Faustus

「どうだね、何か気に入った名前があるかのう?」

 俺は様々な文献を読んで、新たな名前を考えていた。ギリシャ語、ヘブライ語、アラビア語など…やはり、ラテン語か。

 何しろ西域はローマ帝国の天下だ。これはやはり、ラテン語の名前だろう。


「Faustus」


 なるほど、これは良い名だ。

「決まったか?」

「ああ、このラテン語の単語がいい。ファウストゥスFaustus、幸ある者」

「確かに良い名だ。おぬしにふさわしい」

 魔神アスモダイのお墨付き。俺も大いに気に入った。

 しかし、趙氏の家名への愛着もある。かつての趙国は滅びても、俺も趙氏一族の一人である事には変わりない。

「Faustus Chao」

 これが俺の新たな名前、再生のしるし。俺はこれから、西域へ旅立つ。若き英雄たちの「師」となるため、俺はこの力を用いる。

伍子胥ご ししょは水神となって、あの場所に留まり続けているが、呉子(呉起ご き)や衛子(商鞅しょう おう)は風の中に溶け込んでいった。あやつらもきっと、どこかで生まれ変わっているに違いない。わしは衛子に会いたいのだ」

「会えるよ、多分。本人があなたを呼んでいれば」

 悪名は無名に勝る、なんて言う者はいる。なるほど、「最悪の逆臣」という汚名を被ってまでも、秦への復讐を果たしたこうにはふさわしい。だが、俺自身はあの沙丘の乱で父上(武霊王)や兄上安陽君(趙章)と一緒に死んだようなもの。「平原君趙勝の不肖の兄」という記録すらされないのだ。

 まあ、それでいい。俺は歴史の表舞台に立つべき者ではない。あくまでも英雄たちを育てる者として、俺は生きていく。

「私は子鳳殿とは違って、次々と生まれ変わって新しい体を手に入れる必要はありますけど、それまでの記憶を保ったままである点では、子鳳殿に近いと言えますね」

「文淵殿」

「また会える日を楽しみにしていますよ」

「うん、分かった」


 さあ、行こう。新たな「戦場」へ。この世界を動かす英雄たちに会うために。

 俺はそのために、不死身の体を授かったのだから。

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