面をもって応じた。

 なんでいきなりこいつは、殺人事件の話をしているんだ? 

 木曜日の演劇部に相応しい話題ではない。


「いや、公園で死体が見つかったことぐらい新聞にも載ってるだろう? きみも興味があるんじゃないかと思ってね。親切心さ」

「いやいや、馬鹿を言わないでください。わたしは玲子さんみたいに、猟奇趣味はないんです」


 猟奇とは心外だなあ、と玲子は笑った。

 一応最後まで聞いてやったわたしへのねぎらいの言葉もない。


「そもそも、演劇部に来て唐突に人死にの話をされる、哀れな女子高校生の身にもなってください」

「ぬはは、演劇部と言ったって、活動する気のあるのが二人じゃあどうしようもなかろうに。名義だけ貸してる連中が来るとでも思っているのかね。演者に二人割いたら、照明も音響も残らないぜ」


 中学校に続いて高校でも演劇をやろうとしたわたしにとって、この高校を選んだのが運の尽きだった。

 顧問が自由放任主義なため、部活をやっていたという事実だけほしい連中が名前だけ置くのだが、誰一人まともに演劇しようとしない。

 部室に来るのさえ、私を除いてはこの奇人――曾根玲子だけである。


 曾根玲子。二年生で、十七歳。他に人材がいないせいで何の間違いか演劇部長を担っている。成績と容貌は優れているが、その性格から評判はすこぶる悪い。いかに容姿が優れようと、こうも常に人を馬鹿にしくさっている態度を好むやつはなかなかいない。


「演劇ができないにしても、人死にの話はないでしょう。不謹慎ですよ。ここは推理小説研究会じゃないんですから」

「『これまでわたしは人形遣いの糸に操られてきましたが、今はおのれの手でその糸を操りたい衝動を覚えています』」

「は?」

「『Xの悲劇』だよ、偉大なるバーナビー・ロスエラリイ・クイーンの。越前敏弥の訳した、元シェイクスピア俳優ドルリー・レーン氏の名台詞さ」


 玲子は、そんなことも知らんのか、と不遜に言い放った。

 普通は知らないだろ、とわたしは胸中で毒づいた。

 そのXの何とかを知っていたって、台詞をそらんじることは普通できないだろう。


「聴力の衰えで引退したレーン氏と、部員不足で演劇のできないわたしは似た立場にいると思わないかね」

「思いません」


 そりゃそうだ、と玲子は呵々大笑かかたいしょうした。

 この瞬間を写真に撮れば笑顔の素敵な美少女だろうが、生で見ると高笑いする奇人でしかない。


「まあ、事件の概要を説明してやろう」

「意味が判りません」


 こっちの話を聞いてくれ。そう思ったとき、聞いてくれた試しがない。

 今回も、わたしは辟易した表情を作ったのに、玲子は完璧に無視した。


「被害者は瑞川典那という。捷玉高校の一年生だった。父親の瀑布と二人で暮らしていたそうな。先日の朝、近所の公園で死体となって発見された。もう葬儀も済んだようだね」

「はあ」

「発見した人物は、糸浪硝子。手芸店というか、雑貨屋というか、そういう店の店主さ。朝に犬の散歩をしていて、発見したらしい。血みどろの公園を、さ」


 ありがちだね、と玲子は楽しそうに言った。

 捷玉高校は、この高校から徒歩三十分ほどの位置にある。同い年が被害者だからなのか、同情に似た曖昧な感情を抱いてしまう。

 が、玲子はそんな感傷に浸る暇を与えてくれない。なんてやつだ。


「で、現場の特徴だがね、ビーズが散らばっていた。いくつもいくつも、ビーズとテグスがね。――テグスってのは、ビーズ細工を作るときに使う紐みたいな物だと思いたまえ」

「釣り糸じゃないんですか」

「まあ、釣り糸にもテグスは使うね。この場合はビーズ細工に使われていたものだろうが。なに、林くんは釣りが趣味かい。渋いね」


 別に釣りが趣味でもないのだが、否定が面倒で、そのままにした。

 どうせ、すぐに忘れるだろうし。


 それにしても、ビーズ。

 ガラスやプラスチックからできた、鮮やかな装飾品。

 凄惨な現場に散らばっているには、似つかわしくない。


「死因は脳挫傷か失血か。要は、鈍器のようなもので頭を何回も殴られたのが原因だね。例えば、金槌とか。まあ、凶器はどうでもよかろう。地球が凶器のパターンでもないだろうし」

「は?」

「ついでに言うなら、被害者の持っていたはずの財布はなくなっていた。物盗りだからなのか、そう見せかけるためかは知らんがね」


 そこで一呼吸おいて、玲子は言い放った。

 造作の整った、しかし醜悪な笑みを浮かべながら。


 面白くないかい? ――と。


 わたしはため息をついた。


「人死にを面白がるほど、わたしの人格は劣悪はありません」

「その言い方では、まるでわたしがくずみたいじゃないか」

「違うんですか」

「辛辣だね」


 これっぽっちも傷ついた様子なく、玲子はふへへと笑った。

 だが、問題は倫理性だけではない。

 

「そもそも、これ探偵向きの事件なんですか? 吹雪の山荘でも、孤島の館でもない、通り魔的犯行でしょ?」

「容疑者が閉じ込められた数人だろうが、市内すべての人間だろうが、わたしにとっては変わりない。犯人を一人に絞ることは可能だよ。本格ミステリは館ものばかりってのも先入観だしね」


 なんという高慢な態度だろう。こういうやつには一度痛い目を見てもらいたいと思わないだろうか。

 わたしには何もできないが。誰か何とかしてくれ。


「というか、どうやってそんな情報を得たんです? 報道されてないところまで口走ってませんか? まさか玲子さんが犯人というどんでん返しですか」

「今どき、そんなオチもありがちで面白みがないな。理由は簡単だよ。わたしの父は県警のお偉いさんなんだが、ちょっと弱みを握っていてね。ちょっと脅して、色々と情報を流してもらったのさ」


 なんてことだろう。玲子は警察をも手玉にとっているというのか。

 わたしを含む多くにとって面倒なことになると当然予想されるので、なんとかして探偵ごっこをやめさせたいのだが、果たして可能なのだろうか。


「――仮に面白いんだとして、どうするんです? 警察情報から推理ごっこでもするんですか? なら聞き役ぐらいしてやらないでもないですが」

「まさか! わたし達も独自に捜査するんだよ」


 頭が痛くなってきた。玲子と話しているとよくあることではあるが。


「あの、可能だと思うんですか? わたしらは、一介の高校生ですよ」

「うん? 高校生だからこそのアドバンテージがあるんだが、気づいてないかい?」


 意地悪な顔で、玲子は出題した。

 わたしは間髪を入れずお手上げを宣言する。


「馬鹿なわたしにはさっぱり判りません。あるって言うなら、どうぞ、言ってみてください」

「きみの級友クラスメイトに、丘沙木知彁と火富柚雨って生徒がいるだろ」

「いますね」

「そいつらは、被害者――瑞川嬢のご友人だよ。出身中学が同じだそうで、古くからの友人らしい。捜査情報を聞き出して得た事実さ」

「え」

「中矢間杜樅という被害者の級友と、なんと第一発見者の姪だという同じく級友の糸浪馴子。その四人が、被害者と特に仲が良かったらしい。さて、ここで一つ頼みがあるんだが」


 まさか、この探偵気取りがわたしに話をした理由は――。

 ひとつの可能性に思い至り、暗澹たる心持ちになる。



「林くん、丘沙木と火富の二人に話を持ち掛けたまえ。友人の死の謎を解いてやるから、探偵に協力しろ、とね」


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