第37話「嘘」

「今日、春麗が訪ねてきたそうだな」

「……ええ、そうよ」

 やっぱりバレてる……楓花は貼り付けた笑顔を琉樹に向けながら、胸の底がぞわぞわっとするのを感じていた。

 お向かいの家の築山にある亭台で、いつものお茶の時間である。

 慌てて帰ってきて、お茶の支度を始めてすぐ、計ったように三人が帰ってきた。走って帰ってきてよかった……こっそり額の汗を拭きながら、登ってくる三人に手を振ったのはついさっきのことだ。

「何で言わないんだ」

「何でって――みんな一仕事終わって帰ってきたばかりだし、一息ついてからって思っただけ」

 お茶を配る態を装って、さりげなく琉樹からの目を外す。そんな楓花を琉樹は肩越し振り返って、

「――おまえ、余計なこと言ってないだろうな」

「言えるわけないでしょ!」

 勢いよく振り返った、だけでなく大きな声まで出してしまい――目の端に留まった志均の姿にハッとする。しかしいまさら取り繕いようもない。

「だって……」

 いまさら声を潜めながら、楓花は昨晩、元弘寺からここに戻ってからのことを思い出していた。


                  ◆


「ええっ、と、賭博っ!?」

 驚きの余り身体が跳ねてしまい、卓上の茶碗がガチャンと鳴った。幸い、この展開を予想していたとしか思えない素早さで隣の志均が茶碗を押さえたので、倒れることも中身が零れることもなかった。

 普段なら「すみませんっ!」とあわあわするところだが、楓花は斜め向かいに座る琉樹を見たまま硬直していた。

 折しも夕食が終わり、用意された食後の茶で一服したところ。

「それであの、物々しい門番なわけだよ――柳のヤツ、外に賭場を作るだけでは飽き足らず、自宅まで賭場にしちまうとはな。おおかた外で知り合った『見込みのある客』だけを招待する秘密の場なんだろう。すっごい暴利といかさまが横行してそうだ」

 琉樹の言葉を何度も反芻して――混乱する楓花はこめかみを両手で押さえながら、

「ちょっと待って。知り合いの保役(保証人)って話は?」

「そんなの嘘に決まってるだろ。本当なのは、張青には多額の借金があるってことだけだ」

 息を呑んで青ざめる楓花に対し、琉樹は別段顔色を変えることもなく茶を啜っている。その間を補うように、志均が口を開いた。

「ご近所の方の話では、最近は閉門後も家に居ないことが多いそうです。どうやら春麗さんのところに通っていると話しているようですが……。それと北市帰りに、楽水の北岸を東に向かっていく彼の姿を見た方もいました。暮鼓が鳴っているのに城市の外れに行く姿を不審に思って、後日会ったときに訊いてみたら『春麗と喧嘩したので気を落ち着かせるために水辺を歩いていた』とのたまったそうですよ」

「そんなところにまで春麗さんの名前を出すなんて……」

 呟く珪成の声には、明らかに非難の色が滲んでいる。

 三人の様子からして――これはどうみても間違いではないようだ。楓花はその事実をどうにか受け入れようとしつつ、「じゃあ、どうするの?」そう琉樹に訊く。

「それはこれから考える」

「ええ、他にも気になるところがありますし」

「どう考えたってヤツが『見込みのある客』には思えないしな――ところで……」

 その後、男三人はなにやら話をしていたが、楓花の耳にはあまり入ってこなかった。あのとき、この部屋で隣に座り、ただただ目に涙を浮かべていた春麗の姿が思い浮かんできて――息が詰まりそうなくらい、胸が苦しい。


                 ◆


「で、今日はどんな話を?」

 その声に、楓花の意識は引き戻された。

 声の主に目を向けると、琉樹が腕を組んで温度のない目で自分を見上げている。こういうときの大兄は自分に物申したいときだ――楓花は奥歯を噛み締める。

 ひそかに深呼吸をして――どんなときでも騒ぎ立てるなと義母によく言われることを思い出しながら、できるだけ平静を装って答える。

「何か分かったかって訊かれたけど、私は何も知らないって――ただ女性がいた方が話しやすいだろうから呼ばれただけで、今回の話には一切かかわっていないって言ったわ」

「揃って出かけたそうだが?」

 そんなことまでバレてるなんて……僅かに息を呑んだ。だが、

「家まで送っただけよ。あんまり気落ちしているから、心配になって」

 そう、行き先は彼女の家。

 だが途中で寺に寄った。彼女を励ましたかったのだ。今日は天気も良かったので、境内はそれはそれは賑やかだった。このころ大寺院は境内を開放しているところが多く、露店や戯場が立ち並んで、人々の憩いの場となっていた。

 春麗と二人、共に戯場で繰り広げられる軽業に驚き、火吹きに目を奪われ、芝居の感想を述べ合いながら露店でお茶をして――別れるころには春麗の顔色も随分よくなっていて、ほっと息を吐いた。


 なんてことは、確実に言えない。


「いいか小妹。春麗に不必要に関わるなよ。今度訪ねてきても、あんまり話し込むな。家には鈴々に送らせろ。――下手な同情は話をややこしくする。おまえはそういうの得意だからな」

「……」

「返事は?」

「……はい」

 また遊びに行こうと約束してますなんて――絶対に言えない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る