奇談その十四 ミラクル炊飯器

 社会人になって三年目の秋、ようやく彼女ができた。「彼女いない歴=年齢」の歴史にピリオドを打てた事を素直に喜んだ。彼女の名はみどり。結構可愛くてスタイルもいい子だ。会社帰りにいきなり告白された。最初は冗談かと思ったのだけれど、本気なのがわかり、付き合う事にした。俺はどう贔屓目に見ても不細工だし、身長は低いし、頭も悪いからだ。彼女が俺を選んだ理由を知りたかったが、そんな事を知っても仕方がないと思い、訊かない事にしている。

「今日栗ご飯を作るから、食べに来て」

 付き合い始めて一週間もしないうちに一人暮らしのアパートに招待された。俺はあれこれ妄想してしまうのを何とか振り払い、彼女の部屋へ行った。

「どうぞ召し上がれ。全部貴方の分よ」

 失礼な事なのだが、翠にはそれほど料理の腕はないと勝手に思い込んでいた。ところが、テーブルに並べられた料理はどれもどこかで買って来たのではないかというくらい素晴らしい出来だし、栗ご飯も最高だった。焼き魚も煮物も味噌汁も美味しかった。俺は翠がいる事を忘れてしまうくらい、獣のように食べまくった。

「美味しかった?」

 テーブルに頬杖を突き、微笑んでいる翠。

「美味しかったよ。凄いね。料理教室に通ったの?」

 俺は出されたお茶を一口飲んで尋ねた。すると翠は照れ臭そうに俯き、

「実は私の料理が美味しいのはこれのお陰なの」

 傍らにあった小振りの炊飯器を掲げてみせた。

「謙遜だね」

 俺は微笑み返して言った。炊飯器が如何に性能がよくても、ここまで美味しい料理を作れはしないくらいは、茹で玉子すら作れない俺にだってわかる。

「ううん、そんな事ないの。ホントにこれ、凄いのよ。私、今まで一度も料理をした事がないんだけど、作れたんだから」

「え?」

 翠は嘘を吐いている様子はない。そんな凄い家電が存在するのか?

「ホントにミラクル炊飯器なの。材料は何を入れても思ったものが作れるのよ」

 翠はそう言いながら、コンビニで買って来たと思われる弁当を取り出した。

「あれ、それは?」

 俺の頭に一抹の不安がよぎる。

「これは私の夕食なの。貴方の分しか作らなかったから」

 翠はバツが悪そうな顔で言った。

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