雷太郎君の決心

 雷太郎君は空を見上げました。僅かに陽光の残る夕空には、ひとつふたつと星が輝き始めています。そんな星々と同じように、地上では夜の照明が灯り始めています。こうしている間にもたくさんのベータ族が三郎君のように力を使い果たして消えているのです。雷太郎君は意を決したように立ち上がりました。


「電太君、ボクは人間のこんなやり方をやめさせたいんだ」

「やめさせる? おいおい、いきなり何を言い出すんだよ」


 ここで修業したらいいという提案には返答せず、まったく関係のない発言を始めた雷太郎君に、電太君も戸惑いの色が隠せません。


「電太君が言ったように、人間の作った仕掛けでベータ族が呼び出されているのなら、ボクはその仕掛けを壊してしまいたいんだ。そして三郎君のように働いて消えて行くベータ族をなくしてしまいたいんだ。一人残らず」

「な、なんだって!」


 電太君は目をひんむいています。


「太郎、いくらおまえが雷だからってそれは無理だぜ。第一、その仕掛けのある場所までどうやって行くんだい。どんなに遠いか知っているのかよ」

「そ、それは、電線を伝って……」

「電線の外を行くには雷の道を使わなくちゃ無理だ。しかし、そんな長い距離を雷の道で行くとしたらとても力が持たねえ。と言って電線の中を遡るのはもっと無理だ。おまえも電線の中を運ばれて来たのなら分かるだろう」


 電太君の言うとおりでした。あの流れの中を逆行するなどどう考えても不可能です。


「それに、たとえ仕掛けに到達できたとしても、その仕掛けを壊すなんて絶対無理だ。人間の威信をかけて作った仕掛けなんだからな。しかもその仕掛けの中にはおそるべき強大な力が眠っていると聞く。もしこの地上で雷に敵うものがあるとしたら、そいつだけだというほどの謎の存在。下手すりゃオレもおまえも力を使い果たして消えちまうかもしれないんだぜ。その三郎とかいう哀れなヤツと同じように」


 電太君は言葉を区切ると雷太郎君の肩に手を置きました。雷太郎君はうつむいたまま何も言いません。


「なあ、太郎。おまえがまず考えなきゃいけないのは雲に帰ることだ。三郎もそれを願って消えて行ったんだろう。悪いことは言わねえ。ここでしばらくの間オレと一緒に暮らそうぜ。おまえの力が強くなり、雷の道もうまく操れるようになれば、オレも雲に帰る手助けをしてやれる。ベータ族について考えるのは雲に帰ってからでもいいじゃないか」


 電太君にそう言われても雷太郎君は諦め切れませんでした。こんな気持ちのまま雲に帰ってしまっては修業にも身が入らないでしょう。それに今回の一件で稲光先生は怒り心頭に発しているはずです。そう簡単に雷太郎君を再び地上へ行かせてくれるはずがありません。雷太郎君は顔を上げると電太君に言いました。


「ありがとう電太君。でもボクはなんとしてもこんな事はやめさせたいんだ。雷の道を作って行くしかないのなら少しずつ休みながら行くよ。それでどんなに長い時間がかかっても構わない。その仕掛けを壊さない限りボクは雲には戻らない。三郎君だってきっと分かってくれるはずだ」

「太郎……本当にいいのか。己の存在の消滅、そんな危険を冒してまでもやり遂げたいことなのか」


 電太君に問われて少しの躊躇もなく頷く雷太郎君。その目には強い決意が読み取れました。もはやどんな言葉もその決意を翻すのは無理のようです。電太君はふっと笑うと言いました。


「分かったよ。おまえがそうまで言うんならしょうがねえ。それにしてもやっぱり雷だな。凄いことを考えるもんだぜ」

「電太君、ごめん」


 雷太郎君は頭を下げました。雲へ帰る手助けをしようと言ってくれた電太君。その好意を無にしてしまったのです。謝る雷太郎君の肩を電太君がポンポンと叩きました。


「顔を上げろよ、太郎。雷ともあろう者が安っぽく頭を下げるもんじゃないぜ。さあて、そうと決まれば話は別だ。太郎、及ばずながらオレも協力するぜ」

「ほ、本当!」


 雷太郎君の顔が輝きました。電太君が力を貸してくれるなら、こんなに心強いことはありません。


「ありがとう、電太君」

「お礼は仕掛けを壊してからにしてくれよ。さあて、まずはどうやってその仕掛けまで行くかだ。雷の道で進んでいたら何年かかっても行き着けやしねえからな。となると」

「なにかいい考えがあるの?」

「当ったり前よ。こうなったら人間の使う移動手段を利用させてもらうしかねえな。例えばあの車」


 電太君は丸いものから顔を出すと外を眺めました。すぐ近くには相変わらず車がとまっていますが、その向こうにはたくさんの車が走っています。


「あの車に飛び移って行きたい方へ運んでもらうのよ。そうすればオレたちは何もせずに移動できるって寸法さ。ただしこっちの進んで欲しい方向に進んでくれるとは限らねえから、そこんところがややこしいんだけどな。まあ乗り継いで行けば何とかなると思うぜ。どうだい、太郎」

「うん、いい考えだと思うよ」


 雷太郎君はうなずきました。電太君はにやりと笑うと丸いものの縁に立ちました。


「よし、じゃあ、さっそく出発だ。太郎、もう力は回復しただろう。さっそく、あの車に飛び移るぜ」

「うん」


 雷太郎君も丸いものの縁に立ちました。そして、体に力を込めました。


「よいしょっと」

「そーれ!」


 二人は雷の道を作ると同時に縁を蹴りました。今度は一回の跳躍で飛び移った雷太郎君を見て電太君が感心しています。


「おっ、直接飛び移れたじゃねえか。さすが雷だねえ」


 二人はしばらくの間、車の表面にへばり付いて人間が来るのを待ちました。この車の持ち主はなかなか現れません。雷太郎君は黙って待っていましたが、ふと、尋ねました。


「ねえ、電太君。聞き忘れていたけど君は何者なの。静電気族ってベータ族や雷族と何が違うの?」

「んっ? ああ、そのことか。オレたち静電気族は、言ってみれば地上で生まれた雷みたいなもんだ。ふああ~」


 待ちくたびれて半分眠っていた電太君はあくびをしながら言いました。


「ベータ族は人間によって召喚される。だから人間の定めた四つの法則に縛られる。しかしオレたちはそんなものからは自由だ。雷族のように波を使って道を作り、空中を好き勝手に動き回れる。それに自然の背後に隠れている陰の世界のエネルギーを自分のものにして力の回復もできる。だが陽の世界と関わりを持つことはできない。それは雷だけの特権だ」

「陽の世界?」


 雷太郎君は首を傾げました。初めて聞く言葉です。三郎君からも聞いたことはありません。


「そう、そいつだけはなあ……おっと、来たぞ来たぞ」


 人間が一人こちらに近づいてきます。電太君は身構えまいした。それを見て雷太郎君は言いました。


「電太君、あの人間を驚かすんじゃないんだよ。このまま乗って行くんだからね。体当りなんかしちゃ駄目だよ」

「おおっと、そうだったそうだった。いつもの癖でまだ飛びかかるところだったぜ。危ない危ない」


 電太君は頭をかきながらそう言いました。やがてその人間は車に乗り込みました。ブルルという音が聞こえてきます。電太君が威勢のいい声で言いました。


「よおし、俺たちの旅の始まりだあ!」

「しゅぱあーつ!」


 雷太郎君も声を揃えて歓声を上げました。ところが、この車は二人が行きたい方向と逆の方向へ進み始めました。


「何でえ逆じゃねえか。しょぱなからこれじゃあ、先が思いやられるぜ」


 電太君が苦笑いをしました。

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