第五話 痴女子高生と初ファミレスプレイ! 中編

桜小路さんの件から翌日。

 重い足取りで僕は学校に向かっていた。本当は休みたい気持ちがあったのだが、理由が理由なのでさすがに休めず、仕方なく僕は学校に行くこととなった。

 だって、とある秘密結社の人間に狙われているなんて、普通は一蹴されて、病院を進められるに決まっている。だから誰にも相談できず、渋々学校に行くしかないのだ。


「はぁ~……」


 やはり桜小路さんは僕を狙っている。それは間違いようのない事実。本人からの言質も取ってある。いつ、また接触してくるのか心中穏やかじゃない僕は何度目かの溜息を漏らす。

 そんな悩みを抱えた僕は桜小路さんの件の事を考えていると、いつの間にかE組の教室に着いていた。

 僕は席に着いて頭を抱えた。


「お前どうした?」


 僕の前の席に久瀬君が座って、心配そうに僕を見ていた。


「ちょっとね……」


「何かよく分からんが、桜小路と話したんだよな?」


 僕は彼女の名前を聞いた瞬間、ビクッと肩を揺らして、挙動不審に周りを見渡した。その僕の様子に久瀬君は怪訝な顔で訊いてきた。


「なぜそんな挙動が怪しんだ? 桜小路と一体何があったんだよ?」


 またしても彼女の名前を聞いてビクッとなる。もはやトラウマだ。


「…………」


「…………あ、桜小路がこっちに来るぞ」


「ひっ!? まだ僕は死にたくない!?」


「マジで桜小路と何があったんだよ!?」


 僕の怯えように久瀬君がツッコミする。


「く、久瀬君……昨日は咄嗟に桜小路さんから逃げてぼ……俺は生きてるけど、でも桜小路さんはまた俺を狙ってくると思うんだ。昨日の事でまだ諦めてないだろうし、いつまた接触してきて命を狙われるか……」


 昨日の事をポツリと話すと、久瀬君はしばし考えたあと納得した顔をする。


「……なんか物騒な話だが、恐らくお前は何か勘違いしているらしいな」


「勘違い?」


「ああ。桜小路はただお前と話がしたくって、昨日お前に訪ねてきたんだよ。本当なら手紙で呼び出すつもりだったらしいが、手違いで俺の下駄箱に入ったみたいだしな」


「えっと……桜小路さんが僕を暗殺するって話だよね?」


「思ってたより深刻な話に膨らんでる!? いやいや、なぜ桜小路がお前を暗殺するって話になってんだよ」


 久瀬君は呆れた顔で息を吐くと言葉を続けた。


「詳しい事は俺も知らないけど、話を訊く価値はあると思うぜ? なんせ学校のアイドルがお前に興味を持ってんだからな…………ん? そう考えるとなんで桜小路が露木に? それが一番の謎だよな……結局理由は訊かされてないし」


「そんなの俺が一番聞きたいよ。だって僕と桜小路さんの接点なんて皆無だよ? 女神が虫けらの事を気にする?」


「どんだけネガティブ思考なんだよ。まあ桜小路が露木を気にする理由が分からないな。そう考えるとお前って見た目がモブキャラだが、実は主人公なのか?」


「ふん、三次元でラブコメ展開があると思っているの? いきなり美少女な転入生が現れ、なんやかんやあって俺に興味を抱く王道展開を夢想することはあるけど、リアルでそんなラブコメ展開はありえないんだよ。現実は非情で、俺には、可愛い幼馴染みや先輩後輩の知り合いもいないぼっち。それなのに学校のアイドルが俺に興味を抱くなんて断固としてない!」


 確かに桜小路さんで妄想することはあるけど……あ、別に夜のオカズに桜小路さんを妄想してないからね? そんな女神相手に恐れ多い行為で、万死に値する禁忌と言うべき行いだよ?

 せいぜい、楽しく会話、一緒に登下校、昼飯を一緒にする程度の健全な妄想ならギリギリセーフくらいのレベルだよ。


「俺は……女神桜小路さんを遠くから眺めているだけで十分幸せだったんだ…………そ、それがまさか俺を狙う暗殺者だとは思ってなかったよ!?」


「どんだけ妄想力豊かなんだよお前は!? それに桜小路が暗殺者って所もリアルではあり得ない妄想だからな! 取りあえず、桜小路ともう一度話をすればいいんじゃないか?」


「はぁ……」


 これ見よがしに僕は溜息を吐くと、久瀬君は少し苛立ちを見せたが気にせず僕は言う。


「百歩譲って桜小路さんが暗殺者じゃないということにすると、それでも僕に用があるとは思えない。例えば、女神がミジンコに用があると言ってるようなものだよ?」


「お前どんだけ桜小路を傾倒してんだよ……。まあお前の言いたいことは何となく分かるよ」


「それに……桜小路さんから逃げてしまったからちょっと顔を合わせづらいかな……」


「それ自業自得だからな?」


 これ以上久瀬君は桜小路さんの事について何も訊いてこなかった。

 それから僕はいくらか冷静になり、昨日の件はかなり桜小路さんに失礼な事をしてしまったと深く反省した。しかし、直接会う勇気も、話しかけるコミュ力もない僕は心の中で謝罪をした。恐らく、桜小路さんは昨日の件で、僕に対して怒っているはずだから関わる機会はないと思った。



※※※※※※※※※※※※※※※



 喧騒に包まれた昼休み。

 一人僕はトイレから出ると、視界の端に妙な女子生徒が映った。

 男子トイレの出入り口の横で壁に寄りかかって腕を組んで、瞑目する女子。茶髪に染め、肩まであるセミロングで端整な顔立ちの可愛い女子。

 ただ、彼女から漂う異様な近付き難い雰囲気に僕は目を逸らした。なぜか直感で関わってはいけないと告げている。

 とにもかくにも、その場から立ち去ろうと一歩踏み出した。その瞬間、ガッと僕の肩を掴まれる。誰に? いや一人しかいない。

 恐る恐る僕は振り返ると、先程の茶髪の女子がパッチリとした目で僕を見ていた。改めて見ると可愛い。


「あ、あの……ぼ、俺に何の用ですか?」


「車に轢かれそうな女の子を助けた少年というのは君で間違いない?」


「へ?」


 それは確か2年に進学する前の話。

 女の子が心ここにあらずな様子で赤信号を渡ろうとした所を偶然僕は目にし、轢かれそうになった女の子を助けた事があった。

 あの時が僕の中で一番印象がある非日常な出来事の一つ。それにしても女の子が無事で良かった。

 しかし、なぜその事を知っているのだろうか?

 もしかしてあの場面を目撃したって事なのだろうか。あの時は無我夢中で周りのことを気にせず、助けたって事もあったし、確かに野次馬が多かったような気がする。僕は居たたまれなくって直ぐにその場から離れたけど。


「ふむふむ……」


 近づいて来て僕の事を、茶髪の女子は無遠慮にジロジロと見られる。僕は居心地が悪く、なんて声を掛ければ良いのか分からず言葉を詰まらせる。いや、ただコミュ障で初対面の女子相手にどう反応すれば良いのか分からないだけだけど……。

 それに彼女から柑橘系の香りが漂ってくる。それが余計に緊張感が増して、どうしても声が出せなかった。


「確か名前は……露木陽也。E組で友達がいないぼっち。で合ってる?」


 いきなりぼっちとか失礼すぎない?

 いやまあ確かに本当の事だから反論の余地はないけど、それにしても初対面なんだからもうちょっと言

葉をオブラートに包むとか……ね?


「え、あ……」


 やはり声が真面に出せない。代わりに僕は頷いて肯定する。


「私、A組の西崎桃香。それで君が助けた女の子は私の妹なんだ。だから私の妹を助けていただいてありがとね」


 正面に立つ女子――西崎さんは姿勢正しく、真っ直ぐに僕の目を見てお礼を述べた。僕は視線に耐えられず、目を伏せて頬を掻いた。


「お、おおお俺はべ、別に……む、むむ夢中だったから」


「夢精?」


「…………え?」


「ごほん、いえ、露木さんは妹にとって恩人、私にとっても大事な妹を助けた恩人でもあるからね」


「え、えっと……」


 こういうとき、どんな反応すれば良いのか経験のない僕は、ただただ狼狽するのみ。そんな僕の様子に西崎さんはくすりと微笑んだ。


「ふむふむ……これが女慣れしてない露木陽也か…………これでは萌香と会ったとき幻滅されかねない。いや、幻滅はしないだろうけど、ただ萌香の理想像とは懸け離れている。よし! ここは私が人肌脱いで抜かせよう!」


 呟く西崎さんの言葉は僕でも聞き取れていたが、何だが最後の言葉はちょっとおかしかった。それにしても西崎さんの妹の名前って萌香ちゃんって言うのか。あの時は無我夢中だからはっきり言って顔は思い出せないんだよな……。


「露木さんは彼女は…………いないね」


「断言された!? いや……えっと、た、確かにそうだけど……」


「なら女の体に興味は?」


「どうして答えにくい質問が!?」


「世の中には男の体に興味を抱く、同性だっているだろ?」


「お、俺は異性にしか興味ないです!」


「それなら安心したよ。それじゃあオナニーの頻度は?」


「だ、だからなんで答えにくい質問されるんだ!?」

 何だろう会って直ぐに西崎さんの印象がひっくり返ったよ。まあ、何か近寄りがたい雰囲気が醸し出していたからな。美少女だからではなく、変人の気配に。


「あ、あの……い、妹さんの件はわ、分かりました。お、俺は必死だったし、えっと……き、気にしないで下さい」


「そうだね。露木さんのような人柄だと、遠慮するタイプのようだからね。その件は一旦おしまいにして、それでここからは別件、私は露木さんに少しだけお話があるの」


「な、何ですか?」


「それより同じ学年で敬語っておかしくないかな? それもぼっち故の敬語なのかな?」


「あ、えっと……は、はい」


 本当の事だから僕は頷くしかないけど……ぼっちって言われると惨めになってくるんだよね……はぁ~……。


「となると……少し距離を縮める意味で私は君の事をユッキーと呼び事にするよ」


「え? …………あーそういうことですか」


 つゆきの「つ」を取ってユッキーね。別に呼ばれる事に文句はない。ただそんな親しい友達のように呼ばれたことがないから戸惑うだけ。


「では決定ということでユッキ―、私の事は雌豚でいいよ」


「呼びづらいよ!?」


「却下された……。なら、桃香で」


「あ、あだ名よりハードル高いんですが……? えっと、さん付けとかでも?」


「ちゃんと呼び捨てで呼ぶこと」


「やっぱりハードルが高い……」


 女子相手に下の名前を呼び捨てなんて、コミュ障の僕には難しい。


「ぼっちのくせに文句ばかり言うなんて生意気じゃない?」


「うぅ……す、すすすみません……」


「う~ん……これは本格的に調教――もとい矯正する必要があるようね」


 今聞き捨てならない単語を口走ってなかったか?


「お、俺はに、西崎さんのままでいいですよ」


「それが距離を置いているんだよユッキー。そうね……なら、モモっちで」


 西崎さんの期待が籠もった瞳が僕に向けられ、言葉を詰まらせる。あだ名ならと思っていたけど、異性相手にやはり恐縮してしまう。

 本当に僕のような人間が西崎さんを「ももっち」と呼んで良いのだろうか。急なイベント発生に僕は戸惑い、しばし沈黙が流れる。何か答えないとと思い、口を何度も開閉する。何だか金魚が呼吸を求めるような滑稽な図だろうな。

 西崎さんはそんな僕を温かい目で、あだ名を呼ばれるのを待っていた。

 西崎さんの言うとおり、僕は距離を置いているのだろう。だから未だに友達もできないし、孤立している。それは自分がよく分かっている。

 伏せた目を上げた僕は西崎さんを見る。

 これは友達ができるかも知れない分水嶺に僕は立たされている。妹を助けたという縁から引き寄せた運命の分かれ道。確かに僕は友達が欲しいと思っていたし、リア充ライフを送ってみたいとも思っていた。

 なら少しだけ勇気を出して踏み出してもいいかもしれない。


「あ、あのあの…………も、モモっち」


 声は小さく、しかし口にした西崎さんのあだ名。

 西崎さん――ももっちは手を差し出して


「うん、よろしくねユッキー」


 と答え、僕は汗ばんだ右手を拭いてから握手した。



※※※※※※※※※※※※※※※



「ユッキ―のネガティブ思考はホント呆れるぐらいウザいよ? そうね……例えるなら一人だけ逝って余韻に浸る彼氏に、まだ逝ってない彼女が、満足顔の彼氏を見てイラッとくるようなウザさね」


「ごめん、モモっちの例えが全部下ネタの上に意味が分からないから反応しづらいんだけど……?」


「はぁ……これだからキモタ童貞に彼女ができないのよ」


「わ、悪かったな! どうせ俺はキモオタ童貞のゴミ虫野郎で一生彼女なんてできないよ!」


「あ、またネガティブ発言。これで減点1ね。今のところ合計ポイントは18点で、20点まで達すると、私の水着写真を差し上げます! 夜のオカズにどうぞ」


「僕はどう反応すればいいんだよ!?」


 不覚にもモモっちの水着写真を欲しいと思ってしまった。まあ見た目は可愛いから嬉しい気持ちもあるのだが……ただ中身が残念というか下ネタ発言連発しまくるから、男の僕が引くレベル。

 ということで今僕たちがいる場所は、駅前にあるファミレスである。なぜモモっちとファミレスにいるのか、軽く経緯を説明すると。

 放課後、僕は一人教室を出て、下駄箱で靴に履き替えた所でモモっちとエンカウントしたのだ。そして、親睦を深めるためにファミレスへ向かった次第。

 最初こそ戸惑って、緊張する僕だけど、モモっちがぐいぐいと距離を縮めてきて、合間合間に下ネタを挟み、僕はいつの間にかモモっちと親しげ(?)に会話するまでに至ったのだ。

 それは僕の日常にはない全く新しい風景である。こうして僕のような人間に手を差し伸べてくれたモモっちに感謝していた。いや、これはモモっちの妹に感謝すべきなのか。


「どしたユッキー? 今夜のオカズどうしようか考えてた?」


「…………」


「そ、そんな私の事を見つめて……べ、別に私をオカズに使ってもいいんだからね!?」


「僕はモモっちとどう接して良いのか分からないよ……」


「ん? ユッキーって自分の事、俺って言ってなかったっけ?」


「え? …………あ」


 どうやら僕はモモっちに対して素の自分が表に出つつあるみたいだ。何というか……性格はアレだけど、モモっちとは話しやすく自然と素の自分で接することができる。


「ふふ、私に心を許してくれたのは嬉しいな。はぁ……私って直ぐに人の心を盗んでしまうのよね。罪な女だわ」


 頬に手を当てて息を吐くモモっち。


「なんだかモモっちに気を許してしまった事に、複雑な気分だけど……でも僕のようなモブキャラにモモっちのような可愛い人に話しかけられて嬉しいよ!」


「…………面と向かって可愛いなんて……これは私の方こそ心を盗まれたわ……罪な男ね」


 モモっちが僕からそっぽを向いて、なにやら呟いていた。


「僕が罪な男って、コミュ障でキモオタのミトコンドリアですよ僕?」


「そこは難聴主人公になりなさいよ」


「そんな今時難聴主人公とか流行りませんよ? あ、そもそも僕はモブキャラだし、主人公というのは久瀬君の事ですよ」


「あのイケメンの久瀬の事? 確かにユッキ―と比べると像とミジンコくらいの差があるね」


「うぅ……そうですね、僕は誰にも認識されないミジンコで、主人公の引き立て役がお似合いのモブキャラですし、おすし……」


「…………ユッキ―も十分悪くないと思うよ」


「え? なんだって?」


「そこはちゃんと聞きなさいよ!」


「いや、だって僕を評価する人なんて普通はいませんよ?」


「ユッキ―のネガティブ思考のせいでフラグを悉くへし折ってるよね?」


「はは、フラグなんて立つはずないって!」


 モモっちから憐憫の瞳を向けられる。だって本当の事だし、僕は主人公じゃないからね。

 それからモモっちは柔らかそうな唇でストローを咥え、ミルクティーをチューと吸って喉をごくごくと鳴らす。何だかその飲み方が妙に艶めかしく見えるという錯覚に陥っていた。

 きっとモモっちが下ネタ発言するせいで、そういう目でしか見えないんだな僕。ってあれ? それじゃあ僕が汚されたようじゃないか?


「普通に飲んで下さいモモっち」


「普通に飲んでるよね私? それともアレをしゃぶるようにエロい飲み方をユッキ―はご所望なの?」


「モモっちの痴女子高生っぷりはホント困るよね……。クラスでもいつもそんな感じなの?」


「痴女子高生言うな。それに私がこういう性格なのはユッキ―だけだからね? さすがにクラスでも恥ずかしげも無く下ネタ発言する女子とか私でも引くよ?」


「…………その感情が今の僕の心境なんですが?」


 僕だけに見せるモモっちの素発言に、不覚にもドキッとさせられたが、努めて冷静に答える。しかし、なぜかモモっちは僕をニヤニヤとイヤらしい笑み向けられる。いや、はい、もう何が言いたいのが分かります。


「ふふふ、ユッキ―が内心で思っているとおり、ユッキ―だけだから発言に心臓を射貫かれたねユッキ―よ!」


「あーあーあー別に何も感じてませんよー」


「今の私はユッキ―のあらゆる感情を傍受できる機能を搭載! てか童貞マジでわかりやす過ぎでしょ、ぷぷ」


「どうせキモオタ童貞ですよ!」


「あ、因みに私は処女だから安心してね?」


「いや、何を安心するんだ」


「だって私ユッキ―のメインヒロインでしょ?」


「いやいやいや、いつから僕が主人公の話に? 仮に僕が主人公だとしても、モモっちがメインヒロインとか……苦情レベルでしょ」


「ほうほうほう? 中々言うようになったねチミ? こう見えて私は純情で尽くすタイプなのだよ?」


「純情な人は平気で下ネタ発言しないと思うけどね」


 僕はストローを咥え、コーラを飲むとカラカラになった口の中に潤いを満たして、炭酸が喉を刺激してくる。

 何だか初めて、女子と長いこと会話した。まさかここまで会話が続けられるとは自分でも思わなかった。

 まあモモっちの下ネタ発言に引いてしまう事はあるけれど、それでもモモっちの会話は少しだけ楽しいと感じる僕がいた。まあ放課後の初ファミレスを桜小路さんと楽しく会話したいという夢はあったけど、それは贅沢な夢だろう。そもそも僕では釣り合わないし、会話も続かない悲惨な結果になったはずだ。

 僕はストローから口を離すと、モモっちが何やらスマホを取り出して操作していた。恐らく友達からメッセージが来たんだろう。何となく会話し辛く、僕もスマホを取り出した。


「あ、丁度良かった。ユッキ―のID教えてくんない?」


「え?」


 モモっちが自分のスマホを僕に見せた。それはチャットや通話ができるSNSアプリで、一応僕もダウンロードしている。ただ、ぼっちの僕が登録している相手は僕の妹である心海ぐらいしかいない。


「取りあえずフルフルしよっか」


 スマホを操作してフルフル画面を開いたモモっち。僕はといえば、開くことのないSNSアプリに戸惑っていた。

 フルフルってどこで開くんだ? 画面を操作して探すけど、フルフルらしき項目が見つからない。そんな僕の様子に「ちょっと貸して」とモモっちが言うと、僕は自分のスマホを渡した。そしてモモっちは僕に見せるように、どこにフルフルを開くのか説明する。


「これでよしっと。てか、チラッと見ちゃったんだけど、心海って誰かな?」


「え? ああ、僕の妹だよ」


「へぇ~ユッキ―って妹いるんだ。それにしても、その妹以外に他に登録してないんだね。これがぼっち」


「そんな珍獣を見るような目で見ないでくれよ!? し、仕方ないだろ……」


 心海からチャットが来た時に、SNSアプリを開かないといけないのだが、まあ登録数が心海だけというのは見ていて虚しい気分になり、本当に僕はぼっちだという事を突き付けてくる残酷なアプリである。

 それから僕たちはスマホを揺らして画面には『桃香』という名前が表示された。何だか僕は嬉しくってタップして承認ボタンを押した。

 するとモモっちから「よろしく!」と書かれた動物のスタンプが送られてきた。僕も何かスタンプを返そうとするが、悲しいことにサンプルスタンプしか無かったので、普通に文字で「こちらこそよろしくお願いします!」と送った。


「これで私はユッキ―の友達童貞を奪ったのね」


 何とも反応しづらく、そして友達という言葉に僕は首を傾げた。だって、今日会ったばかりで、それに直ぐにモモっちの友達と名乗って良いのか分からなかったからだ。


「あ、あの……友達って何か手続きが必要じゃないの?」


「手続きが必要な友達とか私嫌だよ!? ってそっか、今までぼっちだったもんね」


 いや……まあそうだけど、直接言われると傷つくんだよ?


「え、えっと……本当に僕なんかが友達でもいいの?」


「友達なんて自分でも気付かないうちに出来てるものなのよ。それに友達になるのに資格とかいらないの。私が友達だと言えば、もう友達なのよ。それにお互いにあだ名を呼び合っているのに友達じゃないってのは変でしょ? それともいきなり飛び越えて恋人になる?」


「友達でオナシャス!」


「それはそれで少し傷つくわね……。まあ冗談はさておき改めてよろしくね童貞のユッキ―」


「は、はい! こちらこそよろしくお願いします! 処女のモモっち」


「…………」


「…………」


 微妙な雰囲気が流れ、どう答えたものか分からず、お互いしばらく無言が続いた。

 そして、先にモモっちの方から、息を吐いてから僕が飲んでいたコーラを手にする……ってなぜ?


「ちょっと炭酸飲みたかったから、一口ちょうだいね」


 そう言ったモモっちが、僕が口を付けたストローを咥えた…………咥えた!?

 するとどこかで、ガタンッという物凄い音が聞こえたが、そんな事より僕はモモっちの行動の方が驚愕していた。

 だ、だってそれって――


「なになに? 間接キスだって思ってるのユッキー? 別に友達ならこれくらい普通だよ?」


「ふ、普通?」


 友達と間接キスするのが普通なのか?

 いやでも、モモっちは痴女子高生じゃない、女子だし、普通は友達だからといって間接キスなんてしないだろ? 現に僕が読んでいたラブコメもののラノベにそんな描写はなかったし、間接キスというだけで過剰に反応を示していた。

 待てよ? そもそも二次元と三次元では常識が異なるのでは? 僕も良く二次元と三次元は別だと豪語しているし、もしかするとリアルでは友達と間接キスが当たり前な価値観ということになる。

 そっか、僕はリアルの常識を改める事になるな。

 リアルの友達がいてこそ、二次元と三次元の境界線が浮き彫りになるのだろう。

 よし! それなら僕はモモっちのミルクティーを貰おうかな………………やっぱ恥ずかしいからやめよう。


「あ、私のも飲みたい? それとも間接キスしたい?」


「け、けっこうです」

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