地上の星の秘密

 ベータ族についての長い話を終えた三郎君は、それで満足したのか黙ってしまいました。雷太郎君が続きを促します。


「それで、三郎君、変電所っていうのは何?」

「ああ、そうでした。まだ話の途中でしたね」


 三郎君も照れくさそうに笑いました。どうやら変電所のことはすっかり忘れていたようです。


「変電所はベータ族を審査する場所です。そのベータ族にどれくらいの知識があるか、どれくらいの力があるか、それを判定して点数を付けるのです。その点数によってそのベータ族がどこで働くかが決まるのです。みんなが一番働きたい場所は、やはり大工場や高層ビルです。けれどもかなりの高得点を取らなければ無理ですし数も少ないので、そこに割り振られるのは本当に優秀な一握りのベータ族だけです。一番働きたくないのは家庭用です」

「家庭用!」


 雷太郎君が大きな声を出しました。


「じゃあ、ボクと三郎君は、みんなが一番行きたくない場所で働けってことなの」

「はい、残念ながらそうなります。本来なら最初の変電所で働き場所を決定されることはないのです。変電所は一つではないので、たとえさっきの変電所で低い点数を付けられても、次の変電所までに頑張れば、高得点を付けてもらえることもあるからです。ただ、あんまり点数が低いと最初の変電所で働き場所を決定されることもあります。これ以上頑張っても見込み無しって意味なのでしょうね」


 雷太郎君は憮然とした表情になりました。つまり自分はそれほど出来の良い方ではないと判定されたことになるからです。そんな雷太郎君の心を察したかのように三郎君が言いました。


「太郎さんは別ですよ。何しろ知識が全く無いんですから。力だけを比べれば、いくら子供の雷とはいえ太郎さんに勝てるベータ族など一人もいやしませんよ」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいよ」


 三郎君の言葉を聞いて雷太郎君は少し安心しました。三郎君は話を続けます。


「一度決定されてしまえば、それが覆ることは決してありません。だから私はもう他のみんなみたいに、頑張って良い点数を取る必要がなくなってしまったのです。これ以上どんなに頑張っても家庭用としてしか働けないのですからね。それで、まあこうしてのんびりとお喋りしながら、太郎さんと一緒に電線の中を流れているというわけですよ」


 三郎君はそういうと笑い始めました。


「ははは、でも不思議ですね。こうして走って行くベータ族の顔を見ていると、自分も昔はあんな風だったなんて嘘みたいに思えます」


 笑う三郎君を見て雷太郎君も不思議に思いました。この三郎君がそんなに出来の悪いベータ族には見えなかったからです。

 雷太郎君は電線の外に目を移しました。電線が走っている場所は、もう何もない野原ではありません、所々に建物や道が見えますし、道の上を動いて行くものもあります。人間の姿も見られます。雷太郎君が外を眺めているのを見て三郎君も外に目をやりました。お日様はもう西に傾きかけています。


 それからしばらくの間、二人は色々な話をしながら電線の中を進んで行きました。雷太郎君は稲光先生や雷次郎君、光太さんの事、雲の上での修業の事などを。三郎君は地上の事、人間が作った様々な仕掛けの事などをお互いに教え合いました。


「そうだったのかあ、あの地上の光はベータ族が作っていたのかあ」

「そうです。私たちベータ族が人間の作った仕掛けに働きかけて、あの光を作っていたのです」

「ボク、もっと神秘的で複雑な理由だと思っていたよ。ちょっとガッカリだなあ」

「ご期待に添えず申し訳ありません。でも、立派で壮大で素晴らしいと思っていたものが、実は単純でありふれたものだったなんてことはよくある話です。気を落とさないでください」

「……うん、そうだね」


 あれほど知りたかった地上の星の秘密、それが思ったよりも単純だったので雷太郎君は少し拍子抜けしてしまいました。それでも、これで地上に来たかった一番大きな目的は達せられたのですから、雷太郎君は満足でした。


「この光は地上から見ても綺麗だね」


 雷太郎君は電線の下の方に目をやりました。もう日は落ちてしまっているのですが地面は明るい光に照らされています。今、三郎君に教えてもらった人間の作った照明が、まるでまだお日様が空に残っているかのように輝いているのです。


 雷太郎君は空を見上げました。雲の上にいた時に比べると見える星の数も明るさも劣っています。


「ねえ、三郎君。あの空の星の光は誰が作っているんだろう。やっぱり人間が作っているのかな」

「さあ、空の星については分かりません。習わなかったので」


 三郎君は申し訳なさそうに首を振りました。


「けれども人間の仕掛けで光っているのではないと思います。じゃあ、どうやって光っているのかと言われると困るんですけど、なんとなくそんな気がするのです」


 三郎君はきっぱりと言い切りました。


「そうかあ、三郎君でも分からないことがあるんだね」

「そりゃ、そうですよ。何と言っても私は一番出来の悪いベータ族なのですから」


 三郎君はとぼけるように言いました。雷太郎君はおかしくなって空を眺めたまま笑いました。三郎君も笑っています。


「ふふふ。そう言えば太郎さんは水たまりに助けられてこの電線に入ったと言っていましたよね」

「うん。三郎君と同じくらい親切だったよ」

「今までずっとそのことを考えていたのですが、それは恐らくかみなりあめの水たまりですよ」

「雷雨?」


 初めて聞く言葉でした。首をかしげる雷太郎君に三郎君が説明します。


「水たまりには二種類あるのです。普通の雨によって作られた水たまりは下へ下へと流れることしかできません。けれども雷が降らせる雨によって作られた水たまりは、自分の意思で流れることができるのです。雲の上にいる稲光先生や光太さんが、地上に落ちた太郎さんを心配して雨を降らせたのではないでしょうか。その雷雨からできた水たまりが太郎さんを助けてくれたのですよ」

「稲光先生と光太さんが……」


 三郎君が教えてくれた親切な水たまりの事実、それは雷太郎君に大きな勇気を与えてくれました。自分一人ではなかったのです。雲の上に、地上に、そして今、目の前に、自分の力となってくれる者がいるのです。もう何も恐れることはない、必ず雷の道の作り方を見つけ出し雲の上に帰ってやる、雷太郎君は膨らんできた希望を胸に抱きながら、決意を新たにするのでした。

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