発電所と鉄塔

 動き出した流れと共にしばらく歩いていくと、右斜め前方に光が見えてきました。一つではなくいくつもの光が、建ち並ぶ黒いものを彩るように輝いています。


「何だろう、あれ」


 雷太郎君は闇に浮かぶその建物を見つめているうちに、何か恐ろしいものが襲って来るような気配がして、思わず目を背け身震いをしました。そしてその後はひたすら前だけを見て歩きました。ほどなく流れが止まりました。雷太郎君も足を止めました。


「着いたわよ」


 雷太郎君の目の前には塔が立っています。その根元は開いた足のように大地に突き刺さり、先へ行くほど細くなっています。てっぺんは暗闇の中へ消えていてよく見えません。見上げている雷太郎君にまた声が聞こえてきました。


「ベータ族に会いなさい」

「ベータ族?」

「そう。ベータ族は雷族ほどの力はないけれど、あなたたちにとてもよく似ているのよ。私も間違えたくらいだものね。ほら、目の前に鉄塔が立っているでしょう。ベータ族はこの鉄塔の上に張られている電線の中を動いているから、なんとかそこまで登っていって彼らに会いなさい。きっと力になってくれると思うわ。私が手伝えるのはここまでよ。さあ、早く」


 雷太郎君はその声の主の親切に心から感謝していました。そして、深く頭を下げると言いました。


「水たまりであるあなたがどんな存在なのか、とうとう最後まで分かりませんでしたが、見ず知らずのボクにこんなに良くしてくれて本当にありがとうございました。もし雲の上に帰れたら稲光先生にもこの事をよく話して……」

「早く行きなさい!」


 大きな声が雷太郎君の頭の中に響いてきました。雷太郎君は驚いて話を止めると目の前の鉄塔に飛び付きました。


「いい、絶対に鉄塔から離れたら駄目よ。もう私はいないのだからね。もし鉄塔から落ちてしまっても、あなたを助ける者は誰もいないのよ。それを心に留めておくのよ。さあ、ぐずぐずしていないで早く行きなさい」


 雷太郎君の周りを満たしていたものが、どんどん少なくなっていきます。それにつれて雷太郎君の体も重くなっていきますが、全く動けないということはありません。やがて、雷太郎君の体はすっかり大気の中にさらされました。雨はもうやんでいるようです。


「本当にありがとう」


 雷太郎君はそうつぶやくと、鉄塔の頂上を目指して登り始めました。


 鉄塔を登るのは大変な重労働でした。とにかく体が重いのです。腕も足も石のように重く思うように動きません。一度大きな風が吹いてきて危うく飛ばされそうになりましたが、鉄塔から落ちるのだけはなんとか免れました。

 雷太郎君はもう汗びっしょりでした。息も切れています。これではとても頂上まで行くのは無理だと、何度も途中で登るのを中断しました。けれどもここでベータ族に会えなければ、雲への帰還は永遠にできなくなってしまうかと思うと、また頑張って登り始めるのです。そうして登り始めてからもうどれくらい経ったでしょうか。


「はあはあ……あ、電線って、あれかな」


 かなり上まで来たところで、左右に伸びる腕のようなものが目に入りました。その腕の下には何本かの太い線が取り付けられています。

 雷太郎君は登るのを止めると、今度は横に伸びている腕の方へ進みました。腕の下に付いている電線は腕と直角の方向に伸びていて、その先はまたこの鉄塔と同じ鉄塔に繋がっているようです。そしてまたその先も同じように別の鉄塔まで伸びていて、電線はずっと遠くまで続いています。


「これ以上は進めないみたいだな」


 腕と電線の繋ぎ目は白い絶縁体でガッチリと固定されています。地面にいた時と同じく、そこへ立ち入ってしまってはまた身動きできなくなりそうです。

 雷太郎君は絶縁体の下にぶら下げられている電線を見つめました。そこからはほんのわずかですが、雷である自分によく似た存在の気配がします。それはこの中にいるはずのベータ族の気配に違いありません。


「伝っていくのは無理だ。となれば……飛ぶしかない!」


 雷太郎君は両足に力を込めると、思いっ切り腕から飛び降りました。同時に体を小さくする呪文を唱えます。


縮退縮退しゅくたいしゅくたいしかして極小ごくしょう!」


 体が小さくなるにつれ雷太郎君は電線へと引き寄せられていきました。さきほど感じていた気配はどんどん強くなっていきます。それは電線を取り巻く渦状の場となって雷太郎君の目に映りました。


「吸い込まれる!」


 今ではもう電線は巨大な雷雲のような大きさになっていました。そしてバシッという大きな音と、雷光のような火花が飛び散ったかと思うと、雷太郎君はもう電線の中に入っていたのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る