「カザリアさん、ちょっとお散歩に出かけませんか?」

 突然、部屋を訪ねてきたロウリィは、扉を開いて開口一番にそう言った。 

 私はいいわ、寒いもの、と即刻断りたい気持ちを無理矢理飲み込む。断る前に確認しておかなければならないことがあった。

「バノかスタンは?」

「来ません」

「……護衛なんだから連れていきなさいよ」

「でも、ただのお散歩ですから」

 ぽけらと首を傾げたロウリィの後ろでは、バノとスタンが何とも形容しがたい表情を浮かべる。

 ロウリィは自分が置かれている状況が本当に分かっているのだろうか。私は彼と外の景色を見比べた。

 部屋からだと一見ぽかぽかと陽気に見える外の景色は、その実、からっ風ばかりを吹き荒し、がたがと窓を揺らしては外の寒さを強調してくる。反対に室内は、暖炉でぱちぱちと火がはじける。赤々と色づく火は、見ているだけで暖かい気分を満喫できるのだ。正直、ここから出るのは辛い。寒いと分かっている外に大した用事もなくただ歩くために出るなんて、私一人ではとても思いつかなかった案だろう。

「……また今度にしない?」

「では、僕は、ちょっと行ってきますね」

 お留守番お願いします、と何てことないように彼は言って、早速扉の取っ手に手をかける。私は慌てて部屋の扉を掴むと閉まり始めた扉を止めた。

「ちょ、ちょっと待ってロウリィ。行く。行くから、一人はやめなさい」

「あ、はい。分かりました」

 ほややんとロウリィは、蒼い目を細めて笑う。私は侍女のケフィが持ってきてくれた外套を身につけて、しぶしぶ快適な部屋から離れることにした。

 廊下に出た瞬間、部屋の温度差に早くもくじけそうになる。慌てて新たに持ってきて貰ったスカーフをぐるぐると首に巻きつけたものの果たしてこれで事足りるのか。

 加えて、追い打ちをかけたのは、ロウリィの言葉だった。

「あ、ケフィ。カザリアさんが出ている間に、窓と扉全部開けて喚起しておいてくださいね」

「なんでそうなるのよ!」

 帰ってきたら暖かい部屋が待ってるってことだけが救いだったのに、帰ってきても寒いだなんてあんまりにもほどがある。驚いてロウリィの袖を掴んだら「行きますよ、カザリアさん」と背を押された。

 手を引かれて、半ば引きずられながら足を繰り出す。どんどん玄関に近づいているのが分かるから、ますます憂鬱な気分になる。

「カザリアさん、ここは王都に比べたら、随分と雪が降るんですよ」

「げ」

 思わず呻けば、前を歩くロウリィが笑ったのが雰囲気で分かった。

「今から閉じこもってると、あとあと大変ですよ。庭の方にもここ一週間出てきてないってルーベンが心配していました」

「……分かった。散歩が終わったらルーベンに謝ってくるから」

 それがいいと思います、とロウリィは頷いた。

 ロウリィは珍しく速足で歩く。ちょっとの間も足を止めることができないくらいに。

 それがなぜだかどうしても居心地が悪くて、外に出るまでずっと私は黙り込んでいたのだ。


 連れられて出た玄関の向こうは、思った通り風が強くて、頬が痛くなるくらい冷たくって、寒くって。けれど、部屋の中とは比べ物にならないくらい、すっきりと空気が澄んで、空はのびやかに晴れ渡っていた。

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