図書室

 



 霊からのがれてけ込んだ図書室は、静かだった。


 ここには、うめき声も、サイレンの音も聞こえない。


「となり町の校舎がてかわるとき、図書室いったん、プレハブになってたじゃん。なんだかあれ思い出すんだけど」


 倫子が自分でも何を言いたいのか、おぼつかないような感じで言ってくる。


 だが、彼女が言いたいところのことは、なんとなくわかる、と美弥は思っていた。


 部屋の広さのわりに本が多いというか。

 まあ、どれも古びたものだが。


 なんだか、それぞれの家から持ち寄ったような雰囲気がある。


 そう思いながら、美弥はあるたなを探していた。


 『伝記でんき伝説でんせつ童話どうわ


 そうプレートではなく、紙に書かれている棚に、わずかにいていたすき間を見つけ、あの赤い表紙の本をはめ込んだ。


 ことん、と音がして、そこがまる。


たしかに返したからね」


 名も知らぬ少年に向かって言いながら、ああ、図書カードを見れば名前わかったかと思ったとき、かすかに棚全体が光った。


 次の瞬間、棚から二、三人の子どもたちが、すうっと出てくるのが見えた。


 半透明はんとうめいに透けている彼らは笑い合いながら、あらそうように図書室を出て行く。


「あれっ?」

と美弥がそれを見送っていると、浩太が言ってきた。


成仏じょうぶつしたんじゃない?

 他の人に返してもらって。


 きっと自分じゃ、何度なんど返しても自信が持てなくて、ずっと繰り返してたんだよ」


「でも、二、三人居たよ?」

と彼らが消えた入り口を指さすと、


「他にも同じような霊がたまっちゃってたんじゃないかな。けっこう、本返すのって忘れちゃうからねえ」

と言う。


 ましてや、借りた子が死んでしまったりしたら、残された家族も先生もそれどころではなく、そのままになってしまうことも多いだろう。


 几帳面きちょうめんな子なら、気になって仕方ないかもしれない。


「そういや、お前、図書委員やってたしな。ちょうどよかったんじゃないか?」


 すでに本棚の方を見て、『図書の怪談』のノートを探しているらしい大輔が、ぼそりと言ってきた。


「そんなこと関係あんの?」

と美弥が振り向いたとき、大輔が手を止めた。


「あった」


 大輔が小さく声をもらす。


 おさえた声だが、いつも淡々たんたんとしている大輔にしては、強く感情が現れた声のようにも聞こえた。








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