ハゲでデブで冴えないリーマンだった俺が異世界転生して無双するぜ!

澤田慎梧

本編

 俺の名前は賀登がとう祐介ゆうすけ、どこにでもいるアラサーの冴えないサラリーマンだ。

 ――いや、正確には「だった」だな。


 ある日、ポケ●ンGOをプレイしながら歩いていた俺は、歩行者信号が赤なのに気付かずに、うっかり横断歩道を渡り始めちまった。

 で、運悪くそこに大特トラックがやってきて、見事に轢死ペチャンコ……って寸法だ。


 あっという間のことだったので、殆ど記憶が無いのが幸いってやつかな?

 でかいクラクションの音と、すぐ真横に迫ったトラックの鼻っ面が最後の記憶だ。


 ――ったく、トラックもちゃんと前を見やがれってんだよな?


 まあ、それはともかくとして、とにかく俺は死んだ――はずだった。

 だけど気付いたら、真っ白な壁に囲まれた不思議な部屋で、パイプ椅子いすに座ってたんだ。


 ピンと来たね、「あ、これ異世界転生ってやつだ!」って。

 ラノベ読んどいて良かったね。


 案の定、しばらく待っていたら、まばゆい光と共に目の前に女神さまが現れた。

 輝く純白の七対の翼に、まぶしいまでにつやめく金髪……外見だけで言えば「天使」って感じだったが、本人が「女神」って言ってたんで女神さまなんだろうさ。


「ガトー・ユースケさん、突然のことで驚かれていると思いますが……」

「あ、そういうのいいんで。俺、死んだんですよね? で、異世界に転生しろってんですよね?」

「え? あ……はい、その通りですが……」


 先読みするような俺の返答に女神さまは戸惑い気味だったが、訓練されたオタクには今や異世界転生は常識――分かり切った説明を聞く必要はないよな?


 で、女神さまのお話はやっぱり予想通りだった。

 魔王の軍勢に苦しむ異世界に転生して、戦士の一人として戦ってほしい、ってやつだ。

 「選ばれたただ一人の勇者」じゃないってのが不満と言えば不満だが、まあ「女神の加護」、つまり俗に言うチート能力も授けてくれるって言うから、そんなに悪い話じゃない。


「それでユースケさん。転生先なのですが、今の貴方あなたのままで転生し即戦力となっていただくか、記憶と能力を保持したまま新生児として誕生していただくかがあるのですが、私としては前者をおすすめ――」

「後者でお願いします!」


 話を遮って答えた俺に、女神はまたもや戸惑いの表情を見せた。


「え……? 記憶と能力はそのままでも、全くの別人としての人生を送ることになるのですよ? ご両親から頂いた大切なお名前も、慣れ親しんだ肉体ともお別れすることになります。自己同一性の保持に苦労されることになるので、あまりおすすめは出来ませんが……」

「いえ、新生児としての転生も選択肢にあるってことは、魔王との戦いは短期ではなく長期に渡るってことですよね? 少なくとも十年二十年単位の話なんじゃないですか? だったら、アラサーの俺のまま転生するんじゃなくて、新生児として若くてな俺として生まれ変わった方が、長く戦力になると思うんですが?」

「……なるほど、一理ありますね」


 女神は何やら感心したようにウンウンと頷いているが、俺のに騙されるなんて、もしやチョロ女神なのでは……?


 ――そう、今の俺の言葉は全く本心ではない。

 ただ単に、今の俺の外見とオサラバしたいだけなのだ。


 学生時代の不摂生がたたったのか、俺は絵に描いたようなハゲでデブなオタクだった。

 親戚はみんなスマートでフサフサなので、法事などで集まった際には、俺だけアウェイ感が酷いくらいだ。


 文字通り生まれ変われるのならば、一からやり直せるほうが良いに決まっている!


 その後、どんな「女神の加護チート能力」を得るのかを相談し、いよいよ俺は異世界へと転生した。

 あ、もちろん「美形の両親のもとに生まれたい」という要望も忘れてないぞ?



   ◇◇◇


『リチャード坊ちゃま~、こちらですよ~』


 美しい庭園で、見目麗みめうるわしいメイド達が、媚びるような声で俺を呼ぶ。

 俺は無邪気な笑顔を浮かべながら、メイド達の方へと駆け寄り、抱き付く。メイド達は我先にと俺を抱きしめ返し、俺はたちまちもみくちゃにされる。

 ――もちろん、さりげなく胸や尻をお触りすることも忘れない。子供の特権だ。


 俺が異世界転生して、既に六年が経とうとしていた。

 要望通り、「王都」の裕福な家庭の長男として転生した俺は、悠悠自適ゆうゆうじてきの子供時代を過ごしている。


 今の名前は「リチャード」と言う。元々の世界にも似たような名前があったが、何か繋がりがあったりするんだろうか?

 まあ、あったとしても今の俺には関係ないがな。


 両親は絵に描いたような美男美女であり、当然その子供である俺も、ふわふわの金髪に愛くるしい碧眼を持った、文字通りの美少年として生まれた。

 更にそこに、女神からもらった「魅了チャーム」の加護も加わって、老若男女問わず皆が俺をちやほやしてくれた。


 女神は「魅了」が戦いの役に立つのか? と不思議がっていたが、無条件で他人から好意的に接してもらえる「魅了」は、使いようによっては最強の能力だ。

 直接の戦闘力には寄与しない(魔王の軍勢には能力が効かない)が、何も俺自身が戦いの矢面に立つ必要はない。有用な人材を見極めて、その人間を籠絡ろうらくし配下に加え、最強の軍団を作り上げればいいんだ!


 とは言え、もちろん俺自身も弱いわけじゃない。むしろ強い。


 俺が転生したこの異世界は、絵に描いたようなファンタジー世界。剣と魔法がものを言う。

 女神が言っていたんだが、俺達の世界から転生した人間は、何故か強大な魔力を持つんだとか。だからこそ、志半ばで死んだ人間をこちらの世界に転生させているらしい……。


 で、だ。当然のことながら、俺もチートに近い魔力を持って転生したんだが、加えて、本来は「自分のままで転生」した奴にだけ与えられる、この世界の基礎知識や学問・魔術の知識を、女神に頼み込んで与えてもらってるんだ。

 女神には「新生児として一から学び直すから必要ない」って言われたんだが、「出来なくはないんでしょう?」と詰め寄って頼み込んだら、あっさり折れてくれたよ。


 お陰で、これから魔術学院に通って十年くらいかけて学ぶ知識や技術を、俺はもう完全に会得していた。

 周囲には、「屋敷の図書室にあった魔術書で独学した」って一応の理由を付けてあるがね。

 既に王都の一部では、俺の名前は「神童」として有名になりつつある。


 いやー、してみるもんだね、異世界転生!

 これからのバラ色の人生を思うと、笑いが止まらないぜ!


 屋敷のメイド達をはじめ、知り合いの女はみんな俺に夢中だしね! 女に困ることはないな。

 今はまだ子供だが、もっと大きくなれば、別の楽しみも出てくるしな!


 ……おっといかん、下品な笑いが出そうになっちまったぜ。今の俺は天才美少年なんだ。それらしい表情を作らないとな。


 まったく、異世界転生は最高だぜ!



   ◆◆◆


 ――同じ頃、王都における最高学府・魔術学院にリチャードの母親の姿があった。

 彼女は、を抱いており、そのことを国一番の賢者であり恩師でもある、大魔導師に相談しに来ていたのだ。


「――先生、相談というのは、息子のことなのです」


 リチャードの母親は、憂いを帯びた表情でその悩みを打ち明け始めた。


「息子さんか。かなりの神童と聞くが……なにか、問題が?」

「はい……実は、息子は……息子は、肉体からだこそ私の息子に違いないのですが、


 その言葉に、大魔導師の緊張感が一気に高まった。

 リチャードの母親は名門の出であり、大魔導師の教え子の中でも特に優秀であった。

 その彼女が、よりにもよって腹を痛めた自慢の我が子を「息子ではない」と言ったのだ。それは恐らく、予感ではなく確信であろう――。


「……詳しく、話してみたまえ」

「……はい。最初は、小さな違和感でした。息子は確かに愛くるしい外見をしていますが、それにしても他人からの愛され方が異常です。ずっと私を目の敵にしてきたトラベルクラ公爵夫人までもが、息子の前では屈託ない笑顔を浮かべていました――あれは、何か良くないまじないの仕業に思えます」

「あの陰険な公爵夫人が、かね……?」


 大魔導師は思わず驚きの声を上げた。

 トラベルクラ公爵夫人が屈託のない笑みを浮かべるなど、天変地異の前触れとしか思えない――つまりはそのくらいに陰険な女性なのだ。

 はっきり言ってただ事ではない。何か、魔術的な作用が働いていると疑うのも無理はないだろう。


「それに……その……息子は屋敷のメイド達とよくたわむれているのですが……、よく『偶然触れてしまった』体を装って、彼女達の胸やお尻を触っているのです……」

「……それは、才ある者にありがちな、早熟な好色……ということではなく、かね?」

「はい、私も最初は『男の子だからこんなこともあるのかもしれない』と思ったのですが――時折、本当に時折、息子は酷く好色そうな目つきと表情を見せるのです。あれは……とおにも満たない子供の目つきではありません。そう、まるで……」


 その目つきとやらを思い出したのか、彼女はそこで大きく身震いした。表情は強張こわばり、恐怖と戸惑いの色に染まっていた。


「ふむ……」


 余人がこの話を聞けば、「彼女は我が子の突出した才能を受け止めきれず、神経を病み、妄想を抱いているのだ」と思ったことだろう。

 だが、大魔導師には、彼女の言葉が妄想の類だとはどうしても思えなかった。

 彼女の様子からは、それほどの切実さと真剣さを感じるのだ。


 大魔導師は一つ溜息をつくと、自らの書き物机の引き出しから両面の手鏡を取り出し、そっと差し出した。


は決して馬鹿にできぬ、か……確かに、息子さんに淫魔いんまの類がとり憑いているのかもしれぬな。よろしい、これを持っていきなさい」

「これは……?」

「それは『真実の鏡』という。姿魔法道具だ。真実の姿とは、即ち魂の姿……。なにか悪いものが憑いているのならば、その姿を映し出すはずだ。

 これで、息子さんの姿を確認してみるといい――」


 ――リチャードの母親は、鏡を受け取ると「ありがとうございます」と一礼し、駆け出すように部屋を出ていった。すぐにでも「真実の鏡」で息子の姿を映し出すのだろう。


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 もし、淫魔の類がとり憑いているのなら、退治せねばならないだろう。

 問題は、幼子の脆弱な魂が、まだ無事でいるかどうかだが……。


「彼女と、その息子の未来に、幸多からんことを――」


 祈るようなつぶやきを漏らすと、大魔導師はパイプに詰めた薬草に火を点け、深く一服するのだった――。

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