第27話 武人の魂

75・霊門縛鎖と神魔封滅


「次の決戦では、また不届き者が術の行使に及ぶかもしれぬ。それを封じる法があるのだが、いかがいたそうか?」


 そうシェーファーに相談されたのは、解放軍がザイラスにあと3日ほどのところに差し掛かった時である。シェーファーによると、禁術[霊門縛鎖]は神的霊的なものにつながる道を封じ、一時的にだが神霊術の行使を不可能にするものであるという。ただ、これは敵味方を問わずに効力が発揮されるため、テアやシェーファーらも神霊術が使えなくなってしまうのだ。


「そのお話を聞きますと、ユージェにいた頃を思い出しますわね。わたくし達も[神魔封滅の法]には苦慮いたしましたものですから……」


 実はユージェにも同じような効果を持つ秘術があった。しかしそれは神霊術だけでなく魔術にも及び、神も魔も封じるという意味を込め[神魔封滅の法]と呼ばれた。奇跡の御業がごく当たり前のこの世界において、それに頼らず戦争に臨むというのは助かる命も助からないなど相当な覚悟が必要だったが、ハイディン一門衆はその奇跡の御業を自ら封じ、人の力のみを頼りに死も恐れず果敢に攻めかかることで、南西部最強集団の地位を手に入れた。火の玉に例えられたその軍団は「燃やし尽くすか、さもなくば燃え尽きるか」を合言葉に突撃し、御業に頼り自己の鍛錬をないがしろにした術師たちを術の無効化領域でことごとく斬り伏せていったのだ。もちろんテアらのウルス氏族も、例外ではなかった。


『そのようなこともありましたね。それはともかく、お申し出は感謝いたしますが、今回は我らのみの力で当たろうと考えております。その理由はと申しますと……』


 フレッドが最初に挙げた理由は、先の戦いで雨や霧などに頼る戦いをした以上、また術に頼ることには否定的な思いがあったことである。最初の戦いは明らかに不利な状況かつ、負ければそこで終わりという条件も重なっていた。しかし今は実働数でこそ見劣りするが、その他の条件は民衆の支持を受けた解放軍が有利な状況にある。術に頼らずとも、戦いようはいくらでもあるのだ。


『それに今後、我らの戦が奇跡の御業ありきに思われても困りますしね。この戦いが終われば、シェーファーさんたちも中央山脈に戻られるのでしょう?術師がいなくなったらもう戦えない……では困るのですよ。』


 次に挙げた理由は、敵の心を挫くためには相手の切り札を粉砕するのが効果的と考えたからだった。ザイール全土から敵と見なされた州軍はザイラスに引き籠り、ザイラスまでやってきた解放軍を討ち果たした後に改めてザイールの覇者であることを宣言するのだろう。決戦は州都ということになるが、そこで「道」が開かれる可能性が高いとフレッドは読んでいた。


『ザイラスに籠り、解放軍が布陣を終えた段階で「道」を開き、混乱しているところを討つ。彼らがミツカでやったことを鑑みるに、あれを利用しない手はないと考えるだろうと思います。一度うまくいっていますし、何より失敗したところで何の損失もない、出した者が特をする策だと考えているでしょうから。まあ実際「道」から出てきた怪物が討たれたところで彼らに痛みはないんですが、今回はそれを利用させていただきましょう。』


 最後に挙げた理由は、戦後のことだった。戦いが終われば、その後の統治はとりあえず解放軍主体で行われることは明白であるものの、主導権を握ろうと画策する者も少なくはないはずである。戦いが終わる前に、解放軍を敵に回すのはリスクが大きいと知らしめなければならない。対峙している州軍にではなく、今は味方の側にいる面々に対して。


『そのためにも「道」を開かせ、それを完膚なきまでに叩き潰し敵と、敵に回る可能性がある者の心を打ち砕きます。ただ「道」の出現位置などについて予測を立てたいところですが、あれについての情報をいただいてよろしいでしょうか。』


 シェリーによれば、あの「道」は複数を近い場所に重ね合わせて出すことはできないという。重ねるとお互いで繋がり、こちらに出てくることなく対消滅するからだ。


「ほかにいい例え方が思いつかないので、もし気分を害しましたらごめんなさい。例えばヘルダ村に害を及ぼすとしたら、あれは1つしか開けません。ミツカという街に私は行っていないのですが、さぞ大きい所だったのでしょうね。街の中に3つも開いたのですから……」


 では、部隊を密集隊形にしておけば開くのは1つ限りか……その情報を得たことでフレッドの頭の中ではすでに方針が固まり、それを幹部らに伝える。


『今回は小細工なしの正面決戦です。ザイラス正門に密集隊形で陣取り、敵が「道」を開くまで待ちます。動かなければ「解放軍を恐れ隠れている領主に統治者の死角なし」とでも触れ回りましょう。あの自尊心だけは人並み以上ありそうな人物のこと、何らかの動きをみせるでしょう。仮に「道」を使わず打って出てきたなら正門前を重装兵部隊で抑え込み、出てきた敵から釣瓶撃ちにでもしてやればいいと思います。』


 正面決戦と聞き沸き立つブルートやウォルツァー団長らだが、フェルミ団長が「道」への対処法を聞きフレッドが返した答えを聞くと、それが思いも寄らぬものだったゆえ言葉を失ってしまう。


『中に入っていって塞ぐのは簡単なんでしょうけど、それでは中に入っていない人には見えませんからね。ですから出てくる連中を片っ端から叩き潰しましょう。もう出てこなくなるまで、しかも目立つ形で。』



76・原初の「人」


「俺はザイール解放軍を率いるブルート=エルトリオだ!領主ゼニス=キーヴォ、すでに貴様の命運は尽きた。潔く投降しても助けてはやらんから、せめて自害でもしろ。そのほうが面倒がなくていいからな!」


 州都ザイラスの正門前に凹形陣での配置を終え、ブルートの名乗りから戦いが始まった。門から出る敵を凹のへこみ部分で受け、左右の突出部分から半包囲状態で攻撃を行うことが目的のように見えるこの陣は、実のところ別の目的があった。


「本陣が見えるように凹陣を敷くことで、真正面に「道」が開くよう仕向けるというわけか。ザイラスの城壁にいる奴らにもよく見えて、あちらにしてみりゃ絶好の位置関係だな。もし「道」が開くだろうと予測してなかったら、大慌てだったろうに。」



 フレッドは凹陣のへこみ部分を怪物たちと戦うための、いわば闘技場とすることを提案した。ここで怪物たちを打ち倒し、切り札である「道」も役に立たないと思い知らせ、そのような力がある解放軍を敵に回すのは得策ではないと思わせる。しかしそれには、解放軍でも主要な立場にある者が戦う必要があった。


『初戦は約束通り見ているだけだったのですから、今回くらいはいいじゃないですか。それに先ほどもご説明しましたが、ここは幹部が戦うことに意味があるんです。ブルートさんは大将なんですから最初に出るなんて論外ですし、そうなると私が戦うのがいいと思いますよ。今回は竜にも乗れますし、まあ見ていてください。』


 戦いは目的を達成するための手段であり、戦い自体を目的にしてはいけない……というのがフレッドの主義だが、今回は彼が戦うことで目的の達成が容易になるとの思いもあり、頑として譲らなかった。


「よし。ならば前回は留守番でつまらぬ思いをしたワシにも戦う権利はあるという訳じゃな。幹部ではないが、その父親なら与える印象はさして変わらんじゃろう。それに「人喰い」などと呼ばれたこの身も、異界の怪物を喰ろうたことはなくての。正直のところ、興味があるわい。」


 テアはフレッドを説得してもらおうと考えハゼルに相談を持ち掛けたが、相手が悪すぎた。ハゼルはフレッドよりも純粋な武人であり、戦いを目的にしている節もあった。異界の怪物を倒して相手の戦意を挫く……と聞けば自分も参加すると言い出すに決まっていたのだ。


『……父さんがいれば「派手な戦い」になることは間違いないですからね。本当はご自重していただきたいところですが、自重しろと言われている私がそう言っても説得力皆無でしょうから諦めます。』


 こうして親子は戦場に並び立つこととなった。フレッドは騎乗し槍状態にしてある龍ノ稲光を携え、ハゼルは手槍や食料、酒を満載した荷車を横に置き仁王立ちで待ちかまえる。彼らの眼前には、異界へつながる「道」が開かれていた。



「なかなか出てこぬのう。ここは一つ、我らで名乗りを挙げ怪物どもを呼び込んでみるか?言葉は通じずとも、気迫は伝わろうて。」


 眼前に異界への狭間が出現してから幾ばくかの時が流れたものの、怪物の姿は見えない。もしや怪物がいない場所に繋がるハズレの「道」だったのでは……と不安になるフレッドに、ハゼルが後ろから声を掛けた。


『そうですね。相手が怪物であろうとも、戦う相手に名乗りを挙げるのは我らにとって戦場の礼儀でもありますし。ではまず、私から参ります……』


 そしてフレッドは城壁で見物している兵士にも届くような大声で名乗りを始める。リリアン始め多くのヘルダ村の住人が、ここまでの声を上げるフレッドを見るのは初のことであった。


『是にあるはヘルダのフレッド=アーヴィン!』

「同じくヘルダの、ハゼル=アーヴィンである!」


『聞こえておられるか、異界の招かれざる客人たちよ!卿らのお相手は我ら両名が努めさせていただく所存なれば!!』

「いざ来りて、ともに生死を分かたんことを欲す!腕に覚えのある者、名を挙げんとする者あらば我らに挑めぃ!!」


 息が合い、気迫も籠ったその名乗りを受け、戦場にいた人々は言葉を失う。しかし言葉を持たない者たちにとっては、獲物の存在を知らせる音にしか聞こえなかったのだろう。まずは低空を漂う巨大羽虫が姿を現す。それまで「道」に踏み入ったことのある者ならよく目にする型だが、大半の人々にとってそれは初めて目にする異様な姿である。陣の各地で動揺の声も上がってしまっており、この時点では「道」を使う州軍の策は当たっていた。


『父さんといえどもこれは譲れません。一番槍は私がいただきますよ!』


 そう言うやフレッドは竜を一直線に羽虫へと向け、真正面から対峙する。ハゼルは先に手槍で貫こうと思えば貫けたが、さすがに大人げないと思い息子の背を見送った。羽虫もフレッドに気付き巨大な顎を向けるもそれは空を切り、通りすがりに突きから斬り返しの連閃を受け真っ二つになって果てる。それを見た陣の人々からは歓声が上がった。それに呼ばれたのか、次に現れた地を這う大型の虫も出てきた直後ハゼルに貫かれ、またしても歓声が上がる。こうして親子は出てくる虫を宣言通り片っ端から叩き潰し、その戦いぶりは次第に城壁から見ていた州軍をも魅了した。


「おう、いいぞ!怪物どもなんかに負けるんじゃねぇ!」

「……お前、あいつらは敵なんだぞ?敵を応援してどうするってんだ。」

「敵って言うが、あの話も通じない異界の怪物が味方で……同じ世界の人間が敵っておかしくねぇか?」


 州軍の中にも「ミツカの一件はさすがにやり過ぎ」と考える者は多く、悲劇の発端となった「道」や怪物に対して否定的な見方をしている者が多かった。抱え込んだそれらの思いを、敵であるはずの同じ人間が晴らしてくれている。城壁で見ている兵士たちに厭戦気分が蔓延していくのに、それほどの時間を必要とはしなかった。



「まず攻めるべきは心で、武器を交えるのは最後の手段……あいつが言っていたのはこういうことか。ただ戦うのではなく相手にその気を失わせ、戦わないで済むように仕向ける。見ろ、城壁の奴らを。あいつらもフレッドたちを応援してるぜ。」


 本陣からフレッドらが戦う「闘技場」を見下ろす形で観戦しているブルートは、思わずそう呟く。仲間を呼びにやったのか、それとも話題となってザイラスを駆け巡ったのか、城壁でフレッドとハゼルの戦いぶりに沸く観戦者は徐々に増えていく。そしてフレッドの技やハゼルの力に魅入り、新たな信奉者となっていくのだった。しかしその歓声も、ぴたりと鳴りやむ。数々の巨大化生物を討ち果たしたフレッドらの前に、それまでとは違う怪異が姿を見せたのだ。


『これは懐かしい方に出会いましたね。もっとも、あの時の方なのかそうでないかの判別は付きませんが。とりあえず、お久しぶりですとでも言っておきましょう。』


 出現したのは血生臭い赤い粘液に覆われた奇形の巨人・レヴァス=マーダであった。体が粘液で覆われている間は異様なまでの再生能力を誇り、内在する生命力は首を刎ねられてもなお生き続け、再生するという危険な種である。フレッドはかつて「道」に入った時にブルート一行らと共にこの敵と対峙し、追い込みはしたが討ち果たすことなく「道」の崩壊により勝負は水入りとなったことがある。


「お前には奇妙な知り合いがおるのじゃな。あそこで見ているティルアリア殿らの取り乱しようからして、こ奴はなかなかに面倒な相手らしい。さて、これまで通りとはいかぬかもしれぬがどう戦う?」


 ハゼルにそう言われ、フレッドは手短に以前の経験談を話した。ハゼルは酒を飲み、騎竜は水を飲み、フレッドも果実を口にしながら戦術を話し合うも、自分たちにできることは最初から決まっている。


『我らは神にも魔にも頼らず、縋らず、ただ人の力のみを信じ戦うものなり。武人の覚悟と矜持、今ここに形を成さん!』

「ワシらがお主を燃やし尽くすか、それともワシらが燃え尽きるか。これまでの人生で出会うことのなかった怪異を前に、年甲斐もなく滾ってきたわぃ!」


 二人は周囲の動揺もどこ吹く風といった様子で、レヴァスと対峙する。彼らハイディンの武人にとって戦いとは人の命の輝きを見せる場であり、自己の積み重ねた研鑽を見せる場でもある。そこには敗北や死の恐怖もなく、及べば勝ち及ばなければ負けるのみというだけであった。敵が強大であればあるほど、危機になればなるほどその戦意は燃え上がる、真正の戦士だった。


『前回は首を刎ねましたが生きておりました。再生に下半身を使い、上半身に異形の頭部という出立で戦いを終えております。そこから察するに、おそらく上半身のいずこかに心の蔵のような、命の輝きを生む何かが存在するのでしょう。それを打ち砕けば、あるいは……!』


 フレッドの読みは「頭と下半身以外のいずこかに命の源がある」というものだった。上半身といっても腕は引き抜いて武器にするほどである以上、大切な部分とも思えない。狙いは胴体の上半身部分だった。


「ワシは準備を整えてから向かうとしようか。それまではお主に任せておこうかの。色々と試してみてくれ。」


 そう言うとハゼルは食料に手を付ける。これから膨大なエネルギーを消費することは確実で、しかもそれがいつ終わるかも読めない。胃に詰め込めるだけ詰め込んだハゼルは荷車の隅の方に置かれた、布でくるまれた棒を引き抜き布を剥ぎ取ると、黒色の長槍が姿を現す。そしてそれを手にし、自らレヴァスの方に悠然と歩き始めた。


『人でいう心臓のあたりを貫きましたが効果なし。胃のあたりも効果なし。右脇と左脇腹付近も無効のようです。ただ、喉元のあたりだけは二度も腕で防がれました。怪しいのはここらでしょうか?』


 フレッドはレヴァスを中心に弧を描くように竜を走らせ、攻撃の空振りを誘いつつ上半身に攻撃を加え続けた。時に寄せては攻撃を誘い、時に離しては攻撃を避け、走る勢いをそのまま生かし刃を滑らせるようにして肉を切り裂き、スキがあれば竜を反転させると同時に龍ノ稲光を突き入れ貫いた。相手が人間であればもちろん、人より遥かに打たれ強いヴェラタスクのような大型の害獣でも絶命し得たであろう猛攻だったが、レヴァスはいまだに健在であった。


「まずは動きを止めるか。緩慢といえども動かれては、ワシではうまく狙えんわ。少し離れておれ!」


 フレッドに気を取られ背を向けているレヴァスに、ハゼルは身を翻しながらの回転薙ぎ払いを加える。狙った場所は上半身だったが、実際に当たったのは腰のあたりであった。力を籠めるほど大振りになるその攻撃は投擲時の正確性こそ持ち合わせていないが、破壊力については申し分なかった。岩を砕くような鈍い音が鳴り響くと同時にレヴァスは腰から両断され、上半身と下半身とに分かたれたのである。


「本当に……不死の怪物なのじゃな。これほどの手応えがあっても四散せず、しかもなお生きておるというのか!」


 ハゼルは思わずそう口にし唸ってしまったが、戦いを見守っていた人々に言わせれば「おかしいのはあんたも一緒」ということになるだろう。いくら背後からの不意打ちとはいえ、レヴァスの胴は人に両断できる太さには見えないものなのだ。


「おっと、切れても放っておいては繋がってしまうんじゃったな。だが、そうはさせぬ。今しばらくワシに付き合うてもらおう!」


 切れた上半身の肩口あたりから突き入れ、腕ごと胴にまで貫通した槍を持ち上げると、レヴァスは釣り上げられた魚のように宙へ浮いた。すると繋がる可能性がなくなった下半身はみるみるうちに活力を失い、動かない巨大な肉片となり果てる。


『やはり活力源は上半身のいずこかに。心臓より上、首よりは下……あれか!?父さん、どうかそのままで!』


 ハゼルが串刺しにしたおかげでフレッドには観察する時間が与えられ、レヴァスが攻撃を防ごうとした唯一の部分あたりに気を配ると、喉の付け根あたりに脈動する瘤のようなものが見受けられる。よくよく見れば体の他にはどこにもない独特のものであり、フレッドはその違和感に賭けることにした。


『いざ往け、戦に果てし魂の還る場所に!燃え尽きる異界の魂が迷い得ぬ、眩き天への光路を指し示せ!……其は龍ノ稲光。その名の如く、一条の閃光とならん!!』


 フレッドの「たとえ異界の魂であっても迷わず天に還ってほしい」という願いは、龍ノ稲光の内にも響くものであった。この戦いで龍ノ稲光は多くの命を奪い、その大半の魂は「道」にすら戻れず元の世界には帰ることも叶わない。それがもし自身であったなら、もし「道」の中で主の手を離れ取り残されてしまったなら、それは辛く悲しいことだと思った。ゆえに魂をせめて迷わず天に還したいというフレッドに、全力で応えるのだ。



「……世界の成り立ちについてはもちろん知っているだろう?原初の「人」は第3界に生まれたが、その世界に奇跡の御業は存在しなかった。しかし「人」は栄華を極め神にも手が届くほどの力を手にしたものの、その使い方を誤り自ら破滅した。それを戒めとして生まれた第4界では、「人」は天敵を抱えながら奇跡の御業は得られなかった。最終的に「人」をはじめ知的生命はすべて滅ぶも、苦難の中において「人」だけは最後まで抗い続けたという。そして第5界の我々は苦難に立ち向かえる力……奇跡の御業を手に入れた。しかしここには、それに頼ることなく己の内にある力を信じて戦う者たちがいる。かつての「人」とは、もしかしたら彼らのような者たちだったのかもしれんな……」


 シェーファーの独白を聞きながら、シェリーもその意見にうなずく。眼下では2人の男たちが異界の怪物レヴァス=マーダと戦い、奇跡の御業に頼ることなくついに勝利した。フレッドの意思に共鳴した龍ノ稲光の一撃は瘤を切り裂き、再生の制御機構たるそれを破壊されたレヴァスは膨張を繰り返した結果、破裂し爆散した。その瞬間に沸き上がった歓声は敵も味方もなく、ただ人が異界の怪物と真っ向から勝負し、勝利したことに対して向けられたものだったのである。

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