第三話 恐れを断つ剣

 しょの月が終わり、の月が始まった。

 朝っぱらから暑い。

 今日もおれは北の塔へ向かう。入り口を鎧姿よろいすがたの門番に開けてもらった。

 さっさと上に行きたいのに螺旋階段らせんかいだんがまどろっこしい。もっと身体からだきたえるべきだな。

「よう、相棒あいぼう。元気か?」

 高所から周りを見渡せる庭園。珍しい植物を結界けっかいで守っていると最初は思ったが、違った。

 中にいる少女を外界から守っていた。魔力まりょくあふれたこの世界から。

 ベッドとバス、トイレがある。最初になぜ気付かなかったのだろうか。

「また事件? あなた本当に騎士きしなの?」

「暇だから来たぞ。入れてくれ」

「嫌よ」

 さくの中で腰掛けるイーは、すこしだけ表情が明るくなった。


「おれがそっちに行ったほうが都合いいだろ?」

 言い終わらないうちに、白い服の少女はさくの外に瞬間移動していた。

 二人だけの秘密ひみつと言われ、瞬間移動のことは誰にも話していない。

 賢者けんじゃバトルでもあるのか? 相手に手の内を明かしても勝てると思うが。

 騎士きしとしては約束を守らざるを得ない。

「危ないから結界けっかいに近寄らないでよ」

「外に出ると、雑音が、あれだろ? 無理するなよ」

「この程度の結界けっかい……説明が長くなるからいいわ」

 相変わらず小柄こがらなイー。歳はおれよりすこし下らしい。ちゃんと食べているのか?

「運動の成果を確かめるぞ。筋肉見せろ」

「は?」

 この表情は、驚きか。笑顔にならないな。もうひと押しってところか。

魔法まほうに負けない力がほしい。特訓相手とっくんあいてになってくれ」

支離滅裂しりめつれつね、あなた」

 おれは片膝をつき、こうべれる。

「どうぞ、賢者けんじゃ慈悲じひをお与えください」

「わたくしでよければ、お相手いたしますわ」

 白い服の少女は、不敵な笑みを浮かべていた。狙っていた顔とはちょっと違ったな。


 空には赤い雲。大地は黒い。

 背の高い大柄おおがらなおれと、背の低い小柄こがらなイー。

 二人を見る者はない。ここは世界の果てか?

「ヴァトカインから千ポロンクセマってところよ」

 王国から一瞬で二人同時に瞬間移動。全く疲れた様子がないな。

「さすがだな、イー。それはそうと寒くないか?」

 徒歩なら半年以上はかかる距離だ。しかし、なんでこんな遠くまで。

地軸ちじくに対して……いえ、そういう地方なのよ」

「世界は広いな」

「通称、魔王まおう領域りょういき。誰にも見られないから遠慮なくやれるわよ」

「おれ普段着で棒しか持ってないぞ。魔王討伐まおうとうばつなら先に言ってくれ!」


魔王まおう討伐とうばつ? なんのために?」

「野望を阻止するため。モンスターを率いて世に混乱を……だっけ?」

 おかしい。適当に答えたのに少女に呆れられていない。無表情だ。

「自分で見ないで、誰かの言ったことを信じるの?」

 イーは見ている。つまり、本当は違う。

魔王まおうと知り合いか。やっぱり格が違うな」

「二人で花火を飛ばしたこともあったわ。空の向こうのね」

 よく分からないが、イーと一緒にいれば安全だということは分かった。


 遠くに稲妻いなずま。見つめ合う二人。

 決闘ではない。おれは賢者けんじゃ講義こうぎを受けていた。

魔法まほうを使うには、集中・詠唱えいしょう・狙い・つ、という動作が必要よ」

 それを一瞬で行えることを自慢しない、白い服の少女。

「よく見ろ、ってことか」

「それだけ筋肉があれば、見てからでも対処できるでしょう」

手加減無用てかげんむようで頼む」

「もう。魔力まりょくが少ない人をトレースしてあげるわ」

 言葉のあとにイーの姿が消え、すこし離れた場所に現れた。

「いくぞ!」

 おれは腰の棒を手に構えた。

 相手を見ながらゆっくりと近付く。絶対に魔法まほうを食らうわけにはいかない。

 魔力まりょくという盾がないおれは、ノーガードで殴られるようなもの。

 集中は分からないが、詠唱えいしょうは分かる。

 さらに近付く。狙い、つ動作もはっきりと見えた。

 軽い動きで魔法まほうをやり過ごしたおれは、棒を振った。


「ちゃんと当ててよ」

 寸止めされた棒。おれは当てるつもりだったはず。なんで止めた、おれ。

「どこの世界に相棒あいぼうを攻撃するやつが――」

衝撃吸収魔法しょうげききゅうしゅうまほうがかかっている棒だから、怪我しないわよ」

「それでも、丸腰の相手を、だな……」

 イーの手に、おれのものとは違うもう一本の棒が握られた。

「はい。これでいいわね。少し魔力まりょくを強めて続けましょう」

 瞬間移動したイーがすぐに詠唱えいしょうを始める。

 なんでこんなにやる気なのか、さっぱり分からない。

 おれが攻撃できなかった理由も分からなかった。


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