バベルシティのモードギャング
「ねぇ、聞いた?」
「何さ?」
「〈コモン・バベル〉に大物の賞金稼ぎが来たって」
「ふーん」
花柄やアニマルプリントのトップスや、フェイクレザーのホットパンツやミニスカートを身に着けた若い女たちが噂する。地球史の21世紀序盤の日本で流行っていた「ギャル」系のファッションで武装した〈モードギャング〉だ。
彼女らの主な敵は、これまた21世紀序盤の日本で流行したゴシック・ロリータファッションに身を包んだ別のモードギャングだ。
かつては地球連邦の植民惑星だったディルムン最大にして最凶の都市、それが文字通りの現代のバベルの塔、〈バベルシティ〉だった。
この惑星ディルムンでは、〈ドン〉と呼ばれる影の支配者によって、ほとんどの男性たちが殺戮されたと言われる。生き残った男性たちも地下刑務所に幽閉されているという。地上エリアにいる男性のほとんどは人造人間〈アンドロイド〉であり、地下の歓楽街〈プリムローズ〉エリアにある遊郭の〈遊夫〉たちもアンドロイドだ。
女性ばかりのモードギャングたちは、天然人工問わず、男性という資源を巡って争っていた。
「あ、あいつ…!」
「デカい刀を振り回してやがる」
白ギャルと黒ギャルのコンビの目の前に、黒を基調としたワンピースを着た少女が現れた。その小柄な身体にふさわしくない大刀を振りかざす。
「逃げるは恥だが役に立つ!」
ギャルコンビがその場から逃げ出そうとする間もなく、ゴスロリ少女は二人を斬り捨てた。
✰
「やれやれ、またモードギャングの連中がやらかしたのか?」
最上ファルコはブラックコーヒーをすすりつつぼやく。彼はバベルシティの地下第一階層〈リンボ・タウン〉で探偵事務所を経営している。
ファルコの言うモードギャングの中でも特に有力なグループは4つある。
ギャル系モードギャング〈スワロウテイル〉。
ゴシック・ロリータ系モードギャング〈ローザ・ネーラ〉。
サイバーゴス系モードギャング〈エンブリオ〉。
そして、森ガール系モードギャング〈夢見る子羊団〉。
以上、地下の居住地に君臨するモードギャングたちである。
ファルコはアンドロイドではない。一応は、天然の人間男性である。ただし、物心がつく時点で実の両親はいなかったので、自分が本当に普通の人間なのかは怪しい。現に、彼には普通の人間にはない能力があるのだ。
「さてと、行くか」
地下第二階層〈プリムローズ〉にある遊郭〈ジョイアス・ガルド〉には、上の階層の女たちがたまに降りてくる。目当てはもちろん、美男子として作られたアンドロイドの〈遊夫〉たちだ。
彼ら遊夫たちは、地球史上の有名人たちの名を源氏名としてつけられている。
「すみません! もう勘弁してください!」
「あたしの言う事を聞けっつーの!」
客の女が遊夫に暴力を振るっている。どうやらこの女は根っからのサディストであり、この遊郭では禁じられているプレイを強制しているのだ。
「やめろ!」
部屋の中にある信楽焼風の狸の置物が口をきく。
「な、何なの?」
「お前こそ何だ? この店のルールを破っている。大切な〈商品〉を傷物にするなら、オーナーに出入り禁止処分してもらうからな」
狸の置物は、人間の男に変わっていた。私立探偵、最上ファルコ。たまには遊郭〈ジョイアス・ガルド〉の用心棒を務める。
「ファルコ兄さん、本当にありがとうございます」
「何とか助けられて良かったよ。さっきの女もモードギャングの奴だったようだな」
地下の居住地エリアは、地上の法治主義がまともに機能しない。だからこそ、ファルコらのような自警団的な存在が必要だ。
「さて、上に戻るか」
ファルコは〈ジョイアス・ガルド〉を出ていった。
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