第2話 人と器の力が生み出す術

5・来訪者、去って


 男が立ち去った後、まき小屋を教室として開放してくれている宿屋兼酒場「酔いどれ羊亭」で軽く昼食を済ませたフレッドは、今後の生活について考えずにはいられなかった。今回は幸いなことに敵対的な人物ではなかったが、ユージェ統一の立役者たる彼の存在を好ましく思わない人物は少なくない。それにフレッド自身に対しては敵対的でなかったとしても、村の人々にもそうであるかは別問題なのだ。村人なり子供たちなりを人質に取り、要求を飲ませようとする不行届者が現れる可能性もある。


『やはり留まり続けるのは得策ではない……か。しかし父さんも母さんもここ気に入ってるんだよなあ。』


 ユージェ統一連合が正式に発足したのは約1周期半ほど前、L1022育成期が終わりちょうど収穫期も間近という頃だった。その半周期前くらいには新統一軍の編成を終え、次代に引き継ぎを終えたのちに国を去ったので、フレッドが両親を連れあてのない旅に出たのは2周期ほど前のこととなる。休眠→開墾→育成→収穫→休眠……と繰り返される4つの期間を1周期とし、各期間はおよそ100昼夜で過ぎるとされるため、1周期は約400日となるが、最初の300日はまだユージェ領内ということもあり、引き留めの嘆願者や暗殺者が絶えず押しかけるという苦難の連続であった。


(私の我儘で流浪の生活をさせてしまったのに、ようやく腰を落ち着けたこの村から1周期で出ていこうとも言いにくいし。困ったものだね……どうしたものか。)


 もっと皇国本領に近づけば、ユージェの手の者も入り込みにくいかもしれないが、フレッド一家の正体が発覚する恐れも高まってしまう。皇国への協力を取引材料に使えば安全は確保されるが、そうまでするほどユージェを憎んでいるわけでもない。むしろ、いまユージェで主導権争いに興じている連中なんかよりはよっぽど祖国を愛してもいる。それゆえに、フレッドはなかなか答えを導きだせないのだった。


『結局、私はどっちつかずの流れ者というわけか。何かを、誰かを裏切ったつもりはないが、そう見えてもおかしくはないな。』


 そうため息まじりに独白したところで、扉を叩く音が聞こえる。予期せぬ来訪者の件もあり、物思いに耽っていたフレッドは昼食の後に講義を再開する約束をすっかり忘れてしまっていたのだ。


「先生?もうみんな集まっていますよ。どこかお加減でも悪いんですか、先生~」


(この可愛らしくも元気な声はリリアンだな。年長者としてみなを代表し呼びに来たのか。私事で、余計な手間をかけさせてしまうとは全く情けないね。早く切り替えねば。今の私はヘルダ村のフレッドなのだから……)


「わざわざありがとう、リリアン。ちょっと次の講義の用意に手間取ってね。すぐに行くからみんなにもそう伝えておいてくれるかい?」


 は~いと元気な返事をしつつ遠ざかる足音を聞きながら、フレッドは急ぎ準備に取り掛かる。用意に手間取るどころか、そもそも次の講義のことなどすっかり忘れて用意すらしていなかったのだから、よくもまあスラスラとあんな噓を吐けたものだ……と思わずにはいられないフレッドだった。



6・道具の力を活用する叡智の法


『遅れてすまなかったね。それでは早速、次の講義を始めるとしよう。次は、みんなもよく知っている[魔術]について説明するよ。これは魔道具を用いて様々な現象を引き起こすもので、魔道具とそれの使い方さえ知っていれば誰にでも使うことができるのが特徴だ。一方で、その魔道具を作れる魔導士の数には限りがあり、それでいて誰にでも使えるため需要は多いという不均衡さゆえ、ごく簡単な魔道具を除くと非常に高価という欠点がある。』


 そう説明しながら、フレッドは懐から一本の短剣を取り出す。質素だが綺麗な装飾が施されたその鞘を見れば、安物でないことは子供たちの目にも一目瞭然であった。


『これは昔、ある仕事を果たした時に依頼者から報酬としてもらったもので、実はこれも魔道具なんだ。秘められた効果は「永遠継続の閃光」と言って……鞘から抜いてしばらくは刃が光るだけなんだけど、暗い所での探し物とかでは役に立ったりする。刃は光っているしなんとなく強そうに見えるかもしれないが、武器としてはただの短剣で大した業物でもない。もっとも、だから報酬に出しても惜しくはなかったんだろうと思うけどね。』


 そう言いながら剣を鞘から抜くと、確かに刃が光っている。ただし[閃光]には程遠い、うっすらと光を帯びるといった程度のものだったので、派手な閃光を目の当たりにするだろうと期待していた子供たちも明らかに失望していた。


『もっとすごいものを期待していたようで、がっかりさせてしまったかな?ただ、この剣の名誉のために一つ言い訳をしておくと、光の強さは調節ができるんだ。全開の光を出してはみんなの目にもよくないから、今回は光を抑えたんだよ。』


 隠していることはそれだけでなく、実は効果に[永遠]と入っている品は使用回数に制限がないかなりの逸品なのだが、それは伝えないでおくことにした。そういうことはもし魔術の道に進むなら、いずれわかることなのだから。


『魔術は誰にでも使えるが、魔道具は基本的に人の手により無から生み出されたもの。つまりそこに、霊的なものが宿ることは極めて稀だ。それだけに魔道具は神霊力の行使にも悪い影響を与えるから、神霊術の使い手は魔道具を持つことを避けている。可能性が皆無というわけではないけれど、魔術と神霊術は並び立つことがない……と考えていいね。』


 「だから私も、短剣を使うための魔術は使えても神霊術にはまるっきり縁がないのさ」と軽口を叩きつつ一呼吸おいてから、魔術に関する講義の締めに入る。


『いずれ君たちも、自分がより多く使うものの知識を学んでいくのだろうと思う。努力は必要だけど道具の準備などの負担はない神霊術か、道具にかかる負担こそ多いが扱いの簡単な魔術か。自分の将来や家庭の環境なんかも含めて、いろいろ考えてほしい。どちらが上とか下というのはないから、そこはよく覚えておいて下さいね。』



7・人の意思が持つ根源的な力の法


『さて、最後は思念術だね。これは誰にでもある、可能性の力とでも言うべきものだね。神霊術や魔術に比して思念術と呼ばれてはいるけど、その二つと比べても実に捉えどころのないものなんだ。ちょっと難しい言い方だけど、[概念]という言葉が一番しっくりくるかな。』


(うん。子供たちの顔を見る限り、明らかにピンと来ていない。それも無理はない話だけど、思念術は若いうちに理解するほどより大きな力となる可能性が高い以上、どうにかして理解してもらわないといけないんだが……さて。)


『しっくりは……こないか。あ、そうだ。例えばオリオのお爺様、名工と名高いオライオ殿はこの村一番の鍛冶屋で、ザイール辺境州でも有数の腕前だと聞く。でも以前にお話を伺った際、若いころは鍛冶の何たるかも分からず目の出ない日々を送ったと聞いた。オリオ、それで間違いないかな?』


 オリオという少年がうなずいてその話を肯定すると、フレッドはこの話を使って思念術の考え方を伝えることにした。身近な人の例を挙げるほうがいくらかマシだろうとの判断からだった。


『ではもし、オライオ殿が若いころに鍛冶屋の道を諦め、別の仕事を探していたらどうなっていただろう?ヘルダ村一の鍛冶屋は誕生せず、名工として辺境州に名を轟かすこともなかっただろうね。でも、そうはならなかった。それはオライオ殿が「どれほどの苦境にあっても鍛冶屋の道を諦めない」という不屈の意思を持ち、自分の可能性を信じぬくことができたからなんだろうと思う。』


 腕のいい職人にありがちな、頑固一徹な部分もあるオライオは子供たちにとって「気難しくて怖いおじいさん」という印象を持たれているが、彼の作る刃物や農具が村人の生活を支えているものであることくらいは子供たちも実感として理解している。身近な偉人の話を例にしたフレッドの作戦は功を奏したようだった。


『だからこの[思念術]というやつは、どれだけ強い思いを持てるかが重要になる。でも、人によって想いの抱き方が違う以上、誰かに使い方を教わることはできない。別の誰かに、別の誰かのやり方で思いを抱かされるとしたら、それは自分の意志ではなく強制されたものだから、そんなものが大きな力を生み出すことはないんだ。』


 基本的な考え方の部分は伝えたが、やはり神霊術や魔術と違い「目に見えにくいもの」であるため、子供たちの反応はやや薄い。オライオという実例を挙げはしたが、まだ人生の経験も少なければ未来に思いを馳せる年齢でもない子供らにしてみれば、オリオのおじいさんは「成功しただけあってスゴい人なんだ」くらいにしか思えないのも無理はない。やはりこの場で、子供たちにも分かりやすく何かをやって見せるしかないのだろう。


『それじゃ今日は最後に、少しまき割でもしようか。いつもここを貸してくれる羊亭に、少しお礼をしないといけないからね。リリアン、何人かと一緒に倉庫からまき割用のナタをいくつか持ってきてくれるかい?この家の子である君に行ってもらうのが一番いいだろうから、手間をかけるけどよろしく頼むよ。』


 思念術の話が唐突に打ち切りとなったので、違和感を感じている子も幾人かいたようではあったが、座りっぱなしだったため体を動かせるまき割は願ったりということなのだろう。いつもであれば親の言いつけでしぶしぶまき割をする子も、この場では喜んで外に出て行った。



8・想いの力を形に変えて


 リリアンらが持ってきたナタは4本、うち一つは錆びて使い物にならないため子供らは3組に分かれ順にまきを割っていった。フレッドはというと、錆びたナタを手にし赤錆びまみれとなった刃を眺めつつ何かを考えているようだった。「先生サボりだ~」などと子供たちが笑いながら作業をしているのを横目で見ながら、意を決したように口を開く。


『みんなはこの錆びてしまったボロボロのナタで、きれいにまきを割ることは出来ると思うかい?』


 案の定「ムリムリ~」「できっこないよ~」など、可能性を否定する発言が相次ぐ。辛うじて残る鋭角の部分を木に食いこませ、力任せにへし切れば強引に木を割くことはできるかもしれないが、錆び付いた刀身を考えれば条件となる「きれいに割る」というのは無理と考えるのが自然だったからだ。


『では試してみようかな。そこに木を置いて、少し離れて見ていてくださいね。』


 フレッドは木を前にして仁王立ちになら、大上段にナタを構える。ナタはそもそも刃の鋭さで対象を切り裂く道具ではなく、食い込ませた刃部分に力を加え対象を割いていく道具である。このように振り下ろす使い方では木に刃が食い込んで刃が潰れるため、子供が真似をしたらまず間違いなく大人に𠮟られるだろう。


(私は想い描く。赤く錆び、その使命を終え今にも朽ち果てんとする君が、最後の輝きを放つ姿を。君はどうだ?)


(……人のための道具として生まれ、長きに渡り愛され、使われてきたのに、こうして力を失い、ただ朽ちていくのを待つだけというのはつらく、悲しい。願わくば今一度、人のための道具として……)


(委細承知した。ならば果てる前に、数々のまきを両断してきた君の……最後の一撃を私と共に放とう。我らの想いは一つ。眼前のまきを完璧に切り裂くことだ!)


 静かに、それでいて力強く振り下ろされたナタは、木に触れているか分からないような軌道を取った。刃が木に触れた音は響かず、刃が木に食い込むこともなければ木に傷がついた様子もない。それを分かりやすくするなら素振りをしただけ、と言われるのがもっとも的確な表現だったろう。


(これまでのお役目ご苦労様。君の最後の輝きは確かに見届けたよ。まことに見事な一閃だった。ありがとう。)


 息をのんで見守っていた子供たちには、フレッドが空振りをしたようにしか見えなかったのだろう。「先生ハズレ~」「当たってないよ~」など冷やかしの声を上げながらフレッドの周囲に集まってくる。フレッドが神妙な表情をしているのは空振りしたからだと思っていた子供たちが、フレッドが持つナタを見て驚く。刃は錆びの粉となって地面に落ち、フレッドの手には木製の柄しか残っていなかったのだ。「もしかして抜けちゃった?」「ボロかったからな~」など子供らしく無邪気で、それゆえに残酷な発言を聞きながらフレッドはようやく口を開く。


『このナタは役目を終え、召されたんだよ。かつては、とてもいい品だったんだろう。ところで私としては手応え十分だったけど、ちょっとまきを調べてくれないかな。私が触ると細工をしたとか思われそうだからね。』


 そう言われた子供たちがまきに触れた瞬間、まきはきれいに両断された。衝撃が加わるまではぴったりくっついたままという、どうやればそうなるか理解できないほどの断面だった。その光景を見た子供たちはもちろん興奮したが、フレッドは具体的な説明はしなかった。これは、説明したところで真似できる代物ではない。真似するために試行錯誤を重ねれば、同じことができるようになる可能性はある。だが、それには自らの「そうしたい」という想いが必須なのだ。


『講義の時にも話したけど、思念術とは想いを遂げる力。私はこのナタの、朽ちる前に最後の仕事をしたいという想いも借りてまきを切り裂いた。私だけの力で、これができたわけではないんだ。そして、想いを抱くのはなにも人だけじゃない。獣は生きるという想いが強いからこそ、誰に教わるでもなく立ち方や歩き方、飛び方などを身に着ける。それに、命あるもの以外にだって想いは宿る。このナタのように長く人と共にあったようなものは、特にね……』


 そう言われて、先ほどまで自分たちが道具に対し言いたい放題だったことに悪気を感じたのだろう。リリアンら女子は「ナタさんごめんなさい」「ちゃんと手入れしてあげないとね」などと道具を労わり始めた。


『さて、最後にもう一度さっきと同じ質問をしてみようかな。みんなは錆びたナタでまきをきれいに割ることはできると思うかい?』


 もはや否定的な意見は出なかった。目の前でそれがやれると見せつけられたこともあるが、出来る出来ない以前に試そうともせずに諦めれば可能性がないということを心底理解したからである。基本的な考え方を伝えるというフレッドの目的は、一応の達成を見た。


『みんなが何を想い何を成そうとするかはそれぞれだし、もしかしたらすぐには見つからないかもしれない。だから、できるだけ多くのことに興味を持ってみるといいよ。何がきっかけで想いが定まるか、分からないのだから。では、道具と割ったまきを片付けて今日は終わりにしよう。』

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