あちら側【イタリア】

 Sさんのお祖母さんはアリクーディというイタリア南部の島出身で、その島にはおよそ100年前「飛ぶ女」がいたという。文字通り空を飛ぶ女性たちのことである。一瞬だけ宙に浮くというようなものではなく、鳥のようにヒュンと山の頂上まで飛べた女たちがいたそうだ。

 近年になって、その飛ぶ女現象は真菌による幻覚だったと解明された。


 しかしこれが全てではないと彼女は言う。


 原因が真菌だったと分かるまで飛ぶ女が魔女だと信じられていたこと。中世の魔女狩りよろしく凄惨な拷問が行われたこと。焼いたり山から転がしたり海に沈めたりした結果、数百人もの女性が消えたこと。それを島ぐるみで隠蔽したこと。


 お母さんからそのことを聞いた当時16歳だったSさんは祖先を想い涙を流したそうだ。


 そして時は過ぎ、今から数年前の夏。Sさんはお母さんと叔母さんと一緒にアリクーディへ訪れた。一族にとって悲しい記憶はあれど、3人は自身のルーツとなる場所に興味があった。


 夏場はヨーロッパ中から島に旅行者が訪れると聞いていたが、実際行ってみると閑散として寂しいところだった。観光しようにも島は廃墟だらけで行くところがない。仕方がないのでSさんは1人、ビーチで海を眺めていた。その時、バシン!と大きな音がしたと思ったら高く水しぶきが上がった。何事かと近寄ってみると、水面に鮮やかなカーテンのようなものが浮かんでいる。


 レストランにいるはずの叔母さんだった。


 慌てて海から引き上げたので一命こそ取り留めたものの、彼女は「空を飛んでいたら知らない女の人に腕を掴まれ海に落とされた」と繰り返すばかり。レストランのオーナーやそこに居合わせた島民にあったことを話してみたところ、凄い剣幕で「変なことを言うな!」と追い立てられ、結局予定より早く島を出ることになってしまった。後になって、その翌日に地元の子どもが海で溺死したと知った。その年だけでなく、毎年8月、必ず誰かが海で亡くなっていることも分かった。


 それから丁度一年後、Sさんのお母さんが亡くなった。


「母の最期はよく覚えてるよ。庭をふわふわ飛んでいると思ったらいきなり地面に落ちた。誰かに叩きつけたられたように見えた。その時お母さんが言ったの」


 ――ごめんなさい、って。


 彼女は、一族が当時どちら側だったのかを悟った。

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